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掃除無双①

 クレアは腕まくりをしてから背中に手を回すとエプロンの結び目にねじ込んであったはたきを取り出した。

 右手に握ったそれを剣のように突き出すと、魔術を発動する。

 はたきの切っ先から魔術陣が浮かび上がり、光が飛び出した。

 廊下の両脇に設えられている大扉が音もなく閉じ、青白く光る。続いて廊下に面して等間隔に並んでいる一回り小さな扉たちにも光が飛んで行った。


「ク、クレア、それは……!?」


「結界の魔術陣。一応、誰かに見られたら困るから」


「結界!? クレアってば結界の魔術陣を使えるの?」


「うん。さあ、本番はここからよ」


 焦ったようなリリーの声にクレアは淡々と答える。結界を張り終わったクレアは次に、天井にはたきを向けた。

 師匠に教わった掃除の魔術。それはごく簡単な魔術陣だ。

 風の文字、上向き、撫でるように払う。

 はたきの先から風が飛び出した。旋回する風が飛んでいき高さ十メートルの天井にぶち当たると、そっと天井を払うようにさわさわと移動した。

 そして同時に大量の埃が廊下へと落ちてくる。


「す、すごい! すごいわクレア、こんな魔術が使えるなんて!」


 リリーが興奮したように目を輝かせて感嘆の声を上げる。クレアは人差し指をそっと唇に当てて悪戯な笑みを浮かべた。


「誰にも内緒にしてね。私は魔術師の資格がないから、もしもバレると牢屋行きになっちゃう」


「ええ、もちろん秘密にするわよ」


 すごい勢いで頷きながらリリーは力強く請け負った。バラしたところでリリーには何のメリットもないから信じても問題ないだろう。

 それにしても、すごい量の埃だなとクレアは思った。天井にも凝った彫り物がされているから埃がたまりやすいらしく雪のように灰色の埃の塊がどさどさと落ちてくる。

 本当に、使用人が皆魔術師ならばいいのに……そうすればこんな掃除など一瞬で終わる。というか、別にこのくらいの魔術なら皆が覚えてもいい気がする。実際、ロレンヌの方ではこうした類の魔術陣を一般民にも教える動きが出ているわけだし。

 

「テオドライト側にもお師匠様考案の生活便利魔術陣が浸透すれば、お師匠様の素晴らしさが皆にもわかるのに……追放がいかに愚かな選択肢だったのかがわかるはず……」


「ん? クレア、何か言った?」


「あ、ううん。何でもない」


 昏い瞳で師匠を追放した者への呪詛を吐き出していると、落ちた埃をほうきで集めていたリリーが顔を上げてこちらを見つめてくる。クレアは慌てて笑顔を浮かべて取り繕った。

 危ない危ない。

 師匠のことになるとクレアは少々理性を失う傾向にある。気をつけないと。


「よし、埃はだいたい落ちたかしら。仕上げに天井の汚れを水拭きする魔術陣ね」


 魔術というのは便利な代物だが同時に柔軟性があまりない、というデメリットも存在する。きっちりと陣に描かれた通りの術が発動するので、それは例えば先日にクレアがやったように魔石によって威力が増幅することはあれど力をちょっとだけ弱めるみたいなことは出来ない。

 攻撃用のウォーターショットを天井に向かって撃てば天井が損傷するだけでとても綺麗にはならないだろう。掃除には不向きだ。

 威力や用途によっていちいち新たなものを書き起こす必要があるために、魔術陣は非常に膨大な数が存在する。その数は数十万にも及び今はもう失われているものも多いと師匠は昔言っていた。

 そしてその大部分が、対戦争用の攻撃的な魔術や結界魔術といった類のもので生活に密着したものはほとんど存在しない、とも。


 クレアは飛行の魔術を使って飛び、天井に近づいた。こうして近づいて見てみると、ずいぶん天井がくすんでいる。

 クレアが向けたはたきの先から青い魔術陣が展開した。霧状の水が飛び出して天井を綺麗に洗い流していく。そのままだと濡れっぱなしで滴ってくるかもしれないから左手に握った雑巾で綺麗に拭き取っていく。

