よく喋る鬼とよく喋る男たち
「初めましてであって欲しいんだけど、そうでもない気もする。けど一応、初めましての体で自己紹介しておくね。君たちで言うところの祟り現象、天邪鬼だよ。薄々察してると思うけど、今回の長野県の消滅も僕が首魁。君たちにとっては僕の首が今一番重要なわけだ。首魁の首ってのも面白い表現だけど。」
突如空から降ってきて、軽トラの荷台をグシャリと潰した少年——天邪鬼は、そのまま荷台に残ったものを漁りながら、ぺちゃくちゃと喋り出した。
「おっと、判断が早いね。僕に撃つだけ弾の無駄だと思うけど。周りの奴らに使った方が生存率は上がるんじゃない?まあどっちみち、僕が生きてる限りは君たちの命を狙い続けるから、それも無駄なんだけど。要するに、さ。もう詰みだと思うんだよ、君たち。」
鷹宮が、腰に付いたマガジンでリロードを行いながら舌打ちする。
「そりゃあどうもご苦労なこって。さっきのあの大ジャンプって素の身体能力?だとしたらやばくねっスか?てかその白装束は何?葬式待ちですか〜?」
「ふーん、今から殺されるって時に僕にそんな喋りかけてくるなんて、俄然興味が湧くね。それとも、自分の故郷が滅ぼされた上に、自分の想い人の変わり果てた姿を目にしておかしくなってるだけ?」
「見当違いなことを言って不愉快にさせるのが趣味だってんなら、止めはしないっスけど。」
「……確かに見当違いだったのかな。謝るよ。あと、その謝罪がてら色々教えてあげるよ。こういうのを冥土の土産って言うんだっけ?まあいいや、一つ目の質問はイエス、思いっきりジャンプしただけだよ。そして二つ目、この白装束は雰囲気に合わせただけ。まあ、僕の勝負服みたいなものだと考えてくれたらいいよ。」
天邪鬼はまた大きく飛び上がり、トラックから離れたところに、ふわりと着地する。
「ちなみになんスけど、なんで長野県を?てかそれより、俺らを狙ってる理由が知りたいんスけど。なんか俺ら気に障るようなことしましたァ〜?」
「みんなそれ聞くね。人間ってこういうこと気になるのかな?それとも君たちがおかしいだけ?うーん、僕があんまり人間に詳しくないのが露呈してるね。そして何だっけ、長野県を滅亡させた理由?本当は三重県の方が立地的に簡単だったんだけど、御三家のある長野県を狙った方が良いかなーと思って。その方が君たちも無視できないでしょ?現にこうして現れてる訳だし。」
身体能力の差は絶望的、白装束に特に意味はなし、天邪鬼は長野県が滅んでから他の人間と会話している、そして、その人間も天邪鬼と相対する立場にある。
白峰は、ジリジリと荷台の潰れた軽トラに後退しながら、会話で得た情報を整理する。
「それよりどうやって長野県を滅ぼしたか、ってのを聞いといた方が良かったっスかね。個人的にはこれが一番気になるんスけど。」
「……少し、お喋りが過ぎたかな。少しずつ話題を変えながら色々聞き出したのはわざとだよね?僕の喋り好きな性格にかこつけたのか、話術にはもともと自信があったのか、敢えて問いただすことはしないけど、もしかして君もけっこう性格悪い?」
そろそろ時間切れか。
つーか性格終わってんのはお前の方だろ。
白峰はぺしゃんこの荷台の上で、鷹宮と肩を並べて舌打ちする。
銃器、陰陽陣のほとんどはこの荷台に積んであった。
それもほとんど、天邪鬼に潰されてしまった。
「どのみち君たちは、ここに来ようが来まいが死ぬ定めだったんだ。国会議事堂、首相公邸、中央省庁近辺。この三つは僕の味方が潰しに行ってる。今はもう、火の海なんじゃないかな。しっかり準備をして動いている僕と、行き当たりばったりの君たちとでは、前提が違うんだよ。っていうか君たち面白いね、そのすぐに舌打ちする癖。結構似てるよ君たち。」
天邪鬼が、少し首を傾けながら捲し立てる。
「さて、そろそろ終わりにしようか。こっちにもやることが沢山あるんだ。」
白峰は、左手にクシャクシャになった陰陽式を、右手に潰れたトラックの荷台の端を掴み、覚悟を決めた。
隣では、鷹宮が天邪鬼に拳銃を向けながら、同じように潰れたトラックの荷台の端を掴んでいる。
「奉勅、豪火球敬白」
天邪鬼の頭上に、直径三十センチはあろうかという大きさの青い火球が出現し、どんどんとその殺意の塊が膨れ上がっていく。
