宝物庫
夜間になり、クレアとリリーはレイアの居室をそっと抜け出した。「武運を祈る」と言葉をかけられ、それに頷いた二人は宝物庫を目指した。
「リリー、空は飛んだことある?」
「いいえ、飛行の魔術は難しすぎて習得できなかったの」
「じゃあ、歩いて行こうか」
気配を遮断する魔術を二人ぶんかけて、宝物庫があるという地下への入り口を目指した。レイアの部屋がある尖塔からはそれなりの距離があるが、時々すれ違う見張りの衛兵はクレア達の存在に気がつかず、真横を通っても微動だにしない。
ぶつかったり転んで変な声を出したりしないようにだけ注意をしながら、城の大階段を下って行きやがて地下へと行き着いた。
階段の陰からそっと見てみると、宝物庫への扉の前には言われていた通りに見張りが立っている。四人だ。騎士が二人に魔術師が二人。
リリーとそっと目を合わせて頷いた。身振りでクレアが一人で出る、と伝えリリーがそれに頷く。
刹那、クレアは音もなく跳躍した。右手に構えたネックレスを突き出し、四つの魔術を展開する。
青白く輝くそれは無防備な四人に向けて放たれ、いくつかの障壁を突き抜けて寸分たがわず胸元へと命中した。
四人は何が起こったのかもわからないままに魔術の直撃を受け、仰向けに倒れる。
「……何したの?」
「眠らせただけ」
高位誘眠<ゆうみん>魔術。師匠に教わった中でも最強の威力を誇るそれが媒介のネックレスを通して威力を数倍に増やし、障壁を貫通した。
「起こすまで起きないから、さっさと中に入ろう」
念のため他の見張りが来ないよう階段に誘導の魔術を張っておく。階段に近寄った途端、急用を思い出したり誰かに呼ばれたりして何処かに行ってしまうという魔術だ。
「魔術って便利よねえ。ロレンヌにももっと普及すればいいのに」
「お師匠様が頑張ってるし、両国の関係が改善したらきっと今よりもみんなが使えるようになるよ」
「そうね。早くそうなるように頑張らないとだわ」
うん、と首を縦に振ったクレアは宝物庫に通じる扉にそっと触れた。
当然ここにも魔術結界が張られている。
扉に描かれた魔術陣にざっと目を通すと、解除するには特定の人物や使用する魔石などが必要となるらしい。資格のない者が無理やり開けようとすれば攻撃魔術が発動するようになっている。
はっきり言ってかなり高度で複雑な魔術だ。うまくできているなぁ、とクレアは感心した。
「クレア、どう? 扉開きそう? 見た所物凄い魔術陣が刻まれているけど……扉の端から端までびっしりと」
「あ、うん。多分大丈夫」
超高難易度な魔術陣を前にしてしかしクレアはあっさりと肯定した。
魔術の解除というのはふた通りの方法がある。一つは陣に描いてある通りの方法でしかるべき人物が然るべき方法で解除するか、もしくは力技か。
どれほど高度な魔術が施されていようと、それを上回る魔力で解除魔術陣をぶつければ破ることができる。あるいは攻撃魔術でも同じ事が出来るが、今回の場合は不向きだろう。扉をバラバラに吹き飛ばすほどの魔術を展開すると衝撃音が凄まじいし、絶対に誰かに気づかれてしまう。
メイド服を腕まくりしたクレアは扉に照準を定めて意識を集中させた。
練り上げた魔力を、陣の形に。それは十角形の美しい魔術陣だった。内側にびっしりと描かれている古代言語と図象の数々。連なる文章に混じる記号。ありとあらゆる魔術を解除できるように仕上げられているその陣は、到底人一人が完璧に記憶しておけるとは思えない代物だった。
けれどクレアは、細部にわたって全てを覚えている。
師匠が書き起こしたそれを貪るように読んだ幼少期。魔術を覚えることに夢中になっていたあの頃からクレアの本質は変わらない。師匠に褒めてもらいたくて。魔術が行使される時の高揚感が忘れられなくて。
