夜のお仕事
「クレア、ごめんなさい。結局私のせいであなたにまでとんだ迷惑をかけてしまって……」
「うん……私はいいんだけど、ほっぺた大丈夫?」
あれからリリーは行く先々でミスを繰り返し、今日一日だけで五回もビンタされていた。やっと仕事から解放された二人は入浴を終えてあてがわれた部屋へと行く途中だった。最初にマーサに宣言された通りに時刻はすでに深夜を回っている。
リリーが失敗ばかりするので余計に手間取ったというしょうもない理由もあった。
「えへへ、私、ぶたれ慣れてるからこのくらいなら平気、平気。今日は初日で緊張してたから酷かったけど、明日からはミスしないように気をつけるね。本当、足引張ちゃってごめんなさい」
「とにかく、明日も朝早いみたいだからさっさと寝ようか」
「そうねっ」
あれほど叱責を受けたというのに明るくそう言うリリーはむしろ感嘆に値するものがあった。もし仮にクレアが師匠にあそこまで怒られたとしたら……きっと凹むだろう。クレアの気分は海溝よりももっと深くに沈み、自分の存在意義を見失って立ち直れなくなるに違いない。最も師匠は怒った後に必ずフォローを入れてくれるし、そもそも絶対に体罰はしないけれど。
部屋の扉をそーっと開けて中へと入る。二段ベッドが三つ置かれた窮屈な部屋はすでに四つ埋まっておりカーテンが閉められている。
空いているのは上の段が一つと下の段が一つ。リリーのことなのでハシゴを登っている最中に蹴つまずいて転げ落ち、大きな音と大声で先輩方を叩き起こしてしまうのが目に見えていたのでクレアが上の段を使うことにする。
先に休んでいる人たちを起こさないようリリーにそーっと手を振るとクレアは上へと登って一息ついた。
さて、これで本日を終えるわけにはいかない。クレアは気づかれないように密かに持ってきていたはたきを取り出し、布団の中で魔術を発動する。
自分の気配を完全に消す魔術だ。これで城の中をうろついても気づかれない。何せこの魔術陣は「覚えておくと絶対に便利だから」と師匠が太鼓判を押す代物で、かなり複雑で取得するのに苦労はしたがその分実力は折り紙つきだった。
たとえクレアが堂々と城の中を闊歩して誰かとすれ違ったとしても、相手はクレアの存在に微塵も気づかないだろう。
(さて……ひとまずレイアさんのところへと行こうっと)
城の中は、広い。聖女の魔術書がありそうな場所をレイアとともに探す必要があった。
夜の城内はなかなかに不気味だ。最低限灯されている明かりを頼りに、あらかじめ教わっていたレイアの居室を目指す。
たまにすれ違う見回りの騎士や魔術師はクレアの存在に全く気がつくことなく、クレアは人とぶつからないようにだけ注意しながら廊下の端を歩いて進んだ。
クレアのような末端メイドがあてがわれている部屋からレイアが住まう居室まではものすごく距離があり、歩いて移動するには面倒だ。
(このままだと、行って帰ってくるだけで夜が明けちゃう)
キョロキョロと辺りを見回し、誰もいないのを確認してからはたきを一振り。青い光とともに飛行の魔術陣がはたきの先から浮かび上がり、クレアの身を一瞬光が包んだ。
トンッとつま先で軽く蹴るとクレアの体を宙を浮く。そのまま勢いをつけるとクレアは夜の城内の廊下を滑るように音もなく飛行した。
(うーん、快適快適。掃除も魔術でパパッと終わらせられれば楽なのに)
普段、クレアは家事労働の全般を魔術でまかなっているため体を動かして掃除するのは久しぶりだった。多分、十年ぶりくらいだ。
師匠の開発する掃除だったり洗濯だったりの魔術はかなり簡単な魔術陣で構成されている。使われている古代語は二、三個ほどで、魔術陣の陣自体もとても小さい。だから魔術を習いたてだったまだ七歳頃のクレアにも扱いやすく、しかも便利なために習得してからは毎日使っていた。
(魔術大国って言うくらいなんだから、こういう魔術を普及させればいいのに……あ、魔術を使うのには資格が必要なんだっけ。そしたらみんながちょっとした魔術を使うっていうのは難しいのかなぁ)