その火球が、あっという間に直径五十センチ、八十センチ、一メートル、止まるところを知らず肥大化する。
「じゃあね」
そして天邪鬼が、その両の手を白峰達に向ける。
そして。
潰れたマフラーが、鼓膜を上下左右から押し潰すような爆音を出しながら、煙を上げ始めた。
「ああ……そっちか。てっきりどこかから僕を狙ってるもんだとばかり思って、そっちばかり警戒してたもんだからなあ……これは少し、想定外かな。」
想定外と言いつつも、何の焦りも感じさせない声色と表情で、天邪鬼はふわりと飛び上がった。
そして、そのこめかみに、鷹宮の放った銃弾が突き刺さる。
「ッ……痛いなぁ。これでも外見は人畜無害な子供なんだけど?」
「うるせーバケモン!火焔!急急如律令!死ねやぁ!」
飛び上がったところを鷹宮の銃弾に撃ち落とされ、そこに白峰の放った術が落ちてくる。
この間にも、トラックは恐ろしい速度で進んでいる。
ここで彼らを逃すには、あまりに情報を与え過ぎた。
今この逃走劇を許せば、必ず彼らは自分を殺しに来る。強固な、どう足掻いても無駄になる策を用意して。
天邪鬼は、その身を炎に焼かれながら、考える、考える、考える。
…
天邪鬼は自身を祟り現象だと認識しているが、実際は妖に近い存在である。
祟り現象が死んだ人間の魂からできているとするなら、妖は人間の作った伝承、つまり一種の神格化がなされた伝説から生まれている。
例えば九尾の狐、海坊主、麒麟、ドラゴン。
この世には数多の魑魅魍魎が存在する。
そしてその全てが、伝承、怪談、絵巻、聖書と、人間の創作とその認識によって形作られている。
祟り現象は人間の死から生まれ、妖は人間の創作と認識から生まれるのである。
天邪鬼は、そのどちらでもない。
天邪鬼は、人間の感情から生まれた存在であり、それは祟り現象にも、妖にも分類されない。
妖は、人間がその伝説を創作しなければ、生まれることはない。
祟り現象は、人間が死者のことを想わなければ、生まれることはない。
だが天邪鬼は、人間が存在する限り絶対に生まれるのだ。
パスカルが人間を考える葦と評した以上、人間の存在は思考によって定義され、思考無くして人間は存在しない。
その思考の、いわば影の部分というのが、天邪鬼の存在の由来である。
魔が差す、というのも、人間の思考の業である。
特に親しいわけでもない人間と話していると、いきなり横っ面を叩きたくなる。
雨の日の朝、ふとした瞬間に、水たまりの中に飛び込んでそのまま消えていなくなりたくなる。
コンビニで買ったサンドウィッチを、時にそのまま思い切り握り潰してみたくなる。
人間は、それらの突拍子もない欲望を、魔が差すと、そう呼ぶ。
そしてその欲望は、どんな人間であっても一度は抱くことになる。
この世に聖人君子などいないのだから。
それこそが、天邪鬼の本体そのものであり、人間と天邪鬼が切っても切り離せない関係である理由である。
要するに天邪鬼は、人間を恨んでいるわけでも何でもなく、ただそうするのが天邪鬼の性質であるがために殺人を行い、人間社会の破滅を望むのである。
それは、人間が心のどこかでそう願っているからなのか、人間が天邪鬼に全て押し付けてしまい、人間がもう二度とそんなことを考えないようにしたからなのか。
人間でも妖でも祟り現象でもない天邪鬼には、それを知ることは叶わない。
…
天邪鬼は逡巡の後、皆殺しを諦め、確実に一人を殺すことを決心した。
二百万の人間を容易く骸に変えた殺意が、たった一人——大野に向かって放たれる。
「ヤッベ、何だアイツ。バケモンかよ」
「だから最初からバケモンだって言ってんだろーが!」
トラックを一瞬で飛び越え、運転席にいるであろう大野を仕留めにかかった天邪鬼を見て、トラックに捕まっている鷹宮と白峰が喚く。
あれだけの炎を身に浴びながら、黒焦げの跡一つない白装束を纏った天邪鬼の手には、サバイバルナイフが握られていた。
鷹宮たちには、それが先程荷台を潰した時に漁られたものだと容易く判別がついた。
「君は決断が遅かったんだ。僕よりもね。彼らが僕から情報を引き出すのを待ってからアクセルを踏むべきじゃなかった。大野真。君のことが少し理解できたような気がするよ。」
トラックの前に佇む狂人は、無邪気な笑みで、日本の怪物をその凶刃にかけんとする。
日本国の滅亡に、王手がかかっていた。