魔力が収束し、そして放たれる。
扉に向かってぶつかったそれに扉が一瞬反応したが、すぐに結界は音もなく粉々に剥がれ落ちた。
「成功」
「凄いわねぇ。これ、元に戻るの?」
「うん、戻すのは簡単だよ。じゃあ、入ろっか」
結界がなくなった扉は押せば簡単に開いた。倒れている見張りに目もくれず二人で中に入る。
「暗いわね」
「照明型の魔石があるみたいだから、灯しちゃおう」
手取り早く探し物を見つけるためにクレアは全ての照明に魔力を注ぐ。するとそこは先ほどの薄暗さから一転、金色に輝く空間になった。円形の広い部屋には整然と宝物が並べられており、一つ一つの宝物に対し祭壇が設けられている。
「凄いわねこれ……」
思わず息を飲んだリリーがそう言い、手近な一つに近寄った。
「見てよクレア、戴冠式の時に使う宝冠よ。すっごい、宝石と特級の魔石がいっぱいついてるわ。あ、これにも結界が張ってあるみたい」
「本当だ」
金色の冠には豪華な装飾が施されており、祭壇に鎮座している。リリーの言う通り結界が張られているので、下手に動かさないほうがいいだろう。
「さ、魔術書がないか探そっか」
「ええ」
二人で部屋の中を調べ始めた。ロレンヌ側にはあまり存在していないためクレアは魔石をあまり見たことないのだが、ここは魔石がこれでもかと溢れている。大ぶりで透明度の高い魔石が嵌った杖や、豪奢なローブ、ネックレスやブローチ、指輪にイヤリング、ティアラ。
目がくらむような宝の数々だけれどもくまなく探しても魔術書は一冊もない。
「無いみたいだね」
「そうね……」
一時間ほど見て回って無い、と言う結論に達した二人は肩を落としながらも撤収することにした。照明を消し、外に出て、扉に再度結界を張る。魔術陣が刻まれているので張るのは簡単だった。解除と合わせて結構な魔力を消費してしまったけれど、問題ない。
それから階段に張っていた魔術を解除し、二人で階段下に隠れる。再び気配を消す魔術を施してから、倒れている見張り四人を寝たまま操って直立不動の姿勢を取らせた。
覚醒させる前にリリーが不安げな声を漏らす。
「このまま起こしたら、自分たちが眠らされていたことに気がついて大事にならないのかしら?」
「それは無いよ。この高位誘眠魔術は夢を現実の延長線上に見せる力を持っているから、四人は夢の中でも見張りをしているし、起きてからも同じ姿勢で見張りをしてることになるから。だから立たせておく必要があるんだよね」
「そうなのね。それはなんていうか、恐ろしい魔術ね……精神操作しているじゃないの」
「直前にやっていることを幻覚として見せ続けるってイメージの魔術だから、厳密な精神操作とは違うかなー。改ざんしてこちらに都合のいい夢を見せる、っていうのはできないし。あ、悪夢とかその人にとって幸せな夢を見せる魔術もあるけど。今回使ったのはそれとは別」
「へ、へえ……私、クレアを敵に回さないよう気をつけるわ」
ヒクリとリリーの頬が引きつった。
話している間もクレアの握った媒介から飛び出した糸に四人が絡みとられ、不自然にぐらぐらと揺れながら立っている様はなかなかに不気味だ。
魔術の糸を切ると同時に覚醒の魔術を飛ばすと、一斉に目を覚ました四人は何事もなかったかのように見張りを続けている。
そっとその場を後にしたクレアとリリーは階段を登り、レイアの私室がある西の尖塔へと戻る。自分たちにかけていた魔術を解除すると、本を読んで待っていたレイアが出迎えてくれ、やっと一息ついた。
「おかえり、どうだった?」
「駄目でした。宝飾品や武器の類は沢山あったんですけど、魔術書は一冊もなくって」
「そうか……まあ、仕方ないな。二人が無事に帰って来てよかったよ。ゆっくり休んでくれ」
