潜入するにあたっての基礎知識
「よし、じゃあクレアの設定は、戦争で両親を失い天涯孤独な身の上のところをドットーレに拾われ、城の下働きに出された。ということにするけど大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。任せてくださいお師匠様」
「しかしイシルビュート殿、設定がかなりガバガバだけど大丈夫なのか?」
「まあこれ以上の案も出なかったことだし、これでいくしかないだろう」
「なるべく喋らないようにします」
「口下手という性格設定も追加しようか」
「そうだな、戦争のトラウマで口下手になったということにしよう」
クレアはあんまり嘘が得意ではないから口数も極力減らさなければならない。レイアはこの設定に一抹の不満を抱いているようだったが、話を次に進める。
「魔術書のありかを探す上で、できればクレアには私の専任メイドになって欲しいところだ」
「新人がいきなり王女様付きのメイドになれるものなんですか?」
「普通は無理だ。だが私の場合、多分大丈夫だろう。おいおい説明するよ」
「さて、設定は決まった。次にするべきなのは、テオドライト王国に関する基本的な知識を身につけておくことだな。これは俺とレイア姫から説明をしよう」
ドットーレは咳払いをすると、語り出す。
「いいか、クレアちゃん。君がテオドライトの王城に潜入するにあたり、知っておかなければならないことがある」
「はい」
「まずテオドライトは魔術大国と呼ばれていて、魔術師の権力がとてつもなく強い国だ。魔術機関には総督一人をはじめとして副官が五人、特級魔術師が十五人、上級魔術師が三百人に中級魔術師が五百人、下級魔術師が千人に見習いが五千人。
で、この副官に厄介な人間が一人いる。名前をアシュロン・ベルモンゾ。
国王の懐刀として重用されていて、今や軍部の実権を握っている影の支配者だ。イシルビュートを追放したのもこいつの仕業だった」
「なるほど、つまり敵ですね」
「そういうことだ。アシュロンは国内でも有数の大貴族、ベルモンゾ公爵家の嫡男だから古参の貴族の支持も厚く、見てくれの良さと魔術師としての確かな実力、そしてそのよく回る頭と舌で民衆からの人気もあるという厄介さを持っている。
ちなみに見た目はさらりと流れる金髪に翠の目、優男の風貌。結界魔術陣が何層も編み込まれた白いローブを着込み、左手には分厚い本、右手には純度と大きさが最高峰の魔石の嵌った杖を持っている」
言われてクレアはその姿を思い浮かべようとした。
ゴテゴテしたローブを着て無駄に大きな装備品を身につけている、優男……。
それから、隣に座るイシルビュートを見つめる。
藍色の瞳に髪の毛。性格は優しいが見た目はどちらかといえばクール系だ。いつでも軽装、ローブを羽織っているところなんてほとんど見たことがない。武器といえば木の枝一本。
「つまりそのアシュロンって人はお師匠様と正反対のタイプですね」
「そういうことだ。最近じゃ魔術機関よりも城に滞在している時間の方が長い。もし出くわしたら目をつけられる前に逃げろ」
「わかりました!」
クレアは大きく首を縦に振る。目をつけられるような真似はしないよう、くれぐれも気をつけよう。
レイアが説明を引き継ぎ、口を開く。
「それから……アシュロンの後ろ盾となっている城の要注意人物がもう三人。私の父であり国王のイグニウス、兄の第一王子ライオット、それから第一王子妃のオリヴィア。特に気をつけて欲しいのがオリヴィアだ。母である皇后亡き後、姫を生む可能性が最も高い彼女は今や城内で一番権力のある女性となっている。先に話したアシュロンの実の妹でもある。何かと私に突っかかってくるから、クレアが私の専任メイドになったら一番接触する可能性が高いだろう。気をつけてくれ」
「わかりました、気をつけます。ところで、お城の中で魔術を使って魔術探知されませんか?」
魔術陣を発動する時には魔力を使用するので、それを探知されれば誰がどこで魔術を使ったのかがバレてしまう。これにはドットーレが答えてくれた。
「それなら問題ない。城内には多くの魔術師がいて常にそこかしこで魔術陣が使われている。大規模な魔術陣が使われれば当然に探知されるが、小さいものならいちいち引っかからないさ。発動する瞬間を見られなければ大丈夫だ」
クレアはコクリと頷いた。魔術陣はーー発動する時に陣が浮かび上がる。目撃されれば一発で魔術を行使したことがバレてしまう。くれぐれも気をつけよう。
クレアは両手に拳を握り、気合いっぱいにイシルビュートを見つめた。
「お師匠様、私、絶対に魔術書の在り処を突き止めて盗んできます」
「頑張ってこい。ドットーレと王女様との情報共有を怠らず、どんな些細なことでも知らせろよ」
「はい」
「じゃあ、次に私付きのメイドとなる方法を教えよう」
「はい。それが一番難しかったりしますよね」
「いやぁ、そうでもないさ」
レイアは綺麗な顔に、皮肉げな表情を浮かべる。
「案外それが一番、簡単だったりする」




