(大和国吉野郡旧俗採訪録 抜粋) 水杜村姫巫女神社の伝承
明治十三年 採録
奈良県吉野郡水杜村に、姫巫女神社と称する小社あり。
当地に伝ふるところによれば、往古、この地の山野に巨大なる蛇棲み、毒気を発して草木を枯らし、牛馬を襲ひ、ときには人をも喰らひたるといふ。
ために附近の村々は久しくその害に苦しみ、山へ入る者も少なくなりたり。
ある年、一人の巫女、この地を訪れ、大蛇の害を聞きてこれを鎮めんとした。
巫女は数日にわたり大蛇と争ひ、その身に幾多の傷を負ひながらも遂にこれを屈せしめたり。
されど大蛇の生命力甚だ強く、これを殺すこと能はず。
よって巫女は秘法をもって大蛇を己が身の内に封じ、その力を抑へたりと伝ふ。
その後、巫女は村人の前より姿を消したとも、ほどなく死したとも伝へられ、詳らかならず。
村人はその徳を慕ひ、巫女を「姫巫女」と称して祠を建て、これを祀れり。
今日の姫巫女神社、即ちその旧跡なりといふ。
また同社には、毎年秋の祭礼に際し、村内より選ばれたる女児一名を「姫巫女」に見立て、蛇を食せしむる奇習あり。
この行事は、姫巫女がその身に封じたる大蛇の力を鎮めるためとも、古の出来事を忘れざるためともいはるれど、その起源は明らかならず。
古老の語るところでは、蛇は祭礼の前日に捕らへ、神前に供へたる後、女児がこれを食したるといふ。
近年は衛生上の問題もあり、この風習を改むべしとの声も聞かるるが、なお一部には古例を守るべしとする者少なからず。




