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ドジっ子メイド

「あわわっ、わあ!!」


 バランスを取ろうとしたリリーは壁にかけてある他のモップに捕まるが、立てかけてあるだけなのでリリーの体重を支えられるわけもない。結局他のモップ十数本も巻き込んでドミノ倒しのように倒れていき、狭い掃除用具入れの中はモップが倒れるけたたましい音でいっぱいになった。


「……っ」


 すごい音だった。

 石造りの部屋で音は何十倍にも反響し、鼓膜に響く。三人は目を瞑って耳を塞ぎ、大惨事をやり過ごす。


「す……すみませんっ!」


「お前、言われたそばから何をしているのかえ!」


 マーサの怒声とともにパーンッと乾いた音が鳴り響く。横っ面を思いっきり張られたリリーは勢いのまま左に吹っ飛んだ。マーサは老体にもかかわらず結構な力があるようで、リリーの頬にくっきりと手形が残っている。


「すみません……すみません」


「ミス一つにつき平手打ち一回、覚悟しておきな。ここを片付けて、掃除道具を持ってから廊下をでて右に進み突き当たりを左に直進、三番目の扉を開けて中の部屋の掃除をしな。じゃ、私はもう行くからね。後のことは先に掃除をしているメイドのルナに聞くんだよ」


 怒り心頭のマーサは早口にそう言うと、クレアとリリーを残して部屋を出て行ってしまった。扉が閉まると薄暗い部屋の中、取り残されたクレアは同期のメイドを恐る恐る見つめる。見られたリリーは暗がりの中でもわかるほどに申し訳なさそうにしょぼくれていた。


「ごめんなさい、私のせいであなたにまで余計な仕事を……それに、さっき言われたこと覚えている? 私、右に進むところまでしか聞き取れなかったわ」


 リリーは震える足で立ち上がると涙目になってクレアにそう尋ねてきた。クレアは頬をぽりぽりと掻きつつ、呟いた。


「……廊下をでて右に進み突き当たりを左に直進、三番目の扉を開けて中の部屋の掃除をする。仕事のことは先輩メイドのルナさんにきく、でしょ?」


「すごい、あなたすごいのね!」


「まあ、それほどでも……ひとまず部屋を片付けましょうか」


「そうね、本当にごめんなさい」


 クレアは魔術師として日々古代語で書かれた複雑怪奇な魔術陣を暗記し続けている。あれしきの口頭説明ならば覚えるのは容易かった。リリーは何度も謝りながらクレアとともに散らばった掃除道具を元に戻す。

 

「それにしても、私の他に新人のメイドがいて心強いわ。クレアって呼んでもいいかしら? 歳はいくつ?」


「呼び捨てで構わないよ、歳は、十七歳」


 クレアはキャラ設定に即してなるべく余計なことを喋らないようにしながら淡々と答える。掃除道具を素早く戻し、バケツに雑巾を突っ込みモップを手に持った。はたきはバケツに入れようかと思ったが、ふと思いつきエプロンの後ろの結び目にねじ込む。長さが魔術を行使する時にちょうどいいのでこのまま借りる事にしよう。掃除担当のメイドがはたきを持ち歩いたとて見咎められることはないし、ごくごく自然だ。


 クレアとリリーは小部屋をでて廊下を歩く。言われた通りに道を進み、部屋の扉を開いた。


「すみません。今日から働く事になった新人のクレアとリリーです」


「遅いっ!」


 名乗るなり鋭い声とともに雑巾が飛んでくる。クレアはそれを反射的に避け、雑巾は見事にリリーの顔面にぶち当たった。


「ぶっ」


 べちゃっと嫌な音がして、したたか濡れた雑巾がリリーの顔に貼りついた。


(しまった!)


 ドジっ子を装うならば、ここは顔面で雑巾を受けておくべきだった。ついつい避けてしまったが、これではいけない。次に雑巾が飛んできたら直立不動で受け入れよう。

 クレアがそんな反省をしているとはつゆ知らず、今しがた雑巾を豪速球で投げてきた先輩メイドが脚立を降りて腕を腰に当て、苛立った様子でこちらへと向かってくる。


「お前たち、一体どこで油をうっていたの? 待ちくたびれたわよ、もう!」


「すみません。ルナさんでしょうか」


「そうよ」


 ルナは茶髪をすっきりシニョンにまとめた、つり上がった目が印象的な二十代半ばと思しきメイドだった。


「この広間の掃除をあと一時間以内で終わらせないといけないんだから、さっさと手伝いなさい!」


「はい!」


「は、はい!」


「お前は窓、お前は床よ」


 ルナはクレアを指差して窓拭きを、リリーを指差して床のモップがけを命じる。二人は指示通りの場所へと移動すると早速掃除を始めた。

 ルナははたきを持って調度品のところへと歩いていき慎重に埃を払い始めた。

 ところでこの部屋、一体何のために利用する場所なのかクレアには全く想像がつかなかったがやたらに広い。天井は普通の部屋の五倍くらいは高いし、そこからシャンデリアが吊り下がりキラキラとした明かりを投げかけている。壁にかかった絵画は額縁からして高級そうだし、今ルナが埃を払っているクレア一人が余裕で入れそうな大きさの壺も、上品な色合いで精緻な模様が施されている。

 そしてクレアが拭くように命じられた窓も大きく、アーチ型の両開きの取っ手は金細工が装飾されていた。


(うーん、お城って豪華)


 ドットーレの屋敷も大概だったが、ここはそれに輪をかけて豪華だ。

 脚立によじ登って窓を拭きながら感心するクレアだったが、自分が今ここに何しにきたのかを思い出しハッとする。

 いけないいけない、クレアは一刻も早く役立たずのレッテルを貼られてレイア専任のメイドにならないといけないのだった。雑巾を握りしめ、脚立を見つめる。


(よし、窓拭き中にバランスを崩して脚立から落ちよう)


 幸い脚立の高さはそこまでないから、落ちたところでせいぜい擦り傷か打撲くらいで済む。気合十分にクレアが脚立から落ちようとしたその時だった。


「きゃあああ!!」


 バッシャーン!! と派手な水音がしたので振り返ってみれば、水入りのバケツに思いっきり蹴躓いて転んだリリーの姿が目に入った。


「何やってるのよ!」


「す、すみません!」


 パァンと乾いた音がしてマーサに引っ叩かれたのとは逆の頬をビンタされている。


「時間がないって言ってるのに、どうして仕事を増やすような真似をするの!? さっさと片付けて掃除をおし!」


「はいぃ!」


「言われたそばから何やってるのよ!」


 言いながらリリーはぐっしょり濡れたエプロンの裾を絞って再び床を水浸しにし、再び叱責されていた。


 クレアはそれをーー唖然と見つめる。きっとこちらに目を向けたルナが苛立ちもあらわに怒鳴りつけてきた。


「何をぼーっと見ているの、あなたはあなたで手を動かしなさい!」


「はっ、はい」


 窓に向き直り、一心不乱に汚れをこする。

 今ここでクレアが脚立から落ちようものならルナは怒髪天をつくだろう。さすがにそれは避けたい。そもそも時間もないらしいし……。

 結局、クレアは猛然と窓拭きを終わらせて、泣きべそをかいているリリーと怒りの冷めやらぬルナと一緒になって超特急で床拭きを済ませることとなった。


しばらく更新を三日に一度ほどにしますm(_ _)m

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