103話 時間稼ぎ
視界の端に、切り取られた自分の右腕が映る。
自分の右腕を切り取ったであろう太刀は、目の前のハジメの放った光の中から、生えて出てきたのだ。
そして、その一閃により、ハジメは魔法を維持することができなくなった。
それにより、光は次第にその輝きを失い、ルティスが再び姿を現した。
異様なのは、ハジメの放った過剰な魔法の熱によって融解した地面の上を、無傷のままルティスが立っていたことだった。
それは、ルティスが回避行動をすることなく、ハジメの過剰な魔法を防ぎ切ったと言ことである。
その上、ルティスは魔法を発動中のハジメを斬り、その発動を止めた。それだけの行為に、ハジメはようやく、目の前の相手を敵と見定めた。
(こいつは、危険だ)
一メートル半の太刀を、背中に担ぎ、先ほどの様な態度をルティスは保っていた。
それは、ハジメにはルティスの余裕の表れと捉えられた。だからこそ、次の一手を慎重に選択する。
(炎熱系は、今のが防がれたって考えると効くとは考えにくい。だからといって、熱に対する耐性を持っているようには見えない)
本来、熱に耐性を持つ種族と言えば、スライムの様な液体系、もしくは鉱山などに住む熱を遮断するような甲殻や鱗を持つような種族だ。
だが、明らかに目の前にいるのは、どう見たって人間。それも、獣でも竜でも魔でもない純粋な人だ。
となると、次にハジメの思考に浮かんだものは、魔道具の存在だった。
万ともいえる種類を持つ魔道具の中には、もちろんだが防衛を目的とした魔道具だって存在する。
特に、今回大会で使われたような、装着することで身を守ることのできる物だと、あたりをつける。
熱の遮断、冷気の発生、温度の維持。考えられるパターンは多く浮かぶが、ハジメは「違う」と判断した。
(先の魔法を防ぐ魔道具となると、城砦に取り付けるような超大規模なものになる。いや、なってしまう、だな。もしかしたら、俺の知らないだけで小型化には成功しているかもしれないが)
だが、ハジメに言えることは一つだ。
(そんな貴重なものを、持っているようには見えない)
記憶を探れば、ルティスの装備品は、シンプルな布地のシャツにズボン。それに、ものが隠せなさそうなほどボロボロのマントだった。
となると、魔道具となりえるような品を持ち合わせていない。そして、その浮浪者の様ないでたちの人間が、ハジメも知らないような技術が使われた高価な魔道具を手に入れることができる人間ではないであろう、とハジメ判断した。
(……足止めだ。とにかく、外の避難がすむまで俺がこいつを足止めしないと)
右腕に対し、軽い回復魔法をかけ、止血を施す。本格的なモノを使うには、今受けているダメージを考えると腰を据えて集中しないといけないからこそ、相手に隙を見せる心配のない止血で応急的な治療を済ませた。
そして、ハジメは考えを、敵の殺傷から足止めへと変更した。
「『ウィップ』」
詠唱破棄から、魔法を呼ぶ。ほぼ予備動作なしに放たれた魔法は、いとも簡単にルティスを捉えた。
土属性の中級に属するこの魔法は、地に埋まる植物にその効果を発揮する。訓練場の地面に植物があるとは思えないが、ハジメの魔力をもってすれば、訓練場の基礎よりも下に存在する植物の根を引きずり出して、攻撃することも可能なのだ。
足、膝、腰と、植物の根は蔦の様にルティスへ絡まって行く。
(恐らく、直接的なダメージよりも物理的な拘束が有効、か……?)