「はい」
「となるとあとは魔術機関の禁書庫や教会の聖宝庫を探ってみるか」
次の探索場所に目星をつけるレイアにクレアも同意した。
「禁書庫のことならまずはドットーレさんに聞いてみるのはどうですか?」
「そうだな、それが手っ取り早そうだ」
「今度の休日に聞きに行って来ますね」
「私は教会について確認してみよう」
レイアの言葉にリリーが言葉を引き継ぐ。
「じゃあ私は、城で他に怪しいところがないかを確かめてみます」
全員、次のやることが決まった。明日からも忙しくなるだろう。レイアには国を守る騎士としての役割もあることだし、うかうかしてはいられない。
「よーし、じゃあ、さっさと休んで明日に備えましょうか! あ、夜食食べる人?」
「はーい」
「私も頂こう。ここで二人とも食べていくといい」
「レイア様、フランクすぎませんか!? クレアはともかく、私のような下々の人間と食事を共にするなんて……」
「そう言った気遣いは無用だと言っているだろう。なんなら夜食の用意も私がしよう」
「スライスバゲットと生ハムなんてどうでしょう」
「良いな。早速、こうか?」
レイアが先日茶会で使う用に用意したタクトを手にとって振ると、隣の部屋に設えられたキッチンからバゲットと生ハム、お皿が飛んでくる。魔術の風でスパスパッと綺麗に切り分けられると、お皿の上にお行儀よく並んだ。
三人でテーブルを囲み、手をつける。じんわりと塩気の効いたハムが乗ったバゲットは、少し小腹が空いた今の時間にぴったりだった。
もぐもぐと食べながらクレアは室内を見回す。
「前から思ってたんですけど、ここって生活に必要なものが全部揃ってますよね。隔絶された場所というか」
尖塔の中のこの部屋を中心に、キッチン、浴室、そして一つ下の階にはクレアたちが使っている部屋。城の本体部分と比較すると簡素で手狭な作りだが、最低限暮らしていけるだけの設備は整っている。
「元々ここは訳ありな王族を隔離する場所だったらしい。病気だったり不貞を働いたり、私のような聖女の力がなく王族と認められない人物を収容しておくような場所だ。まあでも私は静かで眺めも良いこの部屋を気に入っている。妹のアンヌもよく遊びに来ていた」
「あ、確かにわかります。このお城どこも豪華すぎて落ち着かないんですよね。ここはホッとするなって思っていたんですよ」
「私もクレアと同じくそう思っていました。装飾や調度はすごいんですけど、広くて寒々しいし裏の使用人部屋との格差は凄いし……ロレンヌの城はもっと無骨な造りなので比較すると余計に落ち着かなくて」
「気に入ってくれているならば、良かった。何せ人が寄り付かない場所だったから、こうして誰かがいてくれると私も嬉しい」
にこり。レイアがバゲットを食べながら微笑む。食べ方は王族なだけあって優雅だがその笑みには親しみがこもっていた。
三人の話は色々と弾む。クレアの昔話、リリーの潜伏中の王都での生活の話、レイアのテオドライト王国の年中行事の話など。
「次の大きな行事は建国祭だ。国の創立を記念した祭りで、城の表門前の広場で盛大に儀式が行われる。総督をはじめとして、普段はなかなか集まらない特級魔術師が居並ぶ様は圧巻だ。本来ならば聖女が祈りを捧げるのだが、それはもうこの十二年間行われたことがない」
「次の建国祭では、レイア様が聖女になって参加しています、きっと」
「そうですよリリーの言うとおりです。そのためにも魔術書探しを頑張りましょう」
「そうだな、二人ともありがとう」
結局三人の話は弾み、解散になったのは夜もとっぷりと更けた頃となった。
本年はお世話になりました。
明日更新できるかわからないので、一足先に年末のご挨拶です。
良いお年をお迎えください。




