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定番の婚約破棄イベント

 茶会が大成功をおさめた数日後、城内ではある異変が起きていた。

 というのもオリヴィアを筆頭に招待された令嬢たちがその内容に関して口を閉ざしていたからだ。他の夫人や令嬢は皆が皆、一体その茶会がどんなものであったのか聞きたがったが、「まあ、悪くはなかった、ですわよ」「お茶会に疎いはずのレイア様にしてはまあまあでございましたわ」などと歯切れの悪い答えばかりをよこして来る。

 それでも詳しく聞きたい暇な貴族たちはこぞって詰め寄ったり、それとなく内容を漏れ聞こうとするものだから、とうとう招待された五人は重い口を開くことになる。


「照明が宙を浮いていて……幻想的でしたわ」


「卓上には生花に混じって水晶で作られた花が活けてありましたの」


「お茶はレイア様が自ら給仕されたのですけど、見たことのない魔術で茶器を自在に操ったり水をお湯に変えたりしていましたわ」


「わたくしの故郷に見立てて、魔術で雪を降らせてくださいましたの。お土産には瓶詰めにした雪の結晶をいただきましたわ」


「わたくしには故郷で咲く花を、魔術でお出ししてくださいました」


 五人の話を聞いていた者たちは目を丸くした。社交界でも爪弾きなレイアがそつなく茶会をこなしたというのも驚きだし、そんな魔術があるなど聞いたことがない。

 しかも社交界の頂点に君臨する五人をたった一度で黙らせたというのだから、興味が無いわけがなかった。

 話は社交界を駆け巡り、噂には尾ひれがつく。いつしか淑女が顔を合わせればレイアの茶会の話が出るのが当たり前の光景となった。


「レイア様のお茶会のお話、お聞きになりまして?」


「照明が浮く幻想的な空間で、水晶の花を愛でながらお茶を頂くそうね」


「それも、給仕はレイア様が見たことのない魔術で手ずからしてくださるのだとか」


「招待客の好みも完全に把握しているそうよ」


「お土産には招待客ゆかりのものをくださるのだとか。それも当然のように、魔術でご用意なさるんですって」


 口々に茶会のことを話題に出し、そして最後には「行ってみたいですわね……レイア様のお茶会」と誰かが言い、それに頷く形で話は終わる。


 当然、レイアの元にもその話が耳に入ることになる。

 王族に直接「茶会に行きたい」などというのは不敬に当たるので、婉曲した言い回しで

それとなくお茶会に行きたいオーラを出して来るのだ。連日行き合う夫人や令嬢にそう言われてしまうと、さしものレイアとて困惑する。

 もう茶会は開かないとレイアは言っていたが、無下にするのもどうだろうというような状況だ。先に招待した五人以外にも古い家柄や影響力の大きい貴族もいるし、「もう茶会はやらない」と言えるような雰囲気では無い。

 結局三人で相談をし、順々に茶会を開いて一人一回は招待するようにしよう、ということになった。

 呼ばれた人々は初めはレイアの粗を探そうと躍起になっていたが、やがてその鮮やかな魔術とレイアの堂々とした態度、そしてきめ細やかなもてなしにすっかり心を奪われ、いつしかレイアに対する皆の目線が変わりつつあった。 



 この日の茶会に招待したのは四人。いずれも上位に位置する貴族令嬢ばかりだ。

 四人は興味を隠しきれない様子でやって来て、口々に口上を述べそして席に着く。


「噂には聞いておりましたが、本当に素晴らしい空間ですのね」


「この水晶の花はどうやってお作りになりましたの?」


「このような素敵なお茶会にお招き頂けるなんて、光栄の極みですわ」


 大げさながらも本心の混じった言葉を受け取りながらレイアは会話を軽くこなしていく。クレアはそれを後ろの方に控えながら見守っていた。

 基本的にクレアとリリーが茶会においてやることは、少ない。サポートに徹しているからだ。少なくなった紅茶を補充したりお茶菓子を出したりだが、まあそれもそこまで作業が多くは無い。

 茶会の様子を見守りつつ、クレアは首をかしげた。招待客の一人であるメイネル・ガイゼモット侯爵令嬢の様子がおかしい。どことなく元気がなさそうな、意気消沈しているようだった。アッシュブラウンの巻き毛はどことなくくすんでいるし、長いまつ毛は物憂げに伏せられている。

