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掃除無双②

「クレア、リリー。今日はお前たちは『勝利の回廊』の掃除をしておくれ。置いてある調度品を壊さないよう丁寧に、かつ拭き残しの無いようにピカピカにするんだよ。終わるまで食事は無しだ」


「はい、わかりました」


 翌日、長によって告げられたのは昨日を上回る規模の掃除だった。『勝利の回廊』は全長五百メートルを超える回廊で、そこには国の輝かしい戦績の数々が絵画で描かれ、或いは国王や著名な魔術師の彫像が飾られている。

 まあしかし、魔術を使うことにしたクレアにとって恐れることなど何も無い。強いていうならば誰かに見られるとまずいのだが、普段は貴族や国の貴賓に開放されているこの場所も清掃中とあれば閉じていても何の問題もない。

 というわけで、クレアは二つ返事で無茶振りな掃除割り振りを快諾するとリリーを伴って颯爽と勝利の回廊へと向かった。

 昨夜はたっぷりと寝られたので今日は調子がいい。短時間睡眠でも構わないが、やはりぐっすり眠った次の日はコンディションが違うなぁとクレアは思った。


「さっ、ここが勝利の回廊ね!」


「ええ」


「リリーはうっかり彫像を割らないように注意してね! まあ、元に戻せるけど……なるべくなら割らない方がいいし」


「わかった、邪魔しないように注意するわ」


 こちらも肌ツヤの良さそうなリリーが頷く。

 早速掃除だ。やることは昨日とあまり変わらない。

 天井の埃取り、照明の拭き上げ、床磨きに彫像の埃取り。この回廊は壁中に絵画が飾られているので額縁の掃除も必要だ。絵を汚さないように注意しよう。


 はたきを取り上げ、まずは扉を結界で封じる。

 次に天井の埃取り、水拭き。余裕余裕。

 リリーが床に落ちた埃を綺麗に集めていく。彼女は他の人の目がない事で肩の力が抜けているのか、昨日からほとんどミスをしていないし動きも機敏になっていた。

 とてもいい事だ。クレアとしてもこうしてやる気のある子と一緒に働けるとありがたい。


「さて次は彫像のお掃除っと」


 あっという間に天井掃除を終わらせて、回廊中にずらりと並ぶ彫像の掃除に取り掛かる。これも魔術を一体一体に飛ばせば自動で掃除が終わりそうなので、楽勝だ。

 長い廊下の端に降りるとそこに立っている彫像群に向かって次々と魔術を放っていく。

 台座の上に乗った彫像の大きさは約三メートルほど、ちょうどドットーレと同じ大きさだ。その彫像の頭上から魔法の風が旋回して、埃を優しく落としておく。その次は霧状の水で汚れを落とし、面倒なので最後の乾燥も風魔術でまかなうことにした。

 二百体は超える彫像が一斉に綺麗になっていく様は見ていて圧巻だ。気持ちがいい。

 

 掃除されている間手持ち無沙汰になってしまったクレアは、目の前に立っている立派な彫像を見る。どうやら魔術師のようだった。

 ローブを着て立派な杖と分厚い魔術書を持っているその魔術師は、随分と精悍な顔つきをしている男の人だ。台座にはまっているプレートに何の気なしに目を走らせる。


 ビュート・アレクサンダー

 光誕歴886年ー916年


 今が1112年なので約百年前に没した人物らしい。三十歳で亡くなっているので若い。師匠のイシルビュートにも同じ名前が入っているのでビュートという名前に親近感を持った。ドットーレの屋敷での歴史の勉強でも同じ名前が出てきたし、有名人物であるようだ。