それにしても、魔術で掃除ができるならその方が断然楽だと思う。特にこんな巨大な城を、人力だけで清潔に保つのは難しいだろう。
窓からそっと外へ出て夜風に髪をはためかせながらクレアはレイアの部屋を探す。レイアの部屋は西にある尖塔の一番上の部屋だと聞いていた。
そこに向かう途中、当然だが夜中なのでどの部屋もカーテンが閉められているのだがーー天高くそびえる西の先頭の頂上にある指定された一部屋だけ、カーテンが閉まっていない部屋があった。覗いてみると、ベッドサイドに腰をかけて本を読むレイアの姿が。
コンコン、と窓をノックすると音に気がついたレイアが寄って来て窓をそっと開けてくれる。隙間から侵入するとふかふかの絨毯へと降り立ち、魔術を解いた。
「こんばんはレイアさん。遅くなってすみません」
「ご苦労様、こんな遅くになるとはな。仕事は大変か?」
夜着を纏ったレイアが労いの言葉をかけてくれる。出会った時は甲冑姿でその後の療養中はクレアの服を貸していたので、簡素ながらも袖も裾もたっぷりとしており金のゆるいベルトで腰を締めた夜着を着込んでいる姿は確かに王族然としていた。
「単純な掃除ばっかりなのでどうってことないです。それよりここ……大丈夫ですか? 御付きの人とか扉の外に護衛がいるんじゃあ」
「ああ、それは杞憂だよ。私は現在専属メイドを一人も抱えていないし護衛はついていない。完全に一人だ」
「いくら城の城壁いに見張りと結界が張られているからって、それも不用心な気がしますね」
「私だけだよ。第一王子妃のオリヴィアなど、専属侍女五十人に護衛を二十人も従えている」
「それはそれで、大げさですねぇ」
「まあ、オリヴィアは派手好きだから……権力を示したいのだろう。それよりも、これを見て欲しい」
レイアはテーブルの上に城内見取り図を広げた。今日一日うろついてみただけでもわかったが、こうして図面にしてみるとその巨大さがよく理解できる。周囲をぐるりと二重の城壁に囲まれ、十の尖塔を要し、建物内部は地上四階建ての地下二階建て。
この広大な城のどこに魔術書が隠されているのか、クレアには皆目見当もつかなかった。
その中の一部をレイアがぐるりと指で指し示す。
「私が怪しいと思っているのは、地下だ。地下には宝物庫があり、国宝がずらりと収められている。出入り口は一箇所で当然見張りに魔術師と騎士がついており、結界も強力なものが張られている。地下なので窓もなく、入るためには正面から行くしかない」
「なるほど。ここまで来た気配を消す魔術で気づかれないうちに見張りを倒して、結界の魔術を打ち破るのはまあ可能かと思います」
「あとはこの見取り図には載っていない隠し部屋なんかの可能性もあるし、もしかしたら魔術機関の禁書庫や教会の聖宝庫にしまわれている可能性もある」
「ふむう」
クレアは腕を組み、唸る。
一筋縄ではいかなさそうだ。力技でいいならば魔術書がありそうなところに片っ端から侵入し、探せばいいのだけども……それでどこにもなかったら目も当てられない。仮にレイアが言うように隠し部屋なんかにあったとしたらどうしようもないし。
「……隠し部屋にあるとしても、きっと結界は張られているだろうし……魔術の気配を探れば多分、見つけられると思います。メイドとしての仕事をこなしつつ、それとなく探ってみますね」
「私も明日、父上に謁見を申し込んでいる。今一度私に聖女としての力が本当に無いのか尋ねてみる予定だ。私が魔術書を手に入れることができれば、それが一番穏便に済むからな」
「よろしくお願いします」
「あとはなるべく早く、クレアが私付きのメイドになれるといいんだが」
「はい、頑張ります。明日からドジを踏みまくります!」
「なんだか変な意気込みだな。けど、よろしく頼むよ」
クレアは明日からの日々に再び気合を入れる。
リリーに負けないよう、クレアも明日から頑張らねば。




