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クレアとレイア

「お師匠様、ただいま戻りましたっ」


「おう、買い出しご苦労様」


 日もとっぷりと暮れた頃、クレアはようやく買い出しから戻り家の扉をくぐった。

 ハイドラはイシルビュートの部屋に、レイアはクレアの部屋へと寝台ごと移動させたのでリビングにはクレアの帰りを待ってくれていたイシルビュートしかいない。


「急に悪かったな」


「いえ、元はといえば私が毒竜を討伐しかけたのが原因ですし……」


 モゴモゴと口を動かし、大量の買い物品が詰まった紙袋をテーブルにどさりと置く。包帯やガーゼなどの傷の処置品と、食料。

 それらを片付けながら、師匠はまだ怒っているだろうかとクレアはちらりとイシルビュートを盗み見る。


「どうした?」


「いえ、今日は本当にスミマセンデシタ……」


 やらかしてしまったバツの悪さに三度目の謝罪をすると、イシルビュートは眉尻を下げてクレアの頭にポンと手を置きそのまま撫でてくれる。


「もう怒ってないからそうしょげるな」


「え、でも私のせいで大ごとに」


「きちんと話しておかなかった俺も悪かった。事情を伝えていればクレアはハイドラを排除するんじゃなくて、守ってくれただろう? 俺の過失だ、さっきは怒鳴ってすまん」


「いえ、決してお師匠様のせいではないです。言いつけを破った私が悪いんです」


「じゃあおあいこだ」


 頭をナデナデとされながらそう言われれば、クレアにはもう黙って頷くことしかできない。師匠は一方的に怒るだけではなくきちんとフォローもいれてくれる大変にデキる師匠であった。だから師匠のことがクレアは大好きだ。


「それに遅かれ早かれ今の状態は破られていた。王女様も言ってただろ、テオドライトはロレンヌに戦争を仕掛けるつもりだと。そうすりゃここでのんびりもしていられない」


「戦争……」


 その言葉を聞くとクレアの胸はひどく締め付けられる。

 クレアの記憶の最初にあるのは、いつだって死体の山と血の匂い、そして漂う毒の気配。師匠の優しさによって上書きされていなければあの体験で自分が壊れていたっておかしくなかった。

 また、あんなことが起こるならば。

 止めなければいけない。

 ーー誰かが悲しむ前に。


「だから、クレアの仕事は責任重大だ。出来るか?」


 顔を上げてクレアはしっかりと頷いた。


「はい。任せてください、絶対に聖女の魔術書を持って帰ってきます」


「ん、その意気だ。じゃあ今日は色々あったし風呂入ってから部屋で寝ろ」


「はーい、おやすみなさい」


 気がかりがなくなり肩の荷が下りたクレアは足取り軽く浴室へと向かって入浴をすませる。それから二階に上がって自室の扉をそっと開いた。


 そこにはいつもとは違い、もう一人の人物が。

 レイア・トレビュース・テオドライト。テオドライト王国の第一王女で、毒竜討伐の発端となった人物だ。

 寝ているかと思っていたが、上体を起こして窓の外を見つめている。


「寝ていなくて大丈夫ですか?」


「ああ、もらったポーションが随分と効いているようで体は楽なんだ」


 扉を後ろ手で閉めてから尋ねると、身をよじったレイアがそんな返事を返してきた。


「窓の外を見ていた」


「この場所からだと、月も見えませんよ」


「そのようだな」


 見えるのは、昼も夜も暗褐色の瘴気だけ。見慣れているとはいえ、この光景に見慣れちゃってるのもどうなんだろう……と思わなくもない。しかし先ほどの話を聞き、なぜ師匠が頑なにこの場所から動かないのかがわかった。

 ハイドラを、見守っていたのだ。

 聡いクレアは気がついている。人型のハイドラの右腕にはクレアがつけているのと同じブレスレットが嵌っていた。ハイドラに危険があれば察知してすぐに駆けつけられるようになっていたのだ。