 グッと興味が湧いたために彫像のすぐそばにかかっているひときわ大きな絵画を見る。そこにはこのビュートなる人物が、よく見覚えのある竜と戦っている絵が描いてあった。

 赤い瞳を煌めかせ、紫色の禍々しい鱗を持つ巨竜と勇敢にも一人で対峙する人物。

 顎を開けてビュートを食いつくさんとする毒竜に向けて魔石のついた杖を振りかざし、その杖からあふれんばかりの光が迸っている。

 色がついたその絵で見ると、ビュートという人物の凛々しさが彫像以上によくわかる。クレアの師匠には敵わないが、中々に整った顔立ちをしている。金の髪も特徴的だ、もっともこれは絵画なので、実際にはどんな人物なのかはよくわからないけれど。

 絵画にはタイトルがついていた。『邪竜ハイドラを封じし英雄』。


 今うちで療養しているハイドラがこれを見たらどう思うだろうか……。

 「こんなもの、引き裂いてくれる!」とか言って激怒しそうだな。でも封印されていたのは事実だし、案外すんなりと受け入れるかもしれない。

 色合いや特徴は捉えているけど、全体的に太く描かれすぎているから「余はもっとスマートだ!」とか言い出すかも。

 というか彼の怪我は治ったのかな。知らなかったとはいえ一切の躊躇なく攻撃してしまったからちょっと心配だ。


「あら、クレアもビュート様のファンなの?」


「え?」


 絵画の前で腕を組んで唸っていると、リリーが横に来て問いかけた。リリーは胸の前で手を組んで興奮したように話す。


「かっこいいわよねえ、ビュート様! 毒竜退治だけじゃなく、戦場に立てば敵の首を取り、魔物の大群が都に押し寄せればたった一人で全てを掃討したそうよ! 英雄魔術師と呼ばれるのも納得だわ。お顔立ちもかっこいいし、同じ時代に生まれたかったわ」


 そんなにすごい魔術師なのか。まあでも、お師匠様には敵わないだろう。何せクレアの師匠はこんな仰々しい杖など使わなくても高威力の魔術を連発できるし。魔物の大群の掃討だってお手の物だ。

 昔ロレンヌの僻地に出現したコカトリスを木の枝一本で撃退したその鮮やかな手腕は未だにクレアの脳裏にくっきりはっきり焼きついている。手強いコカトリスの群れすら師匠の相手にはならなかった。師匠の放った炎の魔術はコカトリスを焼き尽くし、後に残ったのはとりの丸焼きだけだった。卵だけでなくお肉も美味しいんだなぁ、と街の人とコカトリスパーティーをしたのもいい思い出だ。



「あぁ、次にこの回廊に飾られるのはどんなお方なんでしょうね」


「そりゃあ私のお師匠様に決まってる」


 無事にクレアが魔術書を手に入れ、レイアが浄化の魔術を発動した暁にはあの沼地は緑豊かな美しい大地に変貌する。それが師匠の手柄だと知ったテオドライトの王族は皆師匠に感謝し、その足元にひれ伏すだろう。師匠を追放したことを死ぬほど後悔して詫び、師匠を追放した人物を投獄して代わりに師匠をこの城に召し上げるのだ。

 その後にもきっと師匠は数々の偉業を達成し、この回廊に彫像が置かれて師匠の功績は後世に語り継がれる事になる。なんという素晴らしい事だ。そうなるためにもさっさと魔術書を探さないと。

 クレアの思考があさっての方向に向かっていると、不意にリリーの一言が現実に引き戻してきた。


「え? オズボーン侯爵様?」


「あ、うん。そう」


「うーん、オズボーン侯爵様が彫像になったら随分迫力ありそうね。大きいから……」


「あはは……」


 どうも師匠=ドットーレという図式が未だにクレアの中に根付いていないせいで、リリーとの会話にズレが生じてしまう。これ以上うっかり余計なことを口走らないように気をつけないと……。



