今日も今日とて掃除です
「今日の二人の仕事内容は王妃の階段の掃除だよ。装飾品、天井、照明、床に絨毯。全てを残らずピカピカに磨き上げておくれ」
「はい、かしこまりました」
「はい」
「ん、今日もいい返事だね。さあ、行っておいで!」
「はーい!」
元気に返事をしたクレアは隣に歩くリリーと一緒に掃除道具を持って謁見の間へと向かう。もはや最初に決めた、うつむきがちで無口でミスばかりする根暗なドジっ子メイドという設定は微塵も残っていない。今ここにいるのは明るく元気で言われた仕事を超スピードできっちりとこなす有能すぎるメイドだ。おかげさまで、先輩たちの態度も柔らかくなっている。
有能すぎて任される仕事内容がだんだんと重要になってきていた。王族が利用する階段の掃除なんて、入って間もない新人メイド二人に任せるような内容じゃないだろう。いくら使わない時間場所だからといっていいのだろうか。
王族の居住区域へと通じるこの階段は、利用する人間が限られており、王妃が無くなって久しい現在では全くといっていいほど使われておらず閉ざされ続けているらしい。
いつものようにはたきをエプロンの結び目にねじ込んでほうきとモップを肩に担ぎ、水を張ったバケツと雑巾を手に持って意気揚々と使用人用の階段を歩く。
「この階段もきったないよねぇ。時間ができたら掃除したいなぁ」
「そうね、でも使用人用の通路は結構人が行き交っているから、見つからずにこっそり掃除するのは難しいんじゃないかな」
「んー、確かに」
なんかいい方法がないかなと顎に指を当て考える。機会があれば綺麗にしよう。
「さあ、王妃の階段はここから行けるみたい」
クレアが階段の踊り場にあった木の扉を開けると眩しい陽光に照らされた城の表部分へと出た。
「まぶし……」
「使用人用の通路はいつも薄暗いから、表に出ると眩しいよねえ」
目を細めるリリーにクレアがうんうんと頷く。城は表と裏の落差が激しい。天井が高く道幅も広い表側と異なり、使用人用の通路は最低限の灯しかなく天井も低い。ドットーレが通ったら常に四つん這いで進まなければならないだろう。
「さて、ここが王妃の階段」
見上げるその階段はただの階段だというのにクレアとイシルビュートが住んでいる家がすっぽり入りそうなほどに広大な場所だった。縦にも横にも異様に大きい。幅の広い大理石の階段が緩やかな螺旋状に上へと伸びており、その頭上からは当然のようにシャンデリアが吊るされている。そして飛空しなければ絶対に開けられないような場所に窓がはめ込まれている。
最近思うのだけれど、どうして掃除できない場所に窓を作ったりシャンデリアを吊るしたりするんだろう?
謎だ……造った人はメンテナンスの事とか考えなかったのかな。魔石だって無限に使えるわけじゃないんだし、壊れたりした時のためにもっと人の手に届きやすい高さに吊るせばいいのに……。
まあ、そんな事を考えても仕方がない。兎にも角にもクレアがやるべきことはただ一つ、この場所を綺麗にすることだけだ。
「じゃ、いつもみたいにリリーは手の届く場所の掃除と、落ちてきた埃を集めるのをお願いね」
「ええ、任せておいて」
テキパキと塵取りとほうきを持って構えるリリー。頼もしい。頰の平手打ちの跡も、身体中の青痣もほとんど消えたリリーは見るからに健康体になった。まだ若干転んだりするから足にあざがあるものの、数は最初の数日に比べればぐっと減った。クレアが危険を冒してまで魔術を使った甲斐があるというものだ。
「この階段って、どうして王妃の階段って名前なんだろうね」
すっかり手に馴染んだはたきで魔術を行使しつつクレアはリリーになんとなく問いかけた。
「この先にある王妃様の間に通じているから王妃の階段と呼ばれているらしいわよ」
「ああ、それで……にしても今って王妃様、いないんでしょ? 誰も通らない階段を綺麗にする意味ってあるのかな」
「クレア、誰かに聞かれたらその発言、不敬で首が飛ぶわよ!」
「ごめん」
いまいち何が不敬で何が不敬でないのかクレアにはよくわからない。その辺りはリリーの方がよほどしっかりしているので、素直に彼女のいう事を聞こう。この場所は現在クレアが結界を張っていて物理的に誰も入れないようになっているのだが、それでもリリーは肝を冷やしたようで胸に手を当ててフーッと大きく息を吐き出した。
「ここの階段はね、陛下が時々通るらしいのよ。亡き王妃様を一人偲んでいるんですって」
「あ、そうなんだ?」
「だから綺麗にしておかなくちゃいけないの」
「リリー、そんな話いつ知ったの?」
「先輩たちが食堂で話しているのを聞いていたの。私、耳はいいからそういう噂話を拾いやすいのよね」
「へえ……私なんてご飯のことしか考えてなかったよ」
ちょっと反省した。もしかしたらそういう噂話の中に魔術書の在り処のヒントが隠されているかもしれないし、今度からは聞き耳を立ててみよう。シャンデリアの埃が雪のように落ちてくるのを尻目に、宙を飛んでいる雑巾をはたきで遠隔操作しながら話を続ける。操作系の魔術は地味に魔力を消費するしその微細なコントロール力は器用さを求められる。飛行の魔術なんてその最たるものだが、この雑巾操作も結構な技術を要求された。
何せ、この城に施されている美術品は……無駄に凝っている。妙にリアルに造られた天使の像や凹凸をつけられた柱、階段の手すりにさえも何やら文様が彫られていて掃除がしづらい。埃がたまる。
人力で頑張っている他のメイドには頭が上がらないけれど、クレアは魔術に頼ることにしている。
もしかしてお師匠様は、こうなる事を見越してクレアに様々な生活便利魔術を教えたのかな?
