幻想的なお茶会
その日、第一王女レイアが主催する初めてのお茶会があるということで令嬢たちの間ではちょっとした話題になっていた。
何せこの第一王女は聖女の力が無く、王の血を引く直系の王族だというのにこれまで空気のような存在だった。おまけに魔術大国のこの国において剣を手に前線で戦うという異例の戦法を取っている。
優雅さにかけるその振る舞いに周囲の者は嘲笑し、淑女らしさのかけらもない行動に貴族令嬢はこぞって彼女のことを馬鹿にしていた。
そんな第一王女レイアが齢二十七にして初めてお茶会を開くというのだから噂になるのも無理はない。
たった二人の専属メイドとともに一体どんな茶会を開くつもりなのか。そもそも茶会における暗黙のルールというものをわかっているのか。
話題は尽きず、暇を持て余している淑女は口々に噂する。
呼ばれているのは、五人。
王太子妃オリヴィアを筆頭に国内で名だたる貴族の淑女ばかりである。その人選には卒がなく、同時に彼女らはあからさまにレイアに敵意を向けている者たちばかりだ。
五対一。
この状況をどうやり過ごすつもりなのか、それとも今更彼女たちに取り入るつもりなのか。
皆が好奇心を持って注目する中、いよいよお茶会が開催される日となった。
「さて、お待ちかねの日が来ましたわね」
オリヴィアは鏡台の前で化粧の確認をしながら機嫌のいい声で言った。顔色の悪さを隠すために塗られた白粉で、肌は白くなっている。
「本日呼ばれておりますのは、ルリエッタ様、マリアンヌ様、アルベルティーヌ様にセレスト様ね」
招待客を見た時にほくそ笑んだ。全てオリヴィアの取り巻きばかりだ。誰か一人でも呼ばねば角が立つような人物ばかりなので、全員呼ぶのは正しい選択。さてこの五人に囲まれてレイア様は無事でいられるのかしら、とオリヴィアは紅を引いた口角を釣り上げる。
苛立った彼女が暴力を振るったとあれば……今以上にその名は地に堕ちる。
立ち上がり、テーブルに置かれた新たに贈られた白く透き通る花を一本抜き取ると香りを楽しみ浮き足立った心を少し落ち着かせる。それから控えている護衛と侍女に告げた。
「参りますわよ」
「王太子妃、オリヴィア・エルメール・テオドライト様のご到着にございます」
指定された場所は王族専用の部屋だった。そこは天井は高いのだが窓が少なく採光に乏しいため、あまり使用する人間がいない部屋だ。装飾も他の部屋に比べると少なく、歴代王族の自慢話をするに欠ける。近々インテリアを変えようかと話が出るほどに人気がない部屋だった。
衛兵が扉を開け、オリヴィアの到着を告げる。
すでに揃っていた皆が立ち上がり一斉にお辞儀をした。
そして視界いっぱいに室内の様子が飛び込んできた時、オリヴィアは衝撃に目を見開いた。
部屋は見違えるほどに明るくなっている。それは決して明るすぎず、かと言って以前のような陰気な雰囲気の暗さではない。幻想的な美しさ、とでも言えばしっくり来るだろうか。その正体が何なのかオリヴィアはすぐに答えを出した。
魔石の照明がーー宙に浮いているのだ。
ふわふわと宙に浮く照明などこの魔術大国の王城に住まうオリヴィアでも見たことがない。浮かせる手間が必要になるし、いちいちそんなことをしていたら魔術師の手間が増えてしまう。
しかしこれはどうだろう。数時間の茶会のためにその手間を惜しまなければ、これほど美しい光景になるのか。
「ああ、オリヴィア王太子妃殿下、来てくれたか」
詰襟のドレスを身にしたレイアが近づいて来て挨拶をした。
「お席はあちらに、用意してあります」
レイアがすっと手を差し伸べた先には先日花瓶の水を盛大にひっかぶったメイドの一人が立っていて、こちらに向かって一礼をした。近づくとそのメイドは席を引く。
五人掛けの大きな円卓が一つとなっている。
そっと座るとテーブルに飾ってあった花に目がいった。卓の大きさに負けない花飾りには生花ではないものが混じっている。四本のそれは、それぞれに紫、白、紅、藍色であり、透き通った硬質の薔薇だった。
指で触れると冷たい。この感触には覚えがある。
「これは水晶の薔薇……?」
