107話 殺さずの力
「おいッ!」
バルカンが声を上げる。
それと同時に、二人は動き出した。
「疾ッ!」
始まりはハンドグンドの攻撃だった。手に持った棒きれを、構えも何もない素人の動きのままに振るう。
もちろんその動作のすべてをリーリャは視ている。
故に、その簡素な軌跡を手で払おうとして、
「リーリャ、その棒に触れるな!」
耳にポーロの言葉が届いた。
その声を聞いた瞬間、咄嗟に体を翻し大きく距離を取った。
ハンドグンドとリーリャの間に大きな間が開いたところで、ポーロが続けざまに声を上げる。
「さっきから、その棒きれに触れたとたんに武器だろうが人の体だろうが何でもかんでもすぱすぱ切れやがる! 俺の足だってやられた!」
自らの半分に断たれた足の先を見せつつ、ポーロはリーリャへと伝える。
その情報をもとに、リーリャは相手の力を精査した。
(奴は、見たところ剣やこん棒の様なものを振るう技量があるわけではない。それでも、あの棒きれに頼って攻撃してる、つまりポーロの言う通りあの棒きれに何かがあるのは間違いない)
それは、あの棒こそが、ハンドグンドの頼るべき武器であるようにリーリャの目には映った。
つまり、あの惨劇は、あの棒きれの一本によってもたらされたものであったのだ。
(油断はできない。だが、早々に倒さなければ、我の魔力が先に底を尽いてしまう可能性もある)
故に、リーリャの持つ選択肢は一つだった。
もともと、ハンドグンドが学園に侵入することを阻止するために追いかけてきたのだ。
「『二舞衣』」
纏うは風と水。
風は元から纏っていたが、それに加えて水を纏う。
水の形状は次第に細まり、一本の矢となった。右手に握られた矢を、左手にさらに作り出した弓に番える。
それは、記憶に新しい、モアラの『シルフの風矢』をマネて構築された、言うならば『疑似:ウィンディーネの水矢』といったところだ。
ただし、本来の『ウィンディーネの水矢』と呼べる魔法とは違い、あくまで形だけの模倣であるためにそこまでの威力はない。
しかし、リーリャは水を使い、弓矢を模ることで、ハンドグンドに対して遠距離による攻撃を選んだのだ。
(恐らく、あ奴の持つ木の枝は必殺ともいえる武器。あの武器の力が振るわれた瞬間を直接は見ていないが、それでも近づくのだけは不味い)
経験に基づく勘を発揮するリーリャ。背後の今まで歩んできた道を見る限り、明らかに前へと踏み込むのは愚策であった。
そこで取り出したのが、遠距離攻撃と言う選択肢であった。とはいえ、リーリャはそも放出系の魔法を得意とはしていない。故に、遠回りではあるが『水之蛇』にて弓矢を形作ったのだ。
番えられた矢を引き絞る。弓は魔法で作られた水でできているために、キリキリといった木の軋む音を上げない。あくまでも、形だけの模倣ではあるが、放たれた矢は弓矢としての機能を十全に持ち、ハンドグンドへと真っすぐに飛来した。
距離は十メートルほど。先程開けた距離を詰めることのないハンドグンドに甘え、矢は放たれたのだ。
しかし、矢を放つにしては近すぎる距離を、ハンドグンドは冷静に対処した。
もちろん、振るわれたのは彼の右手に持たれた木の棒。そして、それが振るわれた瞬間、水の矢は真っ二つに切り裂かれた。
(効かぬ、か)
魔法由来の半液体の矢を難なく切断したハンドグンドは、次に後方へと振り返り、迫ってきた金属バットをはじき返した。
「くそ! なんでそんなほっそい枝で弾けるんだよ!」
背後を付いた不意打ちが有効打になりえなかったことに悔しそうにバルカンは歯噛みをし、枝を警戒して少しばかりハンドグンドから距離を開けた。
しかし、彼にも考えがあるようで、バルカンはリーリャへと指示を飛ばした。
「リーリャ! 援護しろ!」
ハンドグンドを中心として、バルカンとリーリャが対角線上に並ぶ陣形が出来上がった。
こうすることにより、強制的にハンドグンドに対してどちらかの一人が死角に位置する形になる。
