神は私を嫌ってる?
“此処でしょうか…”
相変わらず濃い朝霧の中よく見つけられた物です。
“カナス診療所”
そう書かれた看板の下には歯車の内側に鎖に巻かれた十字架が有る聖教のシンボル。鉄製の門は固く閉まっているみたいです。
“まだ開いてないのでしょうか。”
今は精々五時半と言った所です、たしかに少々早いかもしれません。
“一応ノックしてみますか…”
そう思って鉄門に近づいた矢先
「カナス診療所へようこそ、小さなお嬢さん。」
「……」
急に横でそう呼ばれる声に危うく心停止するぐらいには驚きました。まあそれでも多分死にませんが。
振り向けば、黒い上質な、しかしややくたびれたローブを着た初老の禿頭の男が居ます。
痩せた頰に微笑を浮かべ私を見つめる表情はどこか浮世離れしていました。恐らく彼が神父なのでしょう。
「季節がどう巡れど霧の朝はやはり冷える、良かったら入って行きたまえよ。」
そして彼が振り返る先には、見落としていたのであろう小さな木のドアがありました。
「あ、はい…お言葉に甘えて…」
そして彼の後に続き扉に入ります。
狭い廊下を抜けた先の真正面には、地下へと続く階段が有り、左側には扉が一つ。
その扉に入ると、それなりに広い部屋に出ます。
ベッドが十数、部屋の左に三列に並び右にはいくつかの椅子と整理された書類が置かれているテーブル。
「さてこんな朝早くに、見たところ傷も病も持たずに来たならば、私個人に何か用でもあるのかな?」
座りなさいと促し自分も椅子に腰掛ける神父。
取り敢えず事情を説明しときましょう。
「はい、実は…」
そして今までの経緯を説明します、大体は先程のボブに話したことと同じです。
「ふむ、つまりそれで私を訪ねたと…」
「はい、何か解決策か、せめて手掛かりでも有りませんか?」
その言葉に、考え込むように目を伏せる神父。
そして彼は問い掛ける。
「付かぬ事を聞くが、お嬢さん。君は…罪を犯したことはあるかね?」
意味不明な問いかけです。
“罪…?”
主観的に何かをやった覚えはないですし、知らぬ間に何をしたという訳でもないでしょう。
「無いですけど…」
「ふむ…しかし私の目はまだ衰えては居ないはずだ…確かに君は今も尚罰せられている。これはとても難題だ。」
“罰せられ…まさか…”
「あの、それって制裁とかいう…?」
罰というニュアンスで語られる物なんぞ今の私にはそれくらいしか思いつきません。
まあ確かに色々と不法投棄物持って来た訳ですし確かにどこぞのお偉いさんが怒った可能性もあるかもしれません。本土の神様あたりとか。
「ふむ、まさしくそれであろう。君は確かに罰せられている…」
またもや考え込む神父。
“まさかあの意味不スキルがこんな所でしゃしゃり出て来るとは…”
ていうかこれって聖教の神様の仕業だったんですか…
“何か気に食わなかったんでしょうかね…どうせならそのままインベントリ全部没収でもしてくれれば良かったのに。”
そうすれば厄介払いもできます。
それはともあれ、これのせいでやっと見つけた解決の糸口を絶えさせるのは嫌です。なんとかならないでしょうか。
“と言っても話術なんぞ無理ですし…勝てますかね?”
だいぶ脳筋に染まって来たようです。
そして私が物騒な事を考えている間に、神父さんも考え終えたのか顔を上げ私を見据えこう言いました。
「確かに君の問題は難解だ…これは何も教義のみに非ず、罰を受けたものは私の力で救済するのは難しい。」
「え?」
何でしょうか、教義だけじゃ無いのならこのスキル実害もあるんですかね。
“確かに思いっきし魔力低下とか書いてますけど。”
「えっと、それはどういう…?」
取り敢えず聞いておきます。
「君は罰せられてる、それすなわち神が与えし力と業をその身に受けぬ事だ。力はその身に宿ってこそ業となり人を救うのだ。」
“ああ、なるほど…それがこっちの世界の魔法のシステムでしょうか。”
恐らく力は魔力を指して、業とはスキルでしょうか?だったらこの制裁のせいで神父さんが難儀するのも頷けます。
「それじゃあ、どうにかする方法は無いんですか?」
というかさっきのでもう本土のスキルに頼れないって言う死刑宣告に近いものですけど。
“そういえばスキルで思い出しましたけど、こっちに来てから鑑定一度も使って無いですね…”
まあ鑑定なのかも分からない謎理屈の技ですけど。
“ってあれ?”
Error
“なんぞこれは…”
神父さんは鑑定不可みたいです、対象によるんでしょうか。
さてそんなプライバシー侵害未遂を知るよしもない神父さんは急に思い出したように口を開きました。
「いや、方法はある、私の知りうる中で一つだけ。」
「それってどんな…」
正直既に諦めかけた所ですけど。何か裏技でもあるんでしょうか?
「説明はしよう、だが先に聞かせてくれないか?」
「え?あ、はい、私が知ってる限りなら。」
何を聞くのでしょうか。
「その目は、どう言う事かな?」
そう言いながら神父さんが指を指します。
“…何か不味かったでしょうか?”