「ええ、今日の茶会に合わせて作ってみたのです」
「けれど、これほど精緻な薔薇を作れるなど初めて聞きましたわ」
見事なまでの水晶の薔薇を目にオリヴィアは思わずそう口にしていた。
「簡単ですよ。炎の魔術を応用すればすぐに作れます。お気に召したのであれば今度、お贈りいたしますが」
是とも否とも言わず、ふんと鼻を鳴らしてオリヴィアが手に持っていた扇子を仰ぐ。
レイアはその場に座り、そして茶会の始まりを告げる挨拶を口にした。
「ーー皆さま、本日はお忙しい中私の開く茶会にご参加頂き誠にありがとう。さて、見ての通り私の専属使用人はたったの二人だ。この二人は非常に優秀だが、少人数で皆様を満足させる給仕ができるかと言えば正直微妙と申し上げる他ならない。そこで、本日は私自らが皆様に給仕をしようと考えている」
レイアの言葉に五人はにわかにざわついた。皆が目線をさっと合わせ、言葉の意味を、裏を探る。オリヴィアもそうだった。
(王女自らが給仕をする……? 聞いたことがないわ。人手が足りないから手ずからお茶を淹れると言うのであれば、なんて下手に出た作戦なのかしら)
とても高貴な身分の者がする振る舞いではない。下手をすれば王室全体が軽んじられるような行為だ。あまりにも酷ければ王太子妃として注意しなければ。
「オリヴィア王太子妃はグロリアの茶葉を好んでいると記憶しているが、間違いはないでしょうか」
「ええ。ですが紅茶はお茶菓子との相性もあると思いますの。グロリアに合うのはーー」
「ーーバターをふんだんに聞かせた焼き菓子。それにカスタードクリーム、で相違ないかな? どちらも用意がありますよ」
「まあ、準備がよろしいのね」
「私ではなく、そこの二人が気がきく者たちで。オリヴィア様直々に二人を私の元へとあてがって頂き、非常に感謝しているよ」
嫌味が効いた言葉をオリヴィアは笑顔で聞き流した。あれほど愚鈍そうな二人が役に立つだなんて、嘘も大概だわ。
レイアはテーブルを見回し、他の令嬢たちにもその嗜好を確認する。次はオリヴィアの隣に座る、この場で三番目に身分が高いルリエッタ侯爵令嬢へ問うていた。
「ルリエッタ嬢はグロリアの他にはエリアスが好きだと聞き及んでいるが」
「ええ。本日はグロリアで」
ルルシーナはちらりとオリヴィアに目線を送り、ほくそ笑んでいた。彼女の家との親交は深い。同じ紅茶を選び、その味がいまいちならばオリヴィアの援護射撃をするつもりなのだろう。
室内の雰囲気が変わっていることで先制はレイアに譲ってしまったけれど、まだまだこれからだ。茶器を愛で、紅茶と茶菓子の味わいを楽しみながらじっくりとレイアをいたぶることにすればいいわ。
一通りの紅茶の好みを尋ねたレイアは、次の手順にうつろうとしている。
「では早速」
しかしそういったレイアは席を立つ様子を見せず、テーブルに置いてあった一本の細長い銀のタクトのようなものを手に取った。
そしてそれを一振りするとタクトの先から魔術陣が展開した。
それは見たことがない魔術だった。
部屋の隅に用意されていた茶器が宙を舞い、各人の前へと音も立てずに置かれる。別々に飛んで来たソーサーとカップは行儀よくセットされ、ご丁寧にティースプーンもそっと置かれた。
次にレイアはポットと茶葉、水差しへとタクトを向ける。
ガラス製のティーポットの蓋が開いて茶葉が均等に入っていく。水差しはレイアが火の魔術を行使した途端、湯気をあげる熱湯へと変化した。
七つのティーポットと熱湯が茶器と同じく優雅に宙を飛び、それぞれの前へとことりと置かれた。
蒸らす間に今度は茶菓子だ。
「本日の茶菓子は王家御用達の料理人が腕によりをかけて作った焼き菓子が三種類に、フルーツタルトとチーズタルトだ」
言うが早いがヒュンヒュンと茶菓子がオリヴィアの目の前に飛んで来た。
「おかわりもどうぞ遠慮なく申し出てくれ」
にこり。優美な笑顔を向けるレイアに向けるオリヴィアを除いた六人の視線は、常のものと違う。驚き、戸惑い。
「……!!」
一同の視線を一身に浴びているレイアは全く動揺することなく、悠々とティーカップを傾けてその中身を堪能し始めた。