もちろんだが、これはバルカンの考えではなく、ポーロの入れ知恵であった。
先ほど、リーリャがこの戦場に介入してきた時、バルカンただ一人だった戦場に自由に動ける塀が追加された形となったのだ。
だからこそ、リーリャとバルカンをハンドグンドが不利になる様に指示を出したのだ。
そして、二対一の戦いの中、ポーロは冷静に相手の分析をしていた。
(……あいつ、やっぱりか)
それは、ポーロにとって確信に近い気づきであった。
もともと、ポーロはリーリャが戦場に加わる前にハンドグンドの力をその身に受けている。
(あの魔法に足を切られはしたが、不思議なことに切り取られた足先はぎこちないが多少は動かせる。痛みもない)
少し先に転がる自らの足を見ながら、ポーロの熱の入った頭は、今拾い上げた情報の欠片から相手の力を導き出しかけていた。
(さっきから、言葉の端々に『殺した』とか『断罪』なんて言葉が入っている)
情報は何処に転がっているかわからない。ハンドグンドがリーリャに向けた言葉すらも、その一字一句を聞き逃さず耳に入れていた。
それは、一つの情報へとポーロを確実に導く。
(……つまり、奴は俺達を無力化するためにこんな魔法を使ったのではない……?)
それは、一つの答えだった。これ一つではポーロの欲する『ハンドグンドの力』に対する答えではない。
だが、確実にその答えは『ハンドグンドの力』を示す証拠へと繋がっている。
(奴の目的は、俺達をこんな状態にさせること……?)
その答えは、とてもしっくりと馴染んだ。
そして、芋づる式に次々とポーロは気づく。
(じゃあ、どうして奴は俺達をこんな状態に……、いや、それはわかっている)
――断罪。
意味もなく。ただ気狂いの様に呟かれていた言葉が、繋がった。
(断罪。罪を犯したものを裁くこと。ああ、そうか。つまりこれは、生きながらのさらし首ってことか)
さらし首、とは少しばかり意味合いは違うが、その意は正解であった。
つまり、今現在ハンドグンドが振るうのは、ハンドグンドにとっての罪人を生きながらに苦しめることができる力なのだ。
それは、罪人であればどんなモノであろうと断ち切る剣なのだ。
しかし、ポーロは一つの疑問を覚えた。
(だが、そうなるとおかしいことが一つある)
ポーロの疑問。
――なぜ、バルカンのバットは切られていない?
それは、今。そして今までに眼前に見てきた光景故に至った考えである。
(バルカンが戦う前、先に戦っていた傭兵らしき男たちの持ち物は、その硬さ関係なくスパスパと切り伏せられていたはずだ)
思い出すのはつい数分前の光景。
逃げる女子供をかばう様に前に飛び出た武装した傭兵たちを、武器諸共ハンドグンドは切り落としたのだ。
それは、ハンドグンドの持つ木の棒の向けられた先が盾であろうと、剣であろうと、金属の鎧であろうと何の抵抗もなく木の棒は深々と侵入し、切り去った。
(全員、使い慣れた武器で戦っていた。おそらく、それだけ信頼できる性能を持った武具だった様に見えたが……)
ポーロが見た傭兵たちの武器は、黒く変色したモノから、新品の様にピカピカに磨き上げられたものまで多岐にわたる。だが、そのどれもが主人を守ることなくその役目を終えたのだ。
だが、バルカンは違った。バルカンの持つ金属バットはその木の棒の侵入を阻み、主人を守っている。
昨日であったばかりだというのに、なんとも主人思いの武器だと、ポーロは少しばかり冗談交じりに思った。
――昨日、であったばかり?
(もしかすると……)
そこで、ポーロの想像は全てつながった。
「おい! バルカン、リーリャ。そいつのつかう力は……」
ハンドグンドの使う力の正体にポーロはたどり着いた。
だからこそ、後は前線で戦う二人に伝えるだけだった。
そう、後は、それだけだったのだ。
「……わりぃ、ミスった」
思考の海から顔を上げ、戦場へと目を向けたポーロが視界にとらえたのは、体を横に分けられた友人の姿だった。
「バルカンッ!!!」




