師匠の昔話を聞いてみたい
ガタゴトと馬車が舗装された走る。
クレアは現在、打ち合わせ通りにドットーレとともにテオドライト王国に潜り込み、馬車にてドットーレの屋敷を目指していた。
旅立つ直前、イシルビュートはクレアのことを非常に心配しており、ドットーレに「変な気起こしたらただじゃおかねえぞ」と散々脅しをかけていた。
「大丈夫ですお師匠様、自分の身は自分で守れます」と力強く請け負ったら「それでこそ俺の弟子だ」と満足気に言われ、ドットーレは微妙な顔をしていた。ハイドラは見送りに出てくることもなく、二階で寝ていた。
潜入するにあたっての諸々の事務的な手続きは、驚くほどあっさりと終わった。
ドットーレが自身にあるカネとコネと権力を余すことなく使った結果だ。
クレアはテオドライト王国に一切法的存在がない。そんな人間をいきなり弟子にし、王城で働くよう仕向けるのは土台不可能だ。
ドットーレは設定通りにクレアのことを孤児として手続きし、王都への滞在を認めさせた。
この国に孤児はありふれている。むやみやたらに王都に入れてしまうと都は浮浪者で溢れてしまうので、城壁門にて厳しいチェックがされていた。
クレアの場合はドットーレという侯爵という身分、しかも国で有数の魔術師である人間の後ろ盾を得ているので簡単に入ることができた。
王都は高い城壁に阻まれており、東西南北に一つずつある門からしか出入りすることができない。東の門は貴族専用らしくクレアとドットーレを乗せた馬車はその門から王都の中へと吸い込まれていった。
窓からそっと顔を覗かせると、立派な屋敷が並び立つ貴族街の先にいくつもの尖塔を持った白亜の立派な城が見える。クレアがポツリと感想を漏らした。
「すごいお城ですね」
「我が国が誇る歴史ある王宮だ。そんで隣にあるのが俺と、かつてはイシルも在籍していた魔術師の最高峰機関テオドライト王立魔術機構」
「へぇ……」
ドットーレの指の先を追ってその建物を見つめる。
城が白亜の大理石で造られているのに対し、魔術機構は紺碧の屋根を持つ煉瓦色の建物だった。巨大な時計塔を一つ有しており、建物の反対側には四角い塔のような建物が存在している。
「あの塔には特級魔術師の執務室と総督の部屋、それから大会議室がある。通称『選ばれし者の塔』だ。そんじょそこらの奴は入ることもできない」
「お師匠様もそこに部屋を?」
「ああ、持っていた」
「お師匠様、どんな人だったんですか?」
俄然興味を持ったクレアは向かいに座ったドットーレに聞いてみた。師匠は魔術のことになるとよく話すけれど、昔話をほとんどしてくれない。クレアがそれとなく聞いてみてもすぐにはぐらかすのだ。
ドットーレはうーんと唸りながら顎髭をなでる。ちなみにこの馬車、通常のものより天井が高くゆったりした作りになっている。馬車を引く馬も三頭おり完全にドットーレ仕様だ。
クレアたちが住む家も無駄に天井が高いのだが、ひょっとしたらドットーレが来た時のためにわざと高く作ってあるのでは……と最近思うようになった。
クレアがそんなことを考えているとドットーレはテオドライト時代のイシルビュートについて語り出す。
「そうだなぁ……あいつは、なんか無茶苦茶な奴だった」
「無茶苦茶ですか?」
「そうだ」
ドットーレは大きく頷く。
「この国の魔術師はほとんど貴族だから、魔術の腕前とは別に家柄が重要視されるんだ。学校でも魔術機構でもどの派閥に所属するか皆が真剣に思い悩む。保身派の貴族か革新派の貴族か。保身派の中でも種類はいくつもある。自分の家がどの家と懇意にしてるか、どの家と仲良くすれば有利になるのか、そうしたことを考える必要になる」
「面倒そうですね」
「そうだな。だがイシルは平民出身だろ? そういう作法というか暗黙の了解みたいなことを何も知らなくてな。だがあいつは才能がずば抜けている。同級生の陰湿なイジメとか、教師の露骨な貴族贔屓とか、あとは魔術機関の同期の嫌がらせとかそういうモンを全部魔術の腕前だけで黙らせて特級魔術師まで成り上がったんだ」
「へえ」
想像するとちょっとワクワクした。やっぱりお師匠様は、強い。
「今でも覚えているのは、英雄魔術師ビュートが残した解読不能な魔術陣をたった一度読んだだけで発動させた事だな。あれには皆が度肝を抜かした。しかしあいつが言ったのはたった一言、『前にも見たことがあるから、発動は簡単だった』だ。どうかしてるだろ、一体どこで見たっていうんだか。
