そらから殺意が降ってきた
トンネルを抜けて三分ほどして、トラックはゆっくり停車した。
いくら日本最高技術の詰め合わせである改造車であろうと、損傷したり無茶な運転を続けたりすると、故障どころかドッカーンとなりかねない、ということであった。
爆音を撒き散らすエンジンが沈黙し、本日三本目のチョコバーを齧りながら、荷台から白峰が飛び降りる。
軽トラのドアが開き、大野と鷹宮もほぼ同時に地面に足をつけた。
…
軽トラのライト以外、何も光源が無い場所。
白峰は心細いのと同時に、何か得体の知れない気持ち悪さを感じていた。
なぜ自分たちはこの何もない荒野を一心不乱に突き進んでいるのか?
それも、大野という政界のアンタッチャブルを連れて。
まるで、誰かにそうするように仕向けられているかのような——
白峰は車道用のタイヤを持ちながら、そんな漠然とした不安を抱えていた。
…
鷹宮が白峰と出会ったのは、六年前のことである。
当時はまだ新卒の若手であった白峰は、四歳差である鷹宮に妙に懐き、それから二年で、最高レベルであるAクラス職員まで登り詰めた。
職員になってからAクラス職員になるまで、白峰の実に二倍、四年の年月を要した鷹宮は、それを聞いて戦慄したものである。
そんなこんなで、鷹宮と白峰は四年の間、共にAクラス職員として働いている。
その中で鷹宮は、白峰の軽いノリに救われてきたし、白峰もまた自分の何かに救われていてほしいと願っている。
だからこそ鷹宮は、今の白峰を見ているのが辛かった。
どう見ても、いつもよりテンションが高い。
表面上こそ明るい言動であれ、白峰の周りを、沈鬱とした寂しさと、静かな怒りがぐるぐると周っているのが鷹宮には分かった。分かってしまった。
鷹宮はその理由を知っている。
だが、どうせ問いただしても、いつものように飄々と躱されるだけだという一種の諦めと、知ったところで自分にはどうしようもないという、後ろめたさにも似た感情が邪魔して、白峰のことに言及することができなかった。
鷹宮はそんな自分の不器用さに、どんどん強くなる自己嫌悪を抱えていた。
…
大野が日本の怪物と囁かれるに至ったのは、その経歴の異常さにある。
大野は、1968年の夏、小さな農村の長男として生まれた。
平凡な家庭、それも過疎化の進んだ集落の家。
生まれとしては、政界を目指すに当たっては不向きも不向きである。
だがしかし、若かりし頃の大野少年は敵知らずであった。
頭脳明晰、文武両道、聡明叡智。
その恐るべき頭脳と、有り余る運動能力によって、自らの希望を悉く叶えてきた。
当時は神童だ、天才が生まれただのよく持て囃されたものだ。
そんな神童の大野少年にも、思い通りにならないことがあった。
大野 真の両親は、1982年、ある男に刺し殺されている。
陽が落ちて間もない冬の夕方、その男は、おぼつかない足取りで、堂々と大野家の玄関に足を踏み入れた。
そしてその男——屑間 屑尾は、キッチンで夕食の準備をしていた母親の手から、包丁を奪い取り、混乱している母親の喉元に、躊躇うことなく包丁を突き入れた。
そして、その物音と悲鳴を聞いて、家から一目散に逃げる判断をした大野少年は生き残り、悲鳴の方に駆けつけた父親は、母親の後を追った、という話である。
その時の悲鳴と記憶は、今でも大野の頭の中にこびりついている。
しかし大野少年が絶望したのは、その時ではなかった。
大野少年が両親を失って三ヶ月後、屑間 屑男の第一審が出た。
判決は、『重度精神障害により刑事責任能力なし』。
事実上の、無罪である。
もちろん屑間は施設に入ることになる、というのは大野少年も知っていた。
だが、そんなことは大野少年にとってはどうでも良かった。
殺人においての司法とは、遺族の復讐を国家が代行するシステムではなかったのか?
その犯人が、何ら罰を受けることなく保護されるというのなら、司法国家というものは何のためにあるのか?
