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父と娘の会話

 翌日、謁見の間にて父であるイグニウス・ダグラス・テオドライドを待つ間、レイアは緊張して手にじっとりと汗をかいていた。

 父とこうして対面して話をするのは実に十二年ぶりだった。

 父はーーレイアのことを疎んじていた。

 レイアを見つめるその瞳にははっきりと憎しみが宿り、もう二度と顔を見せるなと言われたのが昨日のことのように思い出される。


 だがレイアはそれでも今日、父に会わなければならない。


「国王陛下の御成にございます」


 衛兵の号令とともに扉が開き、衣擦れの音がして父が入ってくる音がした。

 片膝をつきこうべを垂れて待つレイアはこの場では父と娘という立場ではなく、国王に仕える臣下という体だった。

 王女レイアは同時に近衛騎士団に在籍しており、普段は城の守り手として日々剣を振るっている。


「面をあげよ」


「はっ」


 父の顔は血色が悪く、頬がこけ、目は落ちくぼみ虚ろにレイアのことを見つめている  体調の悪さが窺える父はしかし、はっきりとした声でレイアに話しかける。


「何用だ」


「……実は国王であるイグニウス様に折り入ってのお願いがあり、参りました。私に今一度、聖女としての力が無いか試させていただけないでしょうか」


「聖女としての力を……?」


「はい。私が浄化の魔術陣に触れたのは三歳の時のたった一度だけ。今の私は上級魔術師としての資格を有し、剣技も近衛騎士団長に負けず劣らずの技術を取得しております」


「なれば、聖女の力が自分にあるかもしれないと?」


「はい」


「幼少時の聖女の儀は誤りであったかもしれないと?」


「私の中の眠れる聖女の力がまだ覚めてなかったのかもしれません」


「成る程」


 父は目を閉じ、玉座に深くもたれかかり目を閉じた。しわがれた指で金細工の施された

肘掛をトントンと叩く。側近を呼び寄せて耳打ちをするとそのまま再び目を閉じる。

 扉を出て行った側近はその後、一人の人物を伴い戻ってくる。


 白のローブを身にまとい、一級品の魔石がついた杖に魔術書を手にした金髪の男ーー

 アシュロン・ベルモンゾだ。

 悠々と歩いて謁見の間へとやってきたアシュロンはレイアの横を素通りし国王の前で一礼をすると真横へと控える。

 限られた人間しか立つことのできない、王からの絶大な信頼を得ている証拠である王の右横へと。


「……アシュロン。ここにいるレイアは、自身に聖女の力があるのではないかと訴えておる。今一度魔術陣を試したいと」


 これを聞いたアシュロンは国中の令嬢を虜にする美貌の顔にかすかに眉根を寄せた。

 絶対にレイアに有利になることは言わないだろう。歯噛みしながらも、止められるほどの力はレイアにはない。

 アシュロンはそのうっとりするような美声にて意見を述べる。声を張り上げている訳でもないのに、謁見の間中に響き渡った。


「恐れながら申し上げます。三歳の時、レイア殿下は国王殿下、妃殿下並びに魔術機関の総督、そして大教皇の御前にて王家伝来の癒しの魔術陣の発動を試み、そして失敗いたしました。それは覆し難い事実です。

 聖女の儀式は神聖で侵し難い儀式、二度目はあり得ません」


「だそうだ、レイア」


「恐れながら申し上げます!」


 話はこれで終わりだとばかりに玉座を立とうとする父をレイアは押しとどめる。


「あの時確かに私は魔術陣の発動に失敗いたしました。それは非常に簡単なーー怪我を負ったウサギの傷を癒すという魔術でした。

 しかし、私はあの魔術陣の意味を完全に理解していました。その上で申し上げますが、あの魔術陣は不完全でした」


「何?」


「私はあの日のことを今でもはっきりと覚えています。そして魔術をより深く理解した今ならば、わかります。あの陣には本来なら書かれているはずの言葉が足りていませんでした。おそらくあの魔術陣は偽物でーー」


「たわけが!」


 父が一喝し、レイアの発言を遮った。立ち上がり、手を拳にしわななかせ、唇を真っ青にしている。


「ではお前は、何者かがお前を陥れようとしてわざと偽の魔術陣を用意したと言うのか? 馬鹿馬鹿しい! そんな事をして何になると言うのだ!」


「それはおそらく、王家の聖女の力を危険視した輩による犯行かと」


「仮にそのような人間がいたとして、何故アンヌにはそうしなかったのだ」


 父の鋭い指摘にレイアは一瞬喉を詰まらせる。が、すぐに反論した。


「けれどもアンヌは、聖女に認定されたその二年後に死にました」


「そうとも。お前のせいでな!」


 今や父の顔は怒りで真っ白になり、目は血走っていた。


「全てはレイア、お前のせいなのだ。ハイリーンはお前を産んだ後に体調を崩していたにも関わらず、聖女を産まねばならないという義務感からアンヌを身ごもり、出産と同時に命を落とした。そして肝心のアンヌはーー死亡した。

 後に残ったのは何の役にも立たないお前だけだ!