 あの竜はそれほどに重要な存在だった。それをクレアは早とちりであんなに深手を負わせてしまった。


「すまなかった」


 クレアの心中を察したかのようにレイアが頭を下げてくる。綺麗な金髪がさらりと重力のままに流れた。


「私が来なければ、こんな事態にはならなかったんだ……クレア殿には随分迷惑をかけてしまった」


 布団をギュッと握り、わなわなと拳を震わせながら言葉を絞り出す。クレアは努めて明るい声を出し、フォローを入れた。


「気にしないでください。お師匠様も許してくれましたし、まさかあんな邪悪な見た目をした竜が実は沼地の守り手だったなんて想像するのは難しいことですし」


「ありがとう。今後私ができることはなんでも協力すると約束する」


 布団をギュッと握りしめ、燃えるように力強い瞳でそう言うレイア。クレアは向かいにある自分のベッドに腰掛け、頬杖をつきながら疑問を口にする。


「ところでレイアさん、お城に戻らなくていいんですか? 王女様ってそうそう何日も城を空けてていいものなんでしょうか」


「問題ないさ。先ほども言ったように私はあまり城での地位は高くない。共もつけずに武装した状態で一人城を抜け出しても、誰も咎めない程度には自由を許されている存在だ」


「ふーん……」


 それが一国の姫の行動として有りえないという常識をクレアは知らない。そういうものなんだなぁと受け入れるだけだ。

 レイアはクレアの様子を見つめてフッと笑うと胸元にさげたネックレスを握りしめる。


「城に潜入するのだろう? ならば作戦がかたまるまではここに居させてもらいたい。沼地を浄化して戦争を回避するまで私は止まれないんだ。……死んだ妹に、約束した」


「そのネックレスは……」


「妹の形見だ」


「どんな妹さんだったんですか?」


 興味がそそられたクレアはレイアに問いかけてみる。ネックレスはクレアの手にとてもよく馴染み、魔術陣の発動が非常にスムーズに出来た。魔石だけではなく棒状のネックレス部分も高価な素材を使っているに違いない。これをレイアに渡したという妹さんのことを、知りたい。


「綺麗な金髪を持っている、明るくて優しい子だった。いつも……私の後ろをくっついて私の心配をしてくれていた。聖女にふさわしい子だったんだ」


 レイアは妹のことを思い出したのか、端正な顔をいびつに歪める。その苦しそうな顔つきにどれほどレイアが妹のことを大切に思っているのかが伺えた。


「約束したんだ、妹アンヌと……この国を本当の平和に導くと。だから私は、止まってなどいられない」


 ネックレスを握り、黄褐色の瞳に力強い意思を宿して宣言する。クレアはゆっくりと頷いた。


「私もお手伝いします。一緒に頑張りましょう」


「ありがとう、助かるよ……クレア殿」


「クレアでいいです。レイアさん私よりずいぶん年上でしょう」


「今年で二十七歳になるな」


「私は十七歳なので、十も年上ですね」


 するとレイアは驚いたように目を見開き、それから柔らかな笑みを浮かべた。


「十七歳か、生きていればアンヌも同じ年になる」


「すごい偶然ですね」


「偶然か、それとも運命なのかもしれないな」


 運命、そう言われるとしっくりくる。

 クレアとレイアが出会ったのはなんだか必然のように感じられた。


「聖女の魔術書、絶対見つけ出して発動させましょう」


「ああ」


 二人で向かい合い頷いた。

 これからきっと忙しくなる。師匠の庇護下、荒野での暮らしは終わるのだろう。

 それでもやらなければならないことがあるのだ。

 今こそ、鍛えに鍛えられたクレアの魔術師としての腕前を見せる時がーー来た。


これにて毒竜討伐編はおしまい、次話からは王宮潜入編となります。

王宮潜入編なので、王宮っぽいことが色々と出てきます。

これからもお付き合いの程よろしくお願いします!

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