(まだ、わからないわ。茶菓子の味はともかく紅茶は淹れ方一つで味が変わるもの。特にグロリアは繊細な茶葉だから……付け焼き刃な方法では簡単に味にえぐみが出てしまう。いくら変わった演出で気を引いても、不味かったら意味がないわ)
絶対に粗を見つけ出してやろうと意気込んで一口飲んだ紅茶の味は……完璧だった。
グロリアの良さを余すことなく引き出しているその味にさしものオリヴィアも口をつぐむ。どこも悪いところはない。
「オリヴィア王太子妃殿下、お味はいかがでしょうか?」
「……そうね、悪くはないかしら」
「それは良かった」
口を濁すオリヴィアにレイアは機嫌よくそう返事を寄越す。なんとか反撃に出るべく、オリヴィアはカップを置いて話を変えることにした。
「それにしてもレイア様がこれほど給仕に長けているとは思いもよりませんでしたわ」
「身の回りのことは全て一人でやっていたので、容易いものですよ」
「全員への気配りもお出来になって、まるで転職は召使いのようですわね」
「戦場で幾百の兵に注意するのに比べれば、児戯にも等しいです」
「まあ。王族の、しかも女性でありながら戦場で剣を振るう姿はさぞかし目立つでしょうね」
「皆が私の首を取ろうと殺到して来ますよ。おかげで他の兵への注意が疎かになるから討ち取りやすい。私は体のいい囮だが、それで一人でも多くの兵が戦場から帰還できるのなら喜んでその役をこなそう」
にこり。レイアが微笑めばオリヴィアもまた笑う。
水面下での攻防は続き、他の令嬢たちは固唾を呑んで見守るばかりだ。
「さあ、他の皆様もせっかくの紅茶が冷める前に、是非」
場の空気は完璧にレイアが支配していた。
照明に始まり花飾りや給仕に至るまでの魔術による独特な演出、そしてテンポの良い会話。控えているメイド二人は終始レイアが魔術で飛ばすお皿の片付けや茶菓子の補充に徹底しており、全てのことはレイアに一任されている。
「そういえばマリアンヌ嬢のお父上が治める領地は冬には雪が深いのだったな。王都はあまり雪が降らない」
「ええ、夏であってもここよりも数倍は涼しく、過ごしやすい場所ですわ」
レイアは招待している令嬢の一人、薄桃色の髪を綺麗に編み込んだマリアンヌへと問いかける。ふむ、と顎を撫でたレイアは再びにタクトを手に取ると指揮棒のように振った。
途端に中空には雪の結晶が出現し、ちらりちらりとゆっくり舞い落ちる。
「まあ」
「魔術で作った雪の結晶なので、触れれば消えてしまうよ。ごくごく弱い魔術だから冷たくもない」
「このような魔術、初めて見ましたわ」
「ただの趣向凝らしで実用性には乏しいからな。知っている者は少ないだろう。こんな魔術もある。……アルベルティーヌ嬢の住まう領地ではカサブランカがよく咲くだろう?」
レイアが自身の左手に向けてタクトを振る。大ぶりで真っ白いカサブランカが出現した。驚き目を見開くアルベルティーヌに優しく微笑むと、テーブルの上に花飾りの上にそっと追加する。
「……レイア様は意味の無い魔術がお得意ですのね」
「私は意味のない魔術がもっと広く普及するような、平和な世を作りたいと思っているのですよ、オリヴィア王太子妃殿下」
チクリとオリヴィアが放つ皮肉にもレイアは笑顔で応対し、まるで隙を見せなかった。茶会のたけなわとなる頃にはオリヴィアはこの会において勝ち目がないことを嫌が応にも悟った。
「……楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうな。私は茶会を開くのは初めてだが、これからは積極的に催していこうと思っている。是非またご参加をお願いしたい。これは私からの、心ばかりのお土産だ」
そう言ってレイアは五人それぞれに贈り物を渡した。オリヴィアには水晶でできた花を、他の四人には各領地の特色の花を。
それを受け取った五人は曖昧に頷いて挨拶の口上を述べたのちに、去っていく。
オリヴィアが退出したところで深々とお辞儀をしたレイアが目に入った。少しあげた頭から見えた表情は、非常に自信に溢れており、実に王族然としていた。