+++


 クレアとリリーによる怒涛の掃除無双の日々が始まった。

 長が課す掃除内容は日に日に過酷になったがクレアはそれを苦もなくこなしていく。

 城中の大理石階段の掃除、吹き抜けのとても手が届かない天窓の掃除、王宮内に設えられている礼拝堂のステンドグラス磨き、トイレ掃除、果てはドブ掃除までも言い渡された。

 しかし、どんな過酷な掃除内容であろうがクレアは全く意に介すことなく、むしろ生き生きとして引き受けた。魔術が使えるならばどんな場所だろうが楽勝だったし、元の色すらわからないくらいに汚れがこびりついた場所が綺麗になっていく様は見ていて爽快だった。

 リリーはあれだけドジを踏んでいたのが嘘のようにテキパキ働いてくれている。先輩メイドたちがいる場所だと相変わらず転んだりこぼしたりしていたけれど、二人でいるときには別人のような身のこなしでクレアの手伝いをしてくれた。

 おかげさまで掃除がはかどるはかどる。


 もちろん、到底ありえない量の仕事をこなしている二人を訝しみ、見張りがついたこともあったのだがクレアはその見張りに速攻で<幻視の魔術>をかけてごまかした。 

 見張りの先輩メイドの目には不都合な部分は映らず、ただただ二人が超スピードで掃除をこなしているように見えたことだろう。

 不思議な顔をしながらも「クレアとリリーの二人は普通に掃除をしていました」と告げれば長は顔を歪め、そんなはずはないと自らも立ち会ったが結局クレアの魔術の餌食になって首をひねっていた。


「メイドの中に魔術師がいなくて助かったよ」


「普通魔術師はメイドなんて仕事しないからね……」


 クレアがはたきを指揮棒のように動かしつつ重さ数百キロの胸像を宙に浮かせて上機嫌でいうと、リリーがその下の台座を丁寧に拭きながらツッコミを入れる。


「クレアはこんなに魔術が使えるのにどうして隠しているの?」


「えっ!?」


「高度な魔術をバンバン使って……本当ならとっくに資格を取って魔術師見習い、いいえ、中級魔術師にはなれているはずよ」

 

 疑わしきものを見るようにジト目でこちらを見てくるリリーに、思わず集中力を乱されて胸像を取り落としそうになった。

 

「前から思ってたけど、クレアってちょっと……怪しいわよね」


「そっそんなことないよ! 私! お師匠様が好きすぎて側を離れたくなくて、他のことには無頓着っていうか!!」


「ふーん? そんなにオズボーン様のこと好きなんだ?」


「そう、大好きなの!」


「ふーん?」


 ドットーレがこの場にいたら飛び上がって喜びそうだが、生憎彼はここにはいない。

 クレアは冷や汗をダラダラと流しながら苦し紛れな言い訳を口にする。もうこれで押し通すしかない。

 そう、クレアは師匠のことが好きすぎて自ら世間とは隔絶された生活を送っていたのだ……まあ、半分くらいは事実だ。本当の師匠イシルビュートのことは大好きだし世間とは隔絶されていた。あれ? てことはこれって嘘じゃなくて事実じゃないかな?


「先が思いやられるわ……だから私が派遣されたのね……」


「ん? 何か言ったリリー?」


「いいえ、何も」


 リリーのつぶやきを聞き取れなかったクレアは頭にクエスチョンマークを浮かべる。



 メイドたちの訝しみはだんだんと消えていき、二人が便利ポジションへと変わるのにそう時間はかからなかった。何せどんな作業内容を言い渡しても完璧に終わらせてくれるものだから、都合がいい。面倒な作業は全てクレアとリリーの二人に押し付けられるようになり、二人もそれを二つ返事で了承する。

 やがて城の中は、今まで手が届かなかったところさえも磨き上げられたことで、これまで以上に綺麗になり一段と輝きを増すようになった。

 二人の評判も上々で、先輩たちからのあたりも柔らかくなってきた。

 

 だから、メイドとしての仕事を順調にこなすクレアは、まさかあのようなことが起こるとはーーこの時は露ほども思っていなかった。


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