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無理難題


 翌朝、クレアとリリーの二人は同室のメイドに混じってまだ夜も明けきらないうちに起床する。実質の睡眠時間はおそらく三時間ほどだけれどクレアは特に苦にならなかった。夜更かしは割と慣れている。

 師匠と二人で魔物討伐に赴く際には夜行性の魔物と戦うこともあったため、徹夜することだってザラだ。二徹三徹ドンとこいである。遠征だってしているから、それに比べればお風呂に入れてベッドで寝られるというだけで破格の環境だった。

 意外なのがリリーで、彼女もすっきりと起きてきて「おはよう」と毎朝挨拶をしてくれる。てっきりもっと疲れているかと思っていたのだけれど、彼女も結構タフらしい。全身の怪我もそれほど気にしていないようだし、気になって聞いてみたら「私、昔から体だけは丈夫だったのよ」とあっけらかんと言われた。人には長所と短所があるみたいだ。


 そんなこんなで二人は使用人用の食堂で朝食を取り、その後に毎朝の仕事を確認するために食堂隣の部屋へと向かう。先輩方に混じって立っていると、メイドの中でも清掃担当の長がやって来て挨拶を終えた後に本日の割り当てを発表した。


 長々と読み上げられ、担当が割り振られたと同時に一人また一人と去っていく。お城は広いので一秒でも時間が惜しい。下っ端であるクレアとリリーは最後まで残されて、とうとう長と二人だけでなってしまった。


「クレア、リリー。今日は二階の南と西の廊下の天井の埃を二人で払っておいておくれ。それからシャンデリアの蝋燭型照明も一つずつ取り外し、綺麗に拭うんだよ。魔石を扱うときは丁寧に。一つでも割ったら承知しないからね」


「えっ」


 言われて思わず、クレアの隣にいたリリーが声を出してしまう。長はジロリと咎めるようにリリーを見た後、長い長い掃除の担当リストをくるくると丸め始めた。


「何か文句でもあるのかい?」


「あの、廊下の天井を払うのも照明の吹き上げも大仕事で、二人で全部こなすのは難しいんじゃ……」


「他の子達はそのくらいならこなせるよ。お前が愚図でノロマなんじゃないかい」


 リリーは喉を詰まらせた。実際リリーはだいぶん鈍臭いので反論するのは難しい。


「さ、さっさと行きな。言っておくけど、終わるまで今日は寝られないと思うんだね。今日だけじゃないよ、終わるまでは今日も明日も明後日も寝られない」


 なんと。二徹三徹ドンとこいと言ってすぐにそれが実現しそうだとは、さしものクレアもびっくりだ。

 口をパクパクさせるリリーをジロリと睨むと腰に手を当てた長。


「さっさと行ってきな!」


「は、はいぃ!」


 その迫力に飲まれたリリーはくるりと出入り口の方を向いて駆け出し、何も無いところでコケた。クレアが近寄り助け起こすと後ろで長が鼻で笑う音がする。


「はんっ、本当に鈍臭い子だね。さっさと辞めてしまえばいいんだよ」


 そのセリフには反応しないようグッとこらえ、クレアはリリーを支えつつも掃除用具の入っている小部屋へと逃げるように去る。

 

「本当にごめんなさいクレア、私のせいで無茶振りが」


「大丈夫、なんとかなるよ」


 掃除道具入れに入っていた中で一番長い梯子と一番長いモップを持った二人は割り当てられた掃除場所へとえっちらおっちらと向かっていた。折りたたんであるとはいえ、さすがに長さ五メートルを超える梯子を持って歩くのは大変だ。

 使用人の部屋は地下一階にある。そこから王侯貴族諸氏が利用しているのとは異なる裏の石段を利用して二階まで上がり、扉をあけて指定された廊下へとそっと出る。

 金細工が施された凝った意匠の柱に支えられた天井高はおおよそ十メートル。言うまでもなく、高い。そして廊下の端から端にざっと目線を走らせる。その無駄に広く長い廊下は百メートルはあるだろう。

 等間隔に並んでいる巨大なシャンデリアには一つにつき二十本ほどの蝋燭型照明器具が設えられている。

 この巨大な廊下をたった二人で、掃除しなければならない。


「…………」


「…………」


 二人して天井を見上げ、そっと目を合わせた。

 

 これは……今日中に終わらせるのは無理じゃないかな。

 というか、一週間かかっても難しいんじゃないかな。


 言葉にしなくても互いにそう思っているのが感じ取れる。テレパシーだ。

 普通の天井ならばまだしも、七メートルの梯子に登って三メートルのモップでこの天井を綺麗に拭くって、一体どんな苦行だろうか。天井が綺麗になる前に腕が筋肉痛になってしまう。

 おまけに照明を一つずつ拭き上げる? 絶対に無理だ。冗談じゃない。


「ごめんなさい、クレア……きっとこれは、私を城から追い出すための嫌がらせよ」


 モップを握りしめたリリーが申し訳なさそうに下唇を噛みながら言葉を絞り出す。


「ドジばっかりの私をクビにするために、こんな無理難題を押し付けてきたんだわ。私だけならまだしも、このままだとクレアも巻き込んでクビにしちゃう」


 確かにこれは、嫌がらせの類なんだろう。

 リリーに非がないとは言えない。彼女は確かにやらかしすぎている。

 しかし、このやり口はどうなのかな、と首をかしげざるを得なかった。

 クレアはずっと師匠と二人暮らしだったし、ロレンヌの街では高名な魔術師師弟として好意的に扱われてきたのでこうして嫌がらせをされる、という経験がない。先日まで滞在していたドットーレの屋敷の人々も優しかった。

 辞めさせたいのであればもっと直接「お前はクビだよ」と言えばいいものの、リリーが根を上げるのを待っているのだ。あるいは、もっと取り返しのつかないミスをするのを待っているのかもしれない。


 さてどうしようか。クレアは腕を組んで考える。

 隣のリリーは健気にも仕事に取り掛かろうと、壁に持ってきた梯子を立てかけて登りだした。今にも落っこちそうで危ないし、さすがに七メートルの高さから落ちたら打ち身では済まないだろう。骨が折れるかもしれない。


 今いるこの回廊は主に王族が夕食をとったり、夜会で賓客をもてなす時に使用する部屋に行く時に使う場所だ。ということは、夜まで人が出入りすることは無いということだろう。


「リリー、ちょっと待って」


「へ?」


 クレアは梯子の上でぐらぐらしながらモップを突き出しているリリーに声をかけた。


「私に考えがあるの。だけどこれから私がやることを……絶対に内緒にしてね」

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