102話 空から
投稿再開。しかし、また途切れると思いますが、ご容赦ください。
場所は変わる。
大会の選手控室にて、そこで睡眠をとるサエリアと、読書を嗜むハジメの二人が部屋でくつろいでいるところ、大会の係員らしき生徒が入室した。
「あ、ハジメ殿下ですよね」
ローブに入っている色を見れば、ハジメよりも上級生だと分かる男性が、少しばかり気さくに話しかけてくる。
「少し問題があったので、ハジメ殿下に対応してもらいたいのですが……よろしいですか?」
貴族の出ではないのだろうか、少しばかり拙い敬語で、ハジメへと話すその学生は、笑顔でありながらも、どこか焦った様に汗を額に流していた。
おそらく、急いでこの控室まで走ってきただろうことがうかがえる中、ハジメはとりあえず、何が起こったのかを聞くことにした。
「……、と言うわけで、ハジメ殿下に代わりの決勝戦前の演説をしてほしいとのことで……」
「……はぁ」
学生の口から出てきたのは、明らかに、ハジメとしてはあまりやりたくない役回りであった。
しかしながら、現在この学園に通っている王族は自分だけであるために、渋々と仕事を引き受ける選択をする。
(親父め……めんどくさいことを押し付けやがって……。どうせ、リーリフルの使者とか言うのもでまかせかなんかだろ……)
自らの知る親のいたずら小僧の様な表情を思い出しつつ、なぜこうもあいつに似ているのか、と。遥か昔の自らの伴侶を思い出し、懐かしさを覚えるハジメであった。
「それで、演説といっても何話せばいいんだ?」
控室からでて、演説のために会場に移動する中、先ほどの学生にハジメが話しかける。
「演説といっても、形式的なものですから、簡単に済ませてもらっても構いませんよ。例えば、『本日はお日柄もよく~』的な感じで」
「そんなものでいいのか。と言うか、去年は親父は何て言ってたんだ?」
「王様ですか……。確か、『あ~、今日はいい試合を見せてもらった! だから、私もいい応援をしようと思う』って言いながら、魔法を使って会場を炎で包んだところで、前会長に必死で止められていましたね」
「まったく……。何やってるんだ親父……」
身内の行動に呆れつつも、会場前にハジメたちはたどり着いた。
「それで、演説はもう初めてよかったんだよな」
「はい、元々時間延ばしてますから、いつ始まっても問題はないと思いますよ」
「いい加減なんだな。まあ、相手側の体調とかもあるしな。それじゃあ、いってくる」
「はい、言ってきてください」
そうして、ハジメは会場へと足を踏み入れた。
『あ、ここで、レットリア王に代わり、次の決勝戦で戦ってくれるハジメ様の演説が入ります!』
ハジメが会場に向かっていたことを事前に聞いていたリラが、既に実況席について司会として場を進行させていた。
リラの司会としての告知が終わったところで、静かになった会場の中を、事前に聞いていた通りにハジメは会場の中心へと立った。
立ち止まったところで、後ろに控えていた大会の係員の学生が拡声用の魔道具をハジメの前に置く。
少しばかり呼吸を整え、小さく唾をのんでハジメは口を開いた。
『あー、レットリア王国、第二王子のハジメ=イチノセだ。知っているだろうが、この学園を卒業すると同時に、親からレットリアの名を継ぐつもりの若造だ』
まずは少しばかりの自己紹介。
冗談交じりに、自分のことを未熟者であるかのように嘯きつつ、演説を行う王族らしく、大きな態度で場を繋げる。
『今回は、決勝戦に進ませてもらった身なのだが、本来この場に出るべきだった親父の代わりとしてここで演説することになってしまった男でもある。だからこそ、俺がここで言える事は少ないのが問題だ。選手である俺が自分で自分を激励するにしても、この場でするにはちょっとばかり問題があるしな。だからここで言わせてもらうことは一つだけだ……』
あまり長くするつもりのないハジメは、できるだけ簡潔に自分の言いたいことを言葉にする。
最後の一言をかっこつけて言うために、少しばかり間をおいて、空気を肺へと吸い込んだ。
『次は……――』
しかしながら、それは空から、迫ってきていた。
「――っ!?」
如何にかっこつけていようと、元は歴戦の戦士であったハジメは、自らの頭上に落下する何かに気づき、すぐさま体を後方へと移して回避した。
「な、なんだ……?」
会場となる訓練場に敷き詰められた土が、かなりの高さから落下したのかハジメを含め、落下物の姿を覆い隠していた。
「……『ブリーズ』」
一向に開けない景色を、ハジメが魔法の風で一吹きする。
景色は晴れ、ハジメへと落ちてきたモノが、その姿を現した。
「……あー、痛った。何だったんだよ、さっきの魔物……で、ここ何処だ?」
白色の髪に、無精ひげの生える手入れのされていない顔。服装はシンプルなもので、無地の服を上下に着て、その上に全身を覆えるようなぼろきれの様なマントを羽織っている。それに含め、大きな太刀が一本。包帯の様な細長い布で刀身を巻かれ、背中に背負われていた。
ところどころが、ボロボロではあるが、その男の体は先ほどの落下ですらも、傷一つついていなかった。