 口数も少なく、無理に笑顔を作っている感じである。

 レイアもこれに気がついたらしく、カップを置いてメイネルへと話しかけた。


「ーーメイネル嬢、私の見当違いだったら申し訳ないが……先ほどから浮かない顔をしていないか?」


「え……」


 当の本人であるメイネルはカップを持つ手がピタリと止まり、目を見開いてレイアを見つめた。


「どことなく上の空のようだったので」


「ま、まあ……失礼いたしました」


「責めているわけではない。心配になったから。確かメイネル嬢は先日婚約が決まったのだろう? 結婚を間近に控えた女性というのは、もっと嬉しそうな顔をするものなのかと勝手に思い込んでいたものだから」


 すると残りの三人がさっと目線を交わした。メイネル嬢は顔色を変え、唇をキュッと引き結ぶ。はたから見ているだけのクレアからしても、只事でないことがありありとわかる。

 メイネル嬢が宙ぶらりんだったカップをソーサーへと戻すと、意を決したように口を開いた。


「実はわたくし……婚約を破棄されまして」


「何?」


 レイアは片眉を吊り上げて聞き返す。


「メイネル嬢の婚約相手は確かハンス・スウェイネル侯爵子息だったと思うが」


「ええ」


「年の頃も近く、家柄も同格であるためお似合いの二人だと噂されていた気がする」


「その通りでございますわ。王女殿下」


 澄んだ青い瞳に諦めの色を宿しポツポツと語り始めた。

 なんでもメイネルとハンスは魔術師養成学校の同学年らしく、今年度は卒業の年らしい。その卒業パーティーの場はドレスアップをしてパートナーを同伴して赴くことになっているのだが、メイネルは前日にハンスに呼び出され「パートナーにはなれない」と言われたらしい。

 理由を問いただしたところ、他に好きな人ができたというのだ。「真実の愛を見つけたから、婚約は破棄したい」と言われたと。

 全く理解できない言葉を言われたメイネルはその場で硬直し、足早に去っていくハンスを見ていることしかできなかった。そしてハンスは宣言通りにメイネルをパートナーにせず、代わりに別の令嬢を連れて会場に現れた。


「……おおよそ女性にする仕打ちとは思えんな」


 話を聞いたレイアはその整った眉根をこれでもかと寄せ、非常に不快そうに顔をしかめながらそう言う。タクトを振ってひときわフルーツがふんだんに盛られたケーキを取り寄せると、それをメイネル嬢のお皿へと乗せた。


「辛い話をさせてすまなかった。フルーツケーキが好みだと聞いているが、こういう時には好物でも食べて気持ちを落ち着かせてほしい。紅茶も、新しいものに取り替えよう」


 レイアの魔術は板についたもので、ヒュンヒュンと中身の入ったカップとティーポットが一滴も中身をこぼさないままに空を飛ぶ。それをクレアはキャッチして、側の机にそっと置いた。代わりに新しい茶葉入りポットとカップが飛んでいき、レイアはテーブルでお湯を沸かしてポットの茶葉を蒸らし始める。


「しかし、家同士が取り決めた婚約を一個人が破棄するなど到底受け入れられるものではないだろう」


「それが、つい一昨日に正式な婚約破棄の通達がスウェイネル家からありまして。一体どういうつもりなのかはわからないのですけど……ともかく、わたくしの婚約はたち消えになってしまったのです」


「そんなことが? 信じられん……スウェイネル家は侯爵ではあるが昨今立場が厳しいことから、ガイゼモット家と婚姻を結んで地位を強化しようと考えていたと思うのだが。もしやその相手というのが、もっと強い家柄の令嬢なのか?」


「わたくしが見たその方は、おそらく男爵家のご令嬢でした」


 メイネル嬢の様子はしょんぼりしていると称するのがぴったりの状態だった。婚約を一方的に破棄された挙句、一人パーティー会場に佇み昨日までの婚約者が別の女性を連れていたのなればそうもなるだろう。

 打ちひしがれるメイネルと、なんと声をかけて良いかと困る周囲の人々。招待客の表情から察するに、おそらく全員がこの婚約破棄の騒動を知っているのだろう。

 茶会に招待する客は場がなるべく和むように、親しい人たちを集めるようにしている。知らぬはレイアだけといった様子だ。


(レイアさん、どう声をかけるんだろう)