そうだとしたらさすがお師匠様だ。全てを見通している。
クレアは師匠を改めて尊敬しつつ、真面目に人力で掃除をしているリリーに話しかけた。
「他に何か面白い話、聞いたことある?」
「そうねえ。王太子妃のオリヴィア様が新しいメイドを探しているそうよ」
「ええ? その方はもう専属で五十人も使用人を侍らせていると聞いたけど」
「あら、その話は知ってるのね。もっと有能な方が欲しいそうで、皆自分に声がかからないかとそわそわしているみたいよ。何せ専属になれば箔がつくし、待遇だって俄然良くなるから」
「ふうん」
「クレア、あなたなら目に留まるんじゃない? 何せこの短期間ですごい実績を上げてるから」
「私はいいよ……あんまり目立ちたくないし……」
「今更何言ってるのよ、もう十分すぎる程目立ってるでしょう……」
「確かに……」
目立つにしたってもっと悪目立ちして無能のレッテルを貼られるはずだったのに、どうしてこうなったんだろう。しかし今更ドジっ子を装ったところでどうしようもない。
クレアに出来る事と言えば、本日も張り切って城を綺麗にすることだけだった。
と、掃除は順調に進んでいた。
しかし小一時間ほどが経ったところで異変が起きた。閉ざしておいたはずの扉がガタガタと動き出したのだ。
「クレア、なんか誰かが外にいるみたいよ!?」
「っ、ヤバっ!」
クレアの施した結界は強固であり、ちょっとやそっとのことでは破れない。
扉がガタついているということは、おそらく高位の魔術師がそれを解除しようとしている。どうしよう。
ひとまずクレアは宙に浮かせていた諸々の調度品を元の場所へと戻すことにした。魔術陣を発動すると、所在無くフヨフヨそこらへんを漂っていた高価な品々が元あった場所にヒュンヒュンと戻っていく。
最後に背の高くて細長い、いかにもバランスの悪そうな花瓶を台座に戻して掃除しているフリをしたところで扉がばーんと開いた。
そこに立っていたのは、この城に負けず劣らずの絢爛豪華なドレスと宝飾品で着飾った迫力のある美女だった。
別にドットーレのように背が高いわけではないのだけれど、身にまとうオーラが完全に只者ではない。金髪に緑の瞳を持ち、他者を威圧するオーラを醸し出すその美女の登場にクレアはどうしていいかわからない。
「クレアッ、頭を下げてお辞儀して! 王太子妃のオリヴィア様よ!」
いつの間にか隣にすっ飛んできていたリリーがクレアに耳打ちし、二人で慌てて腰を折ってお辞儀をする。突然の偉い人の登場に緊張したリリーは全身をガタガタ震わせていた。これはやばい兆候だ。
「……? この場にいるのはお前たち二人だけか?」
リリーの不自然さなど意に介していない護衛魔術師の一人が尋ねてくる。
「はい。掃除をしておりました」
「魔術の結界が施されてあったが……それもかなり高度なものが。まさかお前たちの仕業か」
「滅相もございません。私たちはただの掃除メイドです」
「ではあの結界は誰の仕業だ?」
「存じ上げません」
問い詰める魔術師にしらを切りまくるクレアだったが、相手は不審がっている様子だった。なんと言われようが知らぬ存ぜぬを通すしかない。
頭を下げていても魔術師がキョロキョロと辺りを見回す気配が感じられた。
「今我々が入ってきた扉以外にも結界が施されているようだ。内部からしかできない技だと思うが?」
「…………」
「掃除中は不審な動きがないように通常開け放たれているこの扉に、何故結界が張られている?」
「…………」
「答えよ、娘」
いよいよ怪しく思った魔術師の言葉尻が強くなった。
やばい、どうしよう。
隣のリリーは頭のてっぺんからつま先まで震えていて、全身が小刻みに動いている。
やっぱり他の人がいると元のリリーに戻ってしまうようだ。
しかしどう誤魔化したものか……いっそのこと幻視の魔術でもかけようかな。でも数が多いし、騒ぎになるのもちょっと……最終手段としてはそれしかないけど。
クレアが力技に頼ろうかと思ったその時、再び扉の方から声がした。
「その者たちを責めるのはよせ。結界は私が張った」
その声は朗々としており、聴く人にハッとさせる力を持っていた。
そして衣擦れの音がし、それまでじっとしていたオリヴィアが動く気配がする。
「あら、お久しゅうございますわね。レイア王女殿下」
「ああ。久方ぶりだな、オリヴィア王太子妃殿下」