その先は、私の歪な五芒星に包まれた赤い左目。
「いや、他意はない。だが個人的に気になってな…不便だったなら謝ろう。」
一瞬の逡巡をどう受け取ったのかは分からないですけどどうやら深追いはしないでくれるそうです。
“まあ有り難いですしいいですか…”
あまり追及されるとボロが出る可能性が劇大になります、いつかちゃんとした出自を考えときませんと。
それに、心なしか先ほど目を問うた時の神父の瞳には一種の、名状しがたい思惑を感じ取れたような気がします。気のせいでしょうけど。
「さて、先程は方法があると言ったが…正直君の状況をまだちゃんと確認できていないからどうにも言えないな…君は、住む所はあるかね?」
「いえ、ありません…」
金も無いですしこのまま追い出されたら野宿確定です。
“まあどうやら脈アリのようですが。”
「ふむ…ではこうするのはどうかね?金はとらない、ただし君には朝方から昼までこの診療所の掃除と書類の整理をしてくれたまえ。」
内心でガッツポーズ、どうやら寝床に困る事は無さそうです。
「はい、住まわせてくれるなら喜んで。」
「そうか、なら明日からよろしく頼む。それと君の事情も調査してみよう。解決する保証はできないが、少なくとも努力は約束する。」
そして席を立つ神父。
「ああ、そういえば自己紹介がまだだったね、私の名前はカナス。建物の名前と同じだよ。」
「あ、私はティレスって言います。」
そういえばまだ互いに名前も知りませんでしたね。
「ふむ、では早速と言いたい所だが今日は診療所は休みでな、それに私個人も今日は少々用事がある。」
そして席を立ち部屋を出る神父。私も後に続きます。
「客間に案内しよう、今日は仕事も無い。適当に寛いでくれたまえ。」
そして地下へと続く階段を降りていく神父。
“住居スペースは地下ですか…”
階段を降りた先には奥まで続く廊下、壁には街でも見た謎動力のライトが取り付けてあります。
“本当にどうやって光ってるんでしょうか…聞くに聞けないですし。”
普通に使われてる代物だと思いますし、下手に聞いて変に思われるのも嫌です。ケーブルなんぞは当然無く、触ってみるも熱はなく材質は石に近いです。
“魔力って奴のおかげでしょうね、恐らくは。”
そして降りてすぐ右手には木製の薄く金飾が施されたドアが一つ。
「此処が客間だ。陋室だが今はこれしか用意できなくてな。」
そして鍵を取り出しドアを開ける神父、連れられるままに入った部屋は赤いカーペットが敷かれ、左奥にはベッドと本棚。部屋の右側には木の椅子とテーブルが設けられて、そして小さくその上に飾られた瓶には黒い薔薇のような植物が有ります。
「鍵は置いておくよ、私はこれから出掛けなければならない…ああ、それともう一つ、正午くらいに一人の少年が来るはずだ。薬屋の子でゴートと言う。彼に私が居ないのと薬はいつものを診療所に置いておけと言う旨を伝えて欲しい。」
「はい、喜んで。」
“ゴート…どっかで聞いたこと…有りましたっけ?”
その名を聞いた瞬間一瞬モヤっとした感覚が心に湧きますが、思い出せないので取り敢えず放置。
鍵をテーブルに置き去っていくカナス神父。
そして私はベッドに身を投げます。
「あぁ…久方ぶりのベッドです…」
正確には精々一日程度ですが、濃すぎてもう一週間ぐらい経っているような錯覚に襲われます。
「さて、何をしましょうか。」
このまま眠るのもまあ良いですが正直明日の朝まで起きれる自信がありません。
「かと言ってやる事も無いですね…」
今寝るという魅力的な選択肢以外に取れる行動は精々この建物の探索とネクロノミコンの解読程度です。
“恩義を受けたばかりで悪いですけど…”
まあ自分の安全の為、仕方ないでしょう。
という訳で取り敢えず触手を出し、細い糸状にしたそれをドアの外に這わせます
「そういえばこれ、遠隔操作で使えないでしょうか…」
今まで顕現させたこれは何本にも分裂させるのは出来ますが、根本は私の背中に繋がった一本ですし。
「試して見ましょうか。」
と言ってもどう本体から解離させるかが問題です、私のステータスとこれは共有してないようですし自分で千切ろうとしても全く歯が立ちません。
“イメージ…”
まあ思考によって動くので、脳内で切断とか分離とかをイメージしてみます。
「…まあそう上手くは行きませんか。」
うんともすんともせずベッドに横たわる触手を見て溜息をつきます。
「まあいつかどうにか出来るでしょうし、最初の案でいきましょうか。」
もう一度細い触手を作り這わせます。
“考えてみれば、触手を動かすだけで精一杯なのに遠隔操作なんぞは無理に決まってますね。”
操作にはそれなりに慣れましたが、相変わらずこれを出している時は私自身の動きが疎かになります。でっかいのをぶん回すとかならどうにかなりますが動きの複雑さや私からの距離などによって精神をより集中しないといけません。
“これは練習あるのみですかね…さて、後は…”
所持品からネクロノミコンを取り出します。
真っ黒い表紙を見ると思い出す夜の記憶。
“…出来れば触れたくなかったんですけどね…”
元は別にこの様な物などに頼らなくてもやって行けると思いましたが、カナス神父の話から察するにこの世界では私は能無しの様ですし。
“魔力と言うのがどれ程の物かは知らないですけど…”
今の切り札は顕現で呼び出せる触手と死亡前提の不死スキルだけ、これからこの見知らぬ世界で生き抜くためにも少しぐらいは他の芸も欲しいところです。
“はぁ…さて、読みますか。”
留め具を外し、ページを開きます。そして外に這わせる触手から情報を回収しながら不可解な単語の羅列を読み解く。
悍ましき知識に身を投げながら、私は正午を待ちます。