 正義感の強い彼女のことだ。女性にこのような仕打ちをする男に黙っているのだろうか。状況の推移を見守りながらクレアは固唾を飲んだ。

 と、目を瞑ってしばし考えていたレイアが口を開く。


「とすると、メイネル嬢。明日の夜会のパートナーは」


「もちろん、おりませんので兄にでも頼もうかと考えておりました」


「そうか。差し支えなければその役目、私が受けても?」


「……え?」


 メイネルは意味がわからずといった様子で問い返す。両手をテーブルので組み、そこに顎を乗せたレイアは実に優雅に微笑んだ。


「メイネル嬢が嫌ならば遠慮なく断ってくれて構わない。だが、私はそういう女性の扱い方を知らない男が大嫌いでな。一緒に一泡吹かせてやらないか?」


+++


 剣が舞う。レイアの繰り出した鋭い剣先が宙を突き、そこから斜めに振り下ろされる。かと思えば次の瞬間には振り上げ、一回転してのなぎ払い。

 戦っているわけではない。自主訓練だ。

 現在クレアとレイアとリリーは誰もいない城の中庭の片隅で剣の練習をしていた。勿論クレアは剣を握ったことさえないので、見ているだけである。リリーも隣で見ているだけだ。日陰になっているこの場所は薄暗く、日中でも肌寒い。

 しかし剣を振っているレイアはうっすらと額に汗を滲ませている。彼女の剣の振り方は優美で、戦いというよりも踊っていると言ったほうが近い。ハイドラ戦の時はすでに戦線離脱していたので、いつかレイアが戦っている様を見てみたいという気持ちがあった。

 それにしても。剣を下ろし、汗を拭うレイアに飲み物を渡しながらクレアは話しかけた。


「あんな約束して大丈夫ですか?」


「夜会のことか? 問題ない、こう見えても私はちゃんと踊れる」


「いや……まあ踊りに関して私がアドバイスできることは何もありませんけれども」


 クレアが教えられるのは魔術に関することだけだ。しかし踊りができるって、男性パートまで踊れるということなのか。それは大分驚きである。


「レイアさんって何でもできますよね」


「聖女になれなかったから、他に出来ることは何でもしようと誓った」


「それで魔術も剣も、給仕にダンスまでこなせるんだから凄いですね」


 感心したクレアは感情を込めて言う。そこまで万能な人間はそうはいまい。これで城では無下にされているというのだから、皆の目は節穴すぎるとクレアは文句の一つも言いたくなった。レイアほどに高潔な魂を持ち、腐らずに常に努力し続け、命を散らす覚悟で強敵に挑もうとする人物をなぜにここまで冷遇するのか。

 横で見ていたリリーが会話に参加する。


「メイネル様に肩入れするのには理由があるんですか?」


「ああ」


 レイアは構えをとりつつ、リリーの質問に答えた。


「ガイゼモット侯爵家は穏健な家柄で、ベルモンゾ公爵家に積極的に肩入れしていない。対して婚約破棄したというスウェイネル侯爵家は圧倒的ベルモンゾ侯爵家寄りだ。この両家が婚姻関係を結ぶというのは少々引っかかっていたんだが、おそらく領地が隣り合っているためにその辺りの利害も絡んでいたのだろう。

 ガイゼモット侯爵家は強力な家だ。味方に取りこめるならそれに越したことはない。ここ連日の茶会のおかげで私の評判も上がってきているようだし、上手く立ち回れば恩を売れる」


「なるほど、ただの同情で引き受けたわけじゃないんですね」


「まあ、半分は同情だ。メイネル嬢は面と向かって私を敵対視したことはなかったし、品行方正で人の見本となる良い令嬢だという話を聞いている。城ですれ違う時にも私に丁寧に挨拶を寄越してくれていたし」


 ふぅ、と剣を下ろしてレイアは鞘に収めた。

 

「そんな女性があのように意気消沈しているのを見るのは、胸が痛む。さ、今日の訓練はここまでだ。部屋に戻ろう」


「「はい」」

 

 クレアとリリーが返事をしてレイアの後ろに付き従う。塔の部屋ではほぼ平等の振る舞いをしているが、外だとそうもいかない。表向き王女と専属メイドの体をとり、三人は西の尖塔へと戻って行った。


明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。

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