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第2話 出くわさなければどうということもない

日下部遼一くさかべりょういちです。部活には特に入っていません。SFやミステリ小説とかを読むのが好きです。よろしく」


 僕はそう言うと、わずかに頭を下げてから着席する。

 無難で印象に残らず、極端に短くて逆に目立つことも無い。そんな毒にも薬にもならない自己紹介を意識した結果、今はこんな挨拶に落ち着いていた。


(もしかしたら2年生になったクラス替えのせいで今朝はあんな夢を見たのかもしれないな。プレッシャーを感じる、といったところか。

 だけどこんなところにそんなプレッシャーを放つような、二つ名持ちの化物じみたエースがそうそうひそんでいるはずないじゃないか。ちょっと神経質になり過ぎだな)


 そう苦笑した僕は、窓の外を眺めて時間を潰すことにする。

 クラスの連中の自己紹介になどまったく興味はない。本当は学校でのカモフラージュ用に持ってきている小説を読みたいところなのだが、それはさすがに反感を買うので自重するしかない。

 何人かの自己紹介が終わったところで、僕の斜め後ろで誰かが立ち上がる音がした。それにつれてオオーというどよめきがクラスに巻き起こるが、当然ながら僕はそれにも何の興味もひかれなかった。


(まったく、誰と一緒になろうがどうでもいいだろうに。どこの誰かは知らないけれど、僕の静かな学校生活の邪魔だけはしないでくれよ)


 しかし、そんな僕の余裕はその子の挨拶ですぐに吹き飛ぶことになる。


小湊玲奈こみなとれいなです。美術部に入ってます。知らない人も多くて少し不安ですが、みなさんよろしくお願いしますね」


 その名前を聞いた瞬間、僕の体に戦慄せんりつが走った。


(小湊……玲奈、だって?)


「おい、学園のアイドル、小湊さんと同じクラスだぞ」


「やったな、この1年何かいいことがありそうな予感がする」


「馬っ鹿、お前なんか相手にされるわけないだろ」


 クラスの連中がそう盛り上がる声も右から左へすり抜ける。

 僕は震える体でゆっくりと振り向き、斜め後ろの席に座るその子を恐る恐る見た。

 緩やかなウェーブのかかった長い黒髪に紺色の細いリボンでアクセントを付け、上品そうに微笑む綺麗な顔の少女がそこには立っていた。


(雰囲気は、まるで違う)


 僕の知る彼女は、時に少年ぽさすら感じる勝気な女の子だった。


(まるで違うが……しかし)


 その後の巧妙な治世の中で漂わせ始めた女らしさを極めれば、はたしてここまで見事に化けられるものなのだろうか。

 それに、忌まわしいあの子との名前の一致をどう考えるべきか。

 僕がそうとまどっていると、不意に向こうが僕を見てきた。

 クラスの大半の男子がこの少女を見つめていたはずなのに、その中でどうしてわざわざ僕なんかをと疑問に思う間こそあれ、彼女が一瞬だけ浮かべた意味ありげな笑みを見て僕は確信した。


(ま、間違いない。あの魔女が……、再びこの戦場に、現れたんだ)


 その瞬間、平穏だった僕の学校生活がガラガラと崩れていく音を、僕は確かに聞いた。

 いやそれは、僕の血の気が引く音だったのかもしれない。






「と思っていたけど、案外何もなかったな。僕を見て笑ったような気がしたのはもしかして僕の勘違いだったのか」


 クラス替えの日から1週間。

 特にあの小湊玲奈から何の接触もなく、僕はすっかり油断していた。


「そうさ。あの時以来何もなかった彼女が、今更モブキャラと化したこの僕にちょっかいを掛けてくるはずないじゃないか。この分ならまた静かな学校生活を…」


 そう言いながら自分の下駄箱を空けると、そこには見慣れぬピンクの封筒が入っていた。


「…………何だ、これは」


 僕は顔をしかめ、慎重に下駄箱からその封筒を取り出す。

 封筒には女の子らしい丸っこい文字で『日下部君へ』と書かれている。誰かが下駄箱を間違えたという線がこれで消えた。


(くっ、嫌な予感しかしない……)


 それでも僕は仕方なく封筒を破くと中の手紙を素早く読んだ。



『放課後に美術準備室で待ってます。』



 それだけで相手の名前すら書かれていない。

 だけど、美術準備室というのが引っかかった。


(確か、あの女は美術部だと言ってなかったか?)


 やはりこの手紙は小湊玲奈関連だと思って間違いなさそうだった。

 いや、万一彼女と無関係だとしても、それはそれで由々しき事態といえる。

 ピンクの封筒に丸文字で意味深な呼び出しの手紙から、恋の告白を連想して舞い上がるほどおめでたい思考回路を僕はしていない。まず間違いなく、罠と考えるべきだった。


(だけどクラス替えからわずか1週間のこのタイミングで、見知らぬクラスの人間が仕掛けてくるものなのか?)


 この1週間、僕の存在を気に留めてわざわざ話しかけてくるなどという不自然な接触を仕掛けてきた不審人物は一人もいない。

 となるとやはり、心当たりは一人だけだった。


(無視は、できないか)


 僕は手紙を封筒ごとカバンに突っ込むと、重い足取りでひとまず朝の教室に向かった。






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