そのハジメの予想通り、下半身の動きを蔦に制限されたルティスは、見た目通りに、動くことができない状態になっていた。
だが、もう油断はしない。
「『マッドシェイプ』」
次に発動したのは、水と土組み合わせた魔法。水にて作り出した泥を土魔法にて操る、拘束に特化した魔法だ。
植物の根の次は泥。足元が泥となり、植物に覆われた足を、さらに上から拘束する。
右腕を失った影響か、魔力の制御がうまくいかない。やはり、右腕を失い、立つのもやっとな状況ではいくつもの魔法を制御するような集中力を保つことは難しい。
「『ファイア』」
作戦を変更する。咄嗟に泥を火魔法を使って乾かし、マッドシェイプの制御を放棄する。同時に、ウィップによる拘束も制御を手放した。
泥の様な液状の物体を使った高速魔法とは違い、ウィップによる拘束は、制御を手放しても効果がなくなることはない。
だからこそ、次の対応策を打つ。
「『アースエッジ』」
一本の杭の様に先の尖った岩が地面に形成され、放たれる。
岩の杭はルティスの胴体を貫き、背中から突き出た。腰から下を固定されたルティスは衝撃から体が背後へと傾き、杭の先が地面へと接触すると、接触した先から地面へと融合し、ルティスは磔になるような形で地面へと縫い付けられた。
蔦と乾いた泥のによる下半身の拘束と、岩の杭によって胴体を地面に縫い合わされたルティス。
――だが、ルティスの顔は、いまだその飄々とした表情を崩さない。
「……いいことを教えてやる」
現在、ルティスが動かせるのは、首と腕部分だけだ。だが、その状態でも友人の様にルティスはハジメに話しかける。
「これも、俺には効かない」
ルティスが右手に持った太刀が無造作に振るわれた。
その動きは、ハジメには残像を捉えるだけで精一杯の速度だ。そして、その一振りが、ルティスの足を斜めに切断した。
次に、胴体に刺さる杭を細かくし、泥を切り刻み、蔦を断ち切る……ルティスの体と共に。
だが、ハジメは自らの目を疑った。刃が通り過ぎ、後は斬られた部分がずれ落ちるだけと思った胴体には、傷が一つもなかった。
斬られたはずなのに、切られてはいなかった。
そして、まだルティスの忠告は続いた。
「……それに、ここに来たのは俺だけじゃあない」
――――――
同時刻。
それは、学園の別の地で。
新人大会の第一訓練場から少しばかり離れた場所。
「ああ!? 何だよこいつら!」
怒声。その声の主は、既に燃え盛るエンキだった。
そして、その横には二ーベルトとオーレルクスが並んでいた。
だが、いつも余裕を持ったにやけ顔を晒す二ーベルトが、目の前の存在に対して、少しばかり額に汗を流して笑っていた。
「ははは……、さて、どうしたものかな」
「……にげる、わけにはいかないな。なにせ、今日はこの学園の生徒だけではなく、一般の客が参加している。一年であろうと、学園の関係者である僕たちには、ここで戦う義務がある」
その視線の先には、三体の異形が立っていた。
一体はその身に骨の様な翼を生やし、一体は尾の様な巨大の肉塊を引きずり、一体は複数の顔を並べた異形が、牙を剥きだしににし、エンキ達と相対する。
「しかし……あの布、どこかで見た覚えがあるな」
二ーベルトの口からこぼれたその一言は、次に動き出した異形達の猛攻の中にかき消えた。
――――――
「逃げて! 逃げて!」
テレサは駆ける。
自らが囮となりつつ、学園の人のいない方へと、駆け回る。
時折、見かけた人間に対して逃げろと叫びつつ、旋回をして駆け回る。
木を足場にし、建物の屋根へと跳躍する。屋根を補強する建材を魔法で削りながら、派手に自分がここにいると、追跡者へと知らせ、おびき寄せる。
「きゅるるるるるる……」
喉を鳴らし、テレサを追いかけていた追跡者が顔を出した。
それは、歪に歪曲した巨大なくちばしに、赤い目をを備え、小さく低い唸り声を絶え間なくその赤い喉から発し続ける、鳥の姿をした魔物だった。
その魔物が顔を出した瞬間、テレサは魔法で削り取った屋根の一部を投げた。
身体能力に長けた獣人族だからこそ、そして、森の中で育ったテレサだからこそ、その投擲を見事魔物の喉へとあてることに成功した。
「おっしゃヒットォ! あ、それじゃあ私はあっち行きますねーっ!」
投石が弱点にヒットしたのか、少しばかりひるみつつも、テレサをにらむ魔物。
もちろんながら、テレサは選ぶのは囮であって、逃走ではない。故に、魔物に対して見えるように移動を開始する。
――――――
「なに……あれ……」
目の前の光景にサリアスは絶句する。
悲鳴がする。そうリーリャがいい、駆けて行った。
そんなリーリャについていかないわけにもいかず、サリアスも一緒になって走った。
そして、その先に広がっていたのは地獄だった。




