手強い相手
クレアの当初の計画は思ったように進んでいなかった。
というのも、同期であるリリーのミスが凄すぎるからだ。三歩歩けば何も無いところで転び、バケツを持たせれば中身をひっくり返してそこら中を水浸しにし、モップを持てばその鈍臭さからモップに振り回されて尻餅をついていた。
窓拭きをしていて脚立から落ちた回数はこの三日間で十五回にものぼり、おかげさまでリリーはミスをするたびに容赦無く繰り出される先輩たちからの平手打ちと、自分のドジのせいでこさえた打ち身とのせいで見るも無残な容姿になっていた。
深夜に仕事を終えたクレアとリリーは入浴を済ませた後、大浴場の脱衣所で向かい合って座っている。
この城の大浴場はなかなかに快適で、一日の疲れを取るのに最適だった。城で働く人間が小汚いと城内に病原菌がはびこる原因ともなるため、召使といえども扱いは結構良いらしい。良家の子女が勉強のために下働きに出されることもあるらしい。もっともそういった子達は住み込みではなく王都にある屋敷から毎朝働きに来ているし、職務内容は王族の身の回りを手伝う侍女であったりするけれど。
確かにクレアが行ったことがあるロレンヌの街々と比べても、城の公衆衛生はずば抜けている。
常に一番遅くまで働いているため、今この脱衣所にいるのはクレアとリリーの二人だけだった。
クレアは医務室でもらってきた湿布を下着姿のリリーの腕に貼ってやる。その傷は見ているだけで痛々しく、同時にもどかしかった。
(ポーションが使えればこんな傷一瞬で治るんだけど……ただのメイドがポーション持ってたら怪しまれるしなぁ)
ロレンヌは錬金術が発達しているためにちょっとした街ならば低級ポーションなどが売っているが、テオドライトはそうでは無いという話をドットーレから聞いている。
たとえ低級ポーションであっても、ロレンヌで売られている二倍の価格はするらしい。
ちょっと怪我をしたからと言って一般庶民がそうそう気軽に使えるような代物ではないということだった。
ドットーレ経由で師匠にいえばすぐにでも用意してもらえるだろうが、他の人に問い詰められた時に面倒なことになる。こうして薬を塗って手当てするのが精一杯だった。
「ごめんなさい、クレア。私のせいでいつも仕事に遅くまで付き合わせちゃって」
「ううん、気にしないで」
腫れた頬のせいで原型をとどめていない顔に申し訳なさそうな表情を浮かべながら謝ってくるのでクレアは首を横に振ってそう言った。
とはいえ、このままだとまずいのも確かだ。
リリーのドジっ子っぷりは他の追随を許さず、クレアがわざとミスをする隙を与えてくれない。というか、リリーに続けて何かやらかせば先輩達の怒りはあっという間に沸点に到達した挙句にマグマもびっくりな灼熱の温度に達してしまうだろう。
気づけばクレアはリリーの侵した失敗のフォローをする側に回り続けており、いつの間にやら周囲から見た二人は「いつも失敗ばかりする鈍臭いメイドと、その尻拭いに付き合わされている可哀想なメイド」というレッテルを貼られてしまっている。
これは非常にまずい事態だ。
すでに当初考えていたクレアのキャラ設定は完全に崩壊しており、今現在のクレアはそつなく仕事をこなす普通のメイドへと成り果てている。
(生粋のドジっ子がこんなに手強いものだったなんて……完全に舐めていた)
クレアは内心焦りを感じていた。
どうしてクレアが潜入するタイミングでこうもおっちこちょいな子が城で働き始めたんだろうか。タイミングが悪すぎる。
「リリーはどうしてお城で働こうと思ったの?」
太ももにできた一際大きな打ち身に湿布を貼りながら問いかけると、リリーはしょげ切った表情でポツリポツリと語り出す。
「私は戦争で両親を亡くして、ある人に拾われて育てられたんだけど……私ももう十七歳でしょ? そろそろ本格的に働いてその人に恩返しがしたくて、こうして城での仕事に出てきたの」
「こう言っちゃ悪いけど、よく採用されたね」
「あはは、私もそう思う。まあ、お城は万年人手不足みたいだし、素性が知れているなら誰でもいいのかも知れないわね。私を育ててくれた人は身元は確かな人だから。おかげさまでこうして働き出したっていうのに、私、ミスばっかり」
確かにこの四日間でリリーのやったことといえば、青あざを大量にこさえたことくらいだ。
それでもクレアはリリーを見放すことはできなかった。彼女は失敗が多いが、真面目に仕事をしている。決してふざけている訳では無い。
「まあ、これから頑張ればいいんじゃない?」
「そうね……頑張るわ」
そう、頑張ればいいのだ頑張れば。十失敗したならば、百成功するように努力すればいい。それは魔術の練習をする時にも言えることだ。
太ももにガーゼをあてがい包帯で巻き、よしとクレアは頷いた。
「これでおしまい。じゃ、寝室に行こうか」
「うん、いつもありがとう。クレアって優しいのね」
言って微笑むリリーを見てクレアもにこりと笑った。
「私のお師匠様もすごく優しい人なの」
「お師匠様?」
「あ、えーと。私の身元引き受け人のドットーレさん」
「それって魔術師の、ドットーレ・オズボーン侯爵様?」
「あ、うん。そう」
しまった。思わず「お師匠様」と口走ってしまったけど、伏せておかなければいけないんだった。リリーがキョトンとした表情で首を傾げている。
「お師匠様ってことは、クレアは魔術の勉強もしていたのかしら」
「あーちょっとだけね。そんなに才能ないんだあ。あ、これ内緒だからね?」
苦しい言い訳を重ねるクレアに、リリーは対していぶかしむ様子もなく「もちろんよ」と言う。
「背が高くて威圧感があるけど、優しい人なのね」
「そうそう、ああ見えて結構優しいんだ」
クレアが脳内に思い浮かべていた師匠はイシルビュートなのだが、そんなことを知らないリリーはドットーレの事を言ってくる。ドットーレも優しいので、まあ間違ってはいない。
リリーは感心した様子ではーっと息を吐いた。
「すごいわねえ、クレアって。あの高名な魔術師、ドットーレ・オズボーン様のお弟子さんだなんて。オズボーン侯爵家といえば、アシュロン様のベルモンゾ公爵家に負けずとも劣らない魔術師の名家よ」
「あはは、まあ、落ちこぼれだけどね」
「そんなことないわ。クレアって全然そつがないじゃない。言われた仕事はきちんとこなすし、私のミスのカバーまでしてくれるし……どうして魔術師の資格を取らないの?」
「う、うーん。本番に弱くて……資格試験になると実力を出せなくなっちゃうの」
背中に冷や汗をかきながらも嘘を重ねる。やばい。これ以上話しているとボロが出そうだった。大体魔術試験というのが何をするものなのかクレアは全く知らない。
話題を変えなくてはという一心で、クレアは巻き終わった包帯の残りをくるくると片付けて立ち上がった。
「さあ、手当てが終わったよ。明日も朝早いから、もう寝よっか」
「ええ、ありがとうクレア」
「お安い御用よ」
ずっと師匠と二人で暮らしていたため、クレアには同年代の友人がいない。ロレンヌの街に親しい人はいるけれど、こうして毎日気軽に話せる相手というのはなかなかに新鮮だった。
「明日も頑張ろうね」
「ええ、私、明日こそミスしないように頑張るわ」
そう言うリリーの眼差しは力強く、まだまだやる気にみなぎっているようだった。
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