毒竜ハイドラは俺が連れてきた
「「「逆…‥?」」」
「そう、逆だ」
クレア、レイア、ヘンリーの三人の見事にハモった問いかけにイシルビュートは頷く。
「順を追って説明する。
まず、そもそもの発端の瘴気だけどな、これはテオドライトが戦争時に放った大規模な殲滅魔術が原因だ」
「大規模な、殲滅魔術ですか?」
「そう。テオドライトの上級魔術師以上が使える魔術陣の中には危険なものがゴロゴロしている。その中の一つに広範囲に毒を撒き散らす類のものがあるんだ。
戦争時に火力の高い魔術で味方の雑兵もろとも攻撃して動けなくしたところに毒を撒いたんだろう。これは人間だけじゃなくて鳥や魚、虫、草木にまで影響を及ぼし、死の大地に変えるような魔術陣だ」
「…‥初耳だ、国の魔術師はそんな話をしたことがない」
「テオドライトは瘴気の原因をロレンヌのせいにしたがっている。一部の人間しか知らないだろうな」
信じ難いという表情を浮かべるレイアにイシルビュートは頷く。
「で、この瘴気は放っておけばどんどんと濃くなり魔物を呼び寄せる。瘴気を体内に取り込んだ魔物は通常の個体よりも強くなり、討伐が厄介になる。
そこで俺は考えた。瘴気が酷くなり強力な魔物がうようよ湧いてくる前に、もっと強い魔物を住まわせてこの土地の統率させてしまおうと」
「まさか、それが……」
「そう」
クレアの問いかけにイシルビュートは頷き、寝込んでいる毒竜を見つめる。
「適任として俺が選んで連れてきたのが、今ここでこうして瀕死の重傷を負っているハイドラだ」
「なっ!?」
「えっ、そうなんですか」
「そうだ」
クレアがそーっと視線をハイドラへと移すと、ハイドラは鷹揚に頷いた。
「もしかして私、とんでも無いことしちゃいました?」
「その通りだ」
「ご、ごめんなさい」
本日二度目の謝罪。冷や汗をかき、髪が床につかん勢いで頭をさげる。
「し、しかし、にわかには信じられない。毒竜といえば人類の敵とまで呼ばれる存在だぞ。どうやって説き伏せた」
クレアが謝罪をする傍らでレイアがイシルビュートに食ってかかる。確かにそう言われてみればそうだ。
「簡単な話、力で脅して連れてきた。そもそもコイツは昔の魔術師が封印していたから力の源となる<竜核>を抜かれているんだ。だから弱体化しているし、首の再生にも時間がかかる」
「あぁ…‥なるほど。道理で手応えがなさすぎると思ったんですよ。おどろおどろしい二つ名がいっぱいついてる割にはすっごい弱いなぁって」
「貴様、力を取り戻したら覚えていろよ!? 真っ先に殺してやる!……ゴフッ! カハッ!」
「やめろクレア、煽るな。弱体化してると言ってもそう簡単にやられるような竜じゃないはずなんだ」
「え? そうなんですか?」
その割にはあっさり倒せそうだったけれど、とクレアは人差し指を顎にあてて首をかしげる。するとハイドラはその血濡れたように真っ赤な双眸でギロリとクレアを睨んだ。
「大体…‥普通は後方に控えている高火力な魔術師が機動性まで兼ね備えたら卑怯だというものだろう! 魔術陣の発動までの時間も恐ろしく短いし、おまけに魔力増幅の魔石まで持っていてはこの状態の余にはキツすぎる!」
「ハイドラは黙って寝てろ」
「そもそも貴様のせいだろうが、師が師なら弟子も弟子だ!」
「そう褒めるな」
「褒めとらんわぁ!」
ハイドラは結構ノリのいい性格らしい。
寝たきりだというのにその作り物のように美しい顔を歪め、口から血を吐きながらも律儀にツッコミをいれている。こうやってみるとあの禍々しい凶悪な竜の巨体が嘘のようである。見開いた瞳は竜形態と同じく呪われたように真っ赤であるが、弱っているせいなのか微塵も恐ろしさも感じなかった。
ダレてしまった空気を引き締めるようにイシルビュートは口調を改める。
「ともかく、俺はハイドラを沼地に連れてきた。ハイドラは大量の瘴気をその身に取り込むから瘴気が濃くなるのを防げるし、取り込んだ力は封印されてる竜核の方に流れ込むからハイドラ自身が強くなりすぎることもない。
他の魔物はハイドラを恐れて集まりすぎることもなくなる。いいことずくめだ。
あとはテオドライトの聖女が魔術で瘴気を何とかしてくれるのを待つだけ。そう思っていた。
ーーだが、肝心のテオドライト王家が何とかする様子が全く見られない。そうこうしているうちにどこぞの先走った王女様とうちの馬鹿弟子がハイドラに瀕死の重傷を負わせた。
聞けば、テオドライト王家に現在聖女はおらず瘴気を何とかする手立ては無い、と言うじゃないか。
根本的な解決法は使えず、一時的なストッパー役だったハイドラはご覧の有様だ。
これがどういう状況か…‥わかるか?」
どんどんと声音が低くなるイシルビュートの鋭い視線に射すくめられ、クレアは思わず姿勢を正した。
レイアも何か思い至ったらしく、息をハッと飲む。ヘンリーは後ろで首を傾げながら「魔術師殿の話は小難しくてよくわからない…‥」と言っている。一国の王子がこんなんで大丈夫なのかなとクレアは若干心配になった。
恐る恐る、クレアは口を開く。
「もしかして…‥瘴気を止める手立てが、無くなった?」
「そういうことだ。これから先瘴気はどんどんと濃くなり、溢れ出て、それに誘われるように魔物がわんさかやってくるだろうな。瘴気を取り込んだ魔物は凶暴性を増して強くなり、やがては人間の魔力と血肉を求めて沼地を飛び出し街を襲うようになる。魔物の氾濫が起これば力を持たない辺境の住民から食い殺される大虐殺の始まりだ」