他にもあるぞ。
まだ卒業したてで見習い魔術師だったイシルに『フェンネルの森に出没した狂気人面樹を倒してこい』って指令が下ってな。それ、伏せられていたんだが人面樹は一体じゃなくて群れで二十体はいたんだとよ。それを粗末な装備のあいつが一人で送り込まれてさ。皆、無事に帰ってくるなんて思っちゃいなかったんだが、イシルは全部討伐して帰って来た。あとで調査に行った魔術師は、森への被害は必要最低限で討伐してあったその腕前に唸りを上げたそうだ」
「ああ、私も行ったことがあります。人面樹の討伐」
あれは十二歳くらいの時だったか。師匠に連れられてロレンヌの森の深くに潜り人面樹を倒した。いきなり樹が動き出し、しかも攻撃してくるものだからびっくりして腰を抜かした記憶がある。とっさに放った炎の魔法が大きすぎて森に燃え移り、師匠が鎮火してくれなければ大惨事になっていただろう。
「ずっとそんな感じで、どんな課題を与えても絶対にクリアするから周りもあいつの実力を認めざるを得なかったんだ」
昔のことを思い出して苦笑するドットーレの顔は楽しそうで、二人の仲の良さを感じられる。
「ドットーレさんはお師匠様といつから仲がいいんですか?」
「あいつが学校に入学してきて、一悶着やりあってからだな。最初は俺も、平民上がりのいけ好かない奴が来たっていうんでお灸を据えてやろうと殴り込みに行ったんだ。だが、二学年上の、しかも大貴族の俺に対しイシルはへりくだるどころか対抗して来やがった。
俺はイシルに世の中の序列ってモンをわからせてやろうと対決を申し出たんだが、結果としては俺は惨敗だった」
「腹が立ちませんでした?」
「いいや。そんな気も起こらないほどの完敗だったよ。俺はあの時思ったんだ、こいつは格が違いすぎるってな。それから俺はイシルを認めたが、表立って一緒にいることはほとんどなかった。俺の家も古い貴族で、イシルと一緒にいると何かと面倒ごとが奴の身にも起こるから。結果として俺は追放を免れまだこうしてこの国の中枢で画策できている」
ドットーレの顔が不意に曇る。
「イシルを見て俺は思ったんだ。貴族だとか平民だとか、そんな身分関係なしに魔術を平等に学べる世界にできたらいいってよ。そのためには平和が必要で、ロレンヌと争っている場合じゃない。だから俺はイシルの味方で、今も仲間を増やすために水面下で動いている」
「……どうして戦争しようとするんでしょうね」
「それで利益を得る連中がいるからだろうな。国の中心にいると、離れた場所の人間の気持ちがわからなくなる。いくらイシルに魔術師としての実力があっても、権力を持った大勢の人間には敵わない。やり方を変える方法があったんだ。俺はずっとそう言っていた。けどあいつは聞く耳を持たなかった。
結果、まんまと陰謀にはめられて魔術機関での冤罪による糾弾からの追放だ」
「今はロレンヌ側とうまくやっているように見えましたけど」
クレアはハイドラ討伐時に連れて来ていたヘンリーのことを思い浮かべる。その後に問い詰めたところ、クレアを残して留守にしている時はほぼロレンヌの城に招かれていたらしい。別に歓待でへべれけになっていたわけではなく、呼ばれる時はヘンリーの兄と国王、宰相などを交えて夜遅くまで会議詰めになることが常だから帰ることができないんだそうだ。
余計な勘繰りをした自分を恥じ、「黙っててごめんな、余計なトラブルに巻き込みたくなかった」という師匠は非常に申し訳なさそうな顔をしていた。
一度追放されているからこそ、国は違えど王宮という権謀術数渦巻く同じ場所に連れて行きたくなかったんだろう。そんなことが師匠の顔からは伺い知れた。
「反省したんだろう、あいつも。身の振り方を覚えたんだろうが、まあ、ヘンリー王子の前では素が出ていたな。もう三十二だっつーのにその辺がまだまだ甘い。もう性格の問題だろうから、これ以上はどうにもできんな」
がたり、と音がして馬車が停車した。続いて御者が扉を開く。
「着きました」
「じゃ、行こうか、俺の屋敷へ」
「はい」
ドットーレのエスコートで馬車を降りたクレアはドットーレの屋敷を見上げた。
そこは先ほどの王宮ほどではないにしろ、クレアが見たこともないほどの巨大な屋敷だった。




