陽呼子、雨宿り。
雨は突然激しく降り出した。
電車は駅に着いた。
これから歩いて帰るところ。
持っているのは小さい傘。
これでは差しても濡れてしまいそう。
駅前。
屋根とその外の間には
白く透明な水の壁ができている。
その壁に塞がれて動けない。
いつか、止むのかな?
陽呼子は冷えてきた空気と
騒がしくも静寂をつくる雨音に包まれて
少し止むのを待つことにした。
陽呼子には悩みがあった。
それは今持っている
小さい傘のように
口に出したところで
この雨を防げそうなものではない。
だから、心の中にしまっている。
本当はこの傘を開いて
雨に濡れてでも進む強さが
ないだけかもしれない。
雨はその心を打ち付けるように
音をたてて強く降っている。
陽呼子は雨の中に
包まれた街を見ていた。
傘を揺らしながら歩く人、
大雨に濡れて走っている人、
カッパを着て自転車で突き進む人が
雨のカーテン越しに
ゆらゆらとぼやけていた。
冷たい風がさっと吹き抜ける。
雨粒が洋服にしみこんでいた。
顔を流れる雫、
これは涙だろうか。
いや・・違う・・。
私は泣かない・・。
陽呼子は願いのように
そう思った。
この悩みは
胸にしまっておいて
これからも進んでいく。
だから、
これは涙ではない。
これが涙だとするなら
何かを喪失したように感じる今は
バッドエンドかもしれない。
いや、バッドエンドなんかじゃない・・
バッドエンドと呼ぶには
輝いている想い出と
ハッピーエンドと呼ぶには
先の見えない状態が降り積もり、
水たまりをつくって、
波紋のように揺れる切なさと
足元が濡れるような不快感で
現実の冷たさを知らせていた。
今は雨宿り。
陽呼子はその場から動けず、
灰色の空が青空に変わることを
願いながら待っていた。
しかし全然止まない。
雨の強さも変わらない。
このまま、
止むことを待っているべきだろうか。
いつになるか分からない。
幸いなことに小さい傘は持っている。
この傘を開いて
雨の中、帰ろうかな?
そう思った。
しかたなくゆっくり帰ろうとした。
すると・・
「陽呼子!」
誰かが激しい雨の中から名前を呼んだ。
すぐに雨音に消える。
誰だろう?
こんな雨の日に・・。
これは雨の幻だろうか?
「陽呼子!」
また呼んでいる。
確かに聞こえる。
陽呼子は声がする方を見た。
そこにいたのは、
傘を差しながらも
肩のところが雨に濡れている
友達の流湾だった。
「流湾くん!? なぜ、ここにいるの?」
陽呼子は驚いた。
ここで会うと思っていなかったからだ。
突然、現れた流湾をみて
一瞬、ほっとした気持ちになった。
しかし、その反面で今は一人になって、
心の整理をしたいという気持ちもある。
心には悩みの黒い雲が覆っている。
陽呼子の中では、
二つの気持ちが戦っていた。
一方はこの重たい気持ちをどこかへ投げて
流湾と一緒に笑いたいと思っていて、
一方は流湾との時間を突き放そうとしている。
二つの気持ちは相反するものでありながらも
同時に存在していた。
どちらの気持ちが勝つのだろうか?
自分でも分からなかった。
でも、横にいる少し雨に濡れて
とぼけた顔になった流湾をみていると
なんだか心が落ち着いてきた。
悩みごとを考えるのは後回しで良くて、
今はそこにある優しさに
すがってもいい気がしてきた。
やっぱり流湾と偶然会えたことが素直に嬉しい。
その気持ちがほんの少しだけ勝っていた。
そんなことを考えている陽呼子に
とぼけ顔の流湾は言った。
「一緒に雨宿りしようかな?
雨も強いし・・。
陽呼子と話したいし・・。」
流湾は陽呼子の方を不安そうに見ている。
その弱弱しく呟くように言った言葉は
頼りなく雨音に消されそうだったが、
なんだか温かいものを感じた。
この雨が止みそうなほどの強さはないけれど。
陽呼子はそんな流湾の消えそうではあるが
確かに灯る炎のような言葉を
あえて吹き飛ばすように息を吸っていった。
「いや、私は帰るよ!
早く帰って、
まだやらなくてはならないことが
たくさんあるからね!
だけど、帰る方角が一緒なら
そこまで一緒に帰ろう。」
「えっ?」
流湾はその言葉が意外だったのか、
驚いた顔をしていた。
しかし、
その言葉の意味を理解したのか、
すぐにさっきよりも強い声で返した。
「・・。うん!
そこまで一緒に帰ろうか!」
陽呼子はそうして
流湾とそこまで一緒に帰ることにした。
でも、雨の中、
2人はどこへ帰るのだろうか?
隣で笑っている流湾は
まだまだ話したいことがあるみたいで
傘越しにこちらを見ている。
閉じていた傘は完全に開いていた。
だけど、この先は分かれ道。
それぞれの家に向かうには別の道になる。
「今日はありがとう!!
偶然、会えてよかったね!
だけど、私の家は向こうだから・・」
陽呼子は流湾に
雨が降った後の景色を
変えるような気持ちでそう言った。
ここからは
また一人になろうと思った。
そう思っている陽呼子に、
流湾はいつものとぼけ顔で言った。
「じゃ~ 行けるところまで
遠回りして帰ってもいい?」
陽呼子はその言葉に
そういうことじゃないと呆れてしまいつつも
流湾があまりにも
純粋にそう言っているので
この先も一緒に帰ることにした。
「まぁ~ いっか!」
空は遠くの方から新しい青空が見えてきていた。
(おわり)
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