大野少年は、頭が沸騰しそうであった。
そして、施設に引き取られた大野少年は、施設の人間を洗脳し、大野 真になった。
屑間屑男の判決は初審から覆ることはなかった、と聞かされても、大野はどうでも良かった。
敵は司法だ、敵は国家だ。
人の形をしたゴミに構うほど無駄なことはない。
それが、大野少年——否、大野真の結論であった。
彼は司法国家を内側から否定した。
大野はその貧しい生まれと運の悪さにも関わらず、三権分立を終わらせた。
しかも、その全ての騒動を、日本国民のほとんどに気付かれることなく、である。
これが大野が、日本の怪物と呼ばれるに至った、他愛のない理由である。
その日本の怪物が、かつてない程に追い詰められている。
自分でも、判断がおかしくなっているのが分かる。
部下を説得するにはしたが、どうしてただの荒地と化した長野に来ているのか、どうしてどんどんとその荒地を進んでいくのか。
改めて問われると、真っ当な理由が思い浮かばない。
怪物は、何だかよくわからない怒りと、そして、確かな焦りを抱いていた。
…
最初に気付いたのは、白峰だった。
「今日が人生最悪の日なのは重々承知なんスけど、流石に限度ってモンがあってもいいんじゃないっスかね……」
「お前やっぱ怪異系のモンスターに気付くの早くね?犬?」
闇の中から、きらり。
無数の目玉が、こちらを見ていた。
『殺す』
『……殺す』
『コロス』
『殺す』
『許さない』
『道連れにする』
『キキキキキキキ』
『殺す』
『怨み痛み苦しみ後悔孤独喪失……追憶』
…
長野県御嶽山では1984年、地震による土砂崩れで29名の死者が発生している。
長野県御嶽山では2014年、噴火による63名の死者が発生している。
長野県浅間山では1947年、噴火による11名の死者が発生している。
長野県では2022年5月、全土黄泉国化により2,047,484名の生者が消失している。
長野県諏訪大社では、ミシャグジにより84名の死者が消失している。
…
祟り現象というのは、そもそも一体何なのか?
それは鷹宮の言うように、それらは人間にとって都合の悪い、ひいては害をなす異常存在の総称である。
だが祟り現象そのものの本質は、『死者』という概念に起因する。
人間はずっと、自分の存在の意義や行方を自問し続けてきた。
その経過の中で生み出されたのが思想であり、それが大衆に浸透すればそれは宗教となる。その人間が思考し、一般化されるというプロセスは、人間の尽きることのない業であり、これからも愚者、賢者を問わずにそれらは繰り返されていくだろう。
その人間の繰り返される業によって生み出された思想について、全てに共通するのは、死者と生者を区別し、さらに死者の行方を定義している、ということである。
人間は、自らに魂、精神、理性、いわゆるスピリットと呼ばれるものが存在すると錯覚しているケースが多々ある。
死者になってもそれらが存在すると考える人間も、消えてしまうと考える人間もいるが、これまでの経験からして、前者の方が圧倒的に多い。
祟り現象というのはとどのつまり、この前者の思想により生み出された、『死者の魂の残りカス』のようなものである。
というのが、曖昧ながらも確実な、白峰と鷹宮の共通認識であった。
それはもう怨霊って呼んだ方が良いんじゃあないスかね、と呟いた白峰に、鷹宮は自分が何も言い返さなかったのを記憶している。
そして、そんなことはどうでもいい、というのもまた、白峰と鷹宮の共通認識であった。
祟りだろうが幽霊だろうが、自分達に害をなすならば殺す。
鷹宮たちAクラス職員と祟り現象の関係は、その一言で充分であった。
…
「ファーストアタックは頂くっス、クソバケモンども。」
「おい…それさっき俺が言ったぞ」
「ええ…ダッサ…」
「おいコラ」
日本に五人しか存在しないAクラス職員には、二つの共通点がある。
「おっしゃァ四キル!次ィ!早くかかって来いやァ!!
「ッぶねぇなお前!どこ見て撃ってんだよ!」
一つは、大野に認められるほどの数多の才能を抱えること。
「良いじゃないっスか!当たって!ねえんだ!し!」
「良いわけねーだろ!当たったらどうすんだ!」
そしてもう一つが、大野に認められるほど頭がイカれていること。
天邪鬼がかき集めた、有象無象の祟り現象など、頭のおかしい奴らの敵ではなかった。
鷹宮と白峰による祟り現象殲滅戦、開「うーん、君たち容赦ないね。特にそこの蓮くんなんて、君の知り合いも混ぜたはずなんだけど。まさか気付いてない?」
空から、天邪鬼が降ってきた。
天邪鬼による日本攻略戦、開始。