 何故だ。何故お前だけが生き残り厚かましくもこうして余の目の前に現れる?」


「父上、私の命は国のために使う所存でーー」


「お前の命など虫けら以下の価値しかないわ! ーーうっ」


「陛下、そのように興奮してはお体に障ります」


 胸を押さえてうずくまり肩で荒く息をする王を素早くアシュロンが支え、玉座へと戻す。目を閉じて深く深呼吸を繰り返す父を気遣わしげに見た後にアシュロンはレイアに視線を寄越した。


「レイア様、ここのところの陛下の体調が思わしくないのはご存知でしょう。御心を乱すような発言は御控えくださいますよう」


「すまない……しかし事態は一刻を争う。沼地の瘴気が日に日に濃くなっているのはアシュロンも存じているだろう。もし私に聖女としての力があるのなら、瘴気を一掃できるんだ、試す価値はあると思う」


「貴女もわからない人ですね」


 おおよそ王女に対する口ぶりとは思えないその物言いにカチンとくるも、咎める者は誰もいない。この場において王族であるレイアより魔術機関の副官で父の補佐役であるアシュロンの方が格上なのは周知の事実だった。

 

「聖女の儀式で貴女は魔術陣を発動できなかった。それは歴史を見ても類を見ない事例で、貴女は完全に聖女失格です。言い訳の余地はない」


「わかっただろう。もう下がれ。余の前に二度とその顔を見せるな」


「しかし……父上、お聞きください! もう一度だけチャンスを!!」


「くどい。衛兵、つまみ出せ」


「はっ」


「父上、父上!」


 父の命令に従い二人の魔術師が動き出した。魔術書のページを開き杖をレイアへと向ける。陣が浮かび上がり、魔術が発動すると自然に手が後ろに拘束されてふわりと体が持ち上がった。


「陛下の命令故、拘束させていただきます」


「殿下、ここはお下がりくださいませ」


 持ち上がった体は方向を変えて勝手に扉の方へと向かっていった。なす術もなくそれでもレイアは首を後ろに向けて父に向かって訴えかける。


「父上は、騙されております! その者の言うことに耳を傾けないでください!!」


「レイア、お前の言葉よりもアシュロンの言葉の方がよほど聞くに値する。アシュロンが言うのだ。お前に聖女としての力は無い」


 文字通り謁見の間を放り出され、父の冷たい言葉とともに扉が閉じられる。

 床に膝をついたレイアはやるせなさでいっぱいだった。

 もはや父はアシュロンの傀儡で、実質的な権力はあの男が握っている。アシュロンが否といえば父も否と言い、アシュロンが是といえばそのようにする。


 癒しの魔術陣をもう一度この手で発動することを、一体何故そこまで拒否されなければならないのだろう?

 聖女の魔術書を持ち出し、ごく初歩的な魔術を発動するだけで大した手間はかからない。もしレイアが聖女であるならば国にとてつもなくメリットがある。

 沼地の瘴気を払い、怪我人や病人をポーション無しに治癒し、国にはびこる淀んだ空気を払拭する。

 その唯一無二の奇跡を体現できれば国内に山積している問題の大部分が解決するというのに。


(全てはあの男……アシュロンの仕業だ)


 アシュロンが父の側近になってからというもの、全ての歯車が狂い出した。

 母が伏せりがちになり、父の体調も思わしくなく、レイアには偽の魔術書が渡されて聖女認定を受けられず、妹は死に追いやられた。

 王家はーー危機に瀕している。


(なんとかしなければ。私が……それが王女としての責務だ)


 まだ間に合うはずだ。

 今や城の最深部にまで及んでいるアシュロンの目をかいくぐり、どうにか魔術書を手に入れなければならない。

 

 レイアの目はまだ死んでいなかった。希望を灯したその瞳で前を向き、立ち上がって歩き出す。


 その後ろ姿を当のアシュロンが見ていたことに、レイアは気がつかなった。



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