 長年の汚れが取れた天井は見違えるように輝いていた。


「リリー、そっちはどう?」


「ええ、今ちょうど集め終わったところよ」


 珍しく一つもミスをせずに埃を集め終えたリリーは額の汗を拭ってふうと息をつく。


「すごいわねえ、クレアは! こんな短時間で……天井がピッカピカに」


「うん、まあ、お師匠様のおかげね」


「オズボーン様ってこんな家庭的な魔術陣も使えるのね」


「う、うん。そうなの」


「てっきり前線で戦う魔術師様だとばかり思っていたから、ますます意外だわ!」


「ソウナノー」


 目線を泳がせ、適当な相槌を打つ。リリーの中でドットーレのイメージが随分と変わってしまいそうだが、仕方がない。屈強な見た目とは裏腹に家庭的な魔術師ということにしておいてもらおう。


「じゃあ次は、シャンデリアについた照明器具の拭き上げね」


 クレアがシャンデリアに向けて魔術陣を打ち出すと、シャンデリアについた照明器具が一斉にふわりと浮いた。そのままゆらゆらと中を漂いながらクレアの元へと向かってきて、そして足元にそっと横たわる。

 次のシャンデリアも、その次も。

 全ての照明がクレアの元へと集まってきてそして行儀よく寝そべる。

 この魔術陣は……「動くのがだるい時に勝手にものが集まってくる便利な魔術陣」だと師匠が言っていた。横着にもほどがあるけど、こうして役に立っているのだがら世の中何が起こるかわからないものだ。

 ちなみに集めたものを元どおりに戻す魔術陣もあり、師匠はセットでよく使っていた。

 これはちょっと難易度が高めなため、習得するにはそれなりのコツがいる。


「じゃ、これ、拭いちゃおうか」


「ええ!」


 集まった照明器具を見やり、二人でしゃがんで磨き上げに取り掛かった。



+++


「あら、貴方たち、今日の掃除はどうしたのよ」


「こんばんは、ルナ先輩。今日の担当箇所はもう終わったので報告に来ました」


「ふうん? 随分と早いじゃない」


 リリーのミスにより散々に迷惑をかけられたルナが疑わしげな眼差しを二人に向けた。


「ちなみに今日はどこを担当したの」


「二階の南と西の廊下の天井の埃取りとシャンデリアの照明器具の拭き上げです」


「なっ、そんな量の掃除が今日いちにちで終わるわけないでしょう!?」


 ルナは驚愕に目を見開き、クレアに詰め寄った。


「メイド十人が三日かけたって廊下一つしか終わらない内容じゃないの、さてはサボったわね?」


「何を騒いでいるの?」


 ちょうどいいタイミングで長がやって来て三人の言い争いに割って入ってくる。


「クレアとリリーの二人が、担当していた掃除をもう終わらせたっていうんです」


「何だって?」


 途端に長の目がつり上り、底意地の悪そうな表情を浮かべた。


「お前たち、嘘はいけないよ。そんなことしたってすぐにバレるんだからね」


「いえいえ、ちゃんと終わらせましたよ。何なら確認しに行きますか?」


 クレアがそう提案すると、長はふんと鼻を鳴らした。


「いい度胸だね。行ってみようじゃないか」




 長とルナの二人は二階の廊下に行き、そこで信じられないものを目の当たりにした。

 天井はかつてないほどの白さで輝いており、照明器具はまだ光が灯されていないにもかかわらず煌めいている。どうしても人の手が行き届かず、どことなく煤けて埃がたまっていた隅の方までも汚れが落ちていて、まるで新築のようだった。


「これは一体……!?」


「廊下と窓までもが見違えるように綺麗になっているわ……!」


「時間が余ったので、ついでに掃除しておきました」


「「時間が余った!?」」


 クレアの放った驚愕の言葉を二人は反芻する。クレアはニコニコとして答えた。


「はい。思ったより早く片付いたので」


「有りえないわよ、たった二人でここまで綺麗にするなんて!」


「そうよそうよ、きっと他のメイドに手伝ってもらったんでしょう? そうに違いないわ!」


「お前たち、後で他のメイドに聞いて回るからね。覚悟おし!」


 しかし当然のことながら他に手伝った人物などおらず、長は首をひねりながらも「明日はもっと厳しい仕事を与えてやる」と魔女のような形相で言い放って来た。


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