(あの落下、衝撃から考えても風や水でクッションを作ってた様子も、土で防御した感じでもなかった。今の様子を見る限りでも、火による強化もしてないんだろうな、たぶん。それに、ちょっと自身はないが、さっき頭から落下してなかったか、あいつ)
突然現れたイレギュラーへと、警戒を強めながら、静かに分析を進める。
(身体能力がもともと高い、って所か。魔法を使ってないところを見ても、明らかな戦士系。もし戦闘になったとしても、生死度外視で殲滅魔法を撃てばいける……)
「おい、あんた」
思考の途中。目の前の男が、ハジメへと声をかけてきた。
一度分析を中断し、剣を下ろした。ハジメとしては交渉をする、という姿勢を見せて、相手がこちらへと抱く警戒度を下げようと考えてのことだ。
「……なんだ」
睨む。
剣を下ろしてもなお、刃よりも鋭いハジメの視線が男を貫いていた。
「お、おいおい。そう睨むなって、俺としてはちょっと道聞きたいだけだから」
「……睨んでない。まあ、それは置いておくとするが、それで?」
「お、一応聞いてはくれるんだな。いやなに、ちょっとここがどこか教えてくれるか? 今自分がどこにいるかもわかってないんだよ、俺」
「はぁ? ……まあ、いいか。ここは、クラマキナ。バルビロンの町にある魔導学園クラマキナだ」
気さくに話す白髪の男の問いに対する答えを、ハジメは用意した。
そして、その答えを聞いた男は、少しばかり驚いたような声を上げた。
「まじか」などの言葉が、次には「ラッキー」と、喜びを表したものに変化したところで、ハジメが口を開いた。
「……なあ、お前は何で空から降ってきたんだ?」
「ん? あ、ああ。いや、空飛んでた魔物に咥えられてな、ここらへんで落とされた」
何か喜びに浸っていた横をつついての発言に、少し反応が遅れつつも男はあっさりと返答をした。
その答えに、半分ほど信じることのできないハジメが、訝しさを隠すことができずにいた。
「……にわか信じがたいな」
「ははは! まあそう言うなって。あ、そう言えば、お前、なんて名前だ?」
偶然に気の合った初対面の人間が親睦を深めるように、男はハジメへと名前を聞いた。
そして、かなり緩んだハジメの警戒故か、二つ返事で自らの名を答えた。
「ハジメって言うのか。短い付き合いになると思うが、よろしくな」
だが、そこでハジメの緩み切った警戒が、遅すぎる警笛を鳴らした。
するりと、布のずれる音がした。何の音かと問われれば、それは、白髪の男――ルティスが太刀を抜き、その刃を晒した音だった。
抜かれた太刀にあてがわれていた包帯は地面に落ち、そして、ルティスは太刀を構えた。
「どういうつもりだ?」
疑問。ハジメは、再び疑問と共に剣を上げた。
「ああ、俺は俺の生き方に従って、宣告はさせてもらう」
構えた太刀を、横なぎに振るった。
空気は震え、『ブリーズ』の影響にさらされなかったために、今だ会場に残っていた土埃がすべて払われた。
「俺の名はルティス。己が義を貫く『義竜』の名をもってる。そして、この度は、俺の儀を通すため、俺は友人ティマへの借りを返すため、この学園で暴れさせてもらう」
切っ先をハジメへと向け、ルティスは宣言した。
「俺は、この場にて人斬りとして馳せ参じた」
異様な程、仰々しく、わざとらしい宣言をハジメへとルティスは向けた。
その一句が最後になった時、会場は炎に包まれた。
「『ファイアーサークル』」
中級の難易度を持つ魔法が、詠唱を介さずに簡単に発動された。
発動者は、もちろんハジメだ。
そして、発動された炎は、円を描くように今回の新人大会の会場となる訓練場を包み込み、出入口をふさいでいた。
(……)
その炎は、大会の選手となる人間が戦う場だけではなく、それを見る観客達が座るであろう、観客席も包んでいた。
何故なら、そこには誰もいなかったから。
ハジメたちの会話の最中、生徒会が観客たちを避難させていたのを見ていたからこそ、ハジメは遠慮なく相手の逃走経路をつぶした。
「場は整ったみたいだな」
「ああ、おかげさまでな」
火に包まれた会場を見渡して、ルティスは人並みな感想をこぼした。
魔法の炎は、魔力を燃料とする。大きく燃え上がる炎は、つまるところそれだけの魔力を消費しているということだ。
魔力を費やし、火力を上げる。英雄の魔力を持つハジメにとっては、これ以上の無い攻撃手段であった。
故に、
「さっさと終わらせるぞ。燃えろ、昂れ、灰燼は残らず、ただ無だけを残す『陽よ照らせ:フレア』」
それは、魔法を使えない故に、魔法的な抵抗力の低い人間に対するには、あまりにも過剰すぎる魔法だった。
太陽が雲間に光を差すように、その場から動かないルティスが、白く包まれた。
いや、白ではない。あまりの光量に、白としたか捉えられない、と言った方が正しい。
恐らく、至近距離で発動したハジメすらも、魔法の発動者を保護する術式がなければ、光だけで目を焼かれ戦闘不能になっているであろう程の光が、ルティスを覆い隠した。
そして、その光は詠唱からわかるとおり、その属性は火だ。つまり、その光は、膨大な熱量から成っている。
魔法的な突然発生を経てできた炎であり、その上周囲の被害を抑えるための術式を何重にも掛けたうえでの発動であったために、光以外の影響は外部にはない。
しかし、その内部は数字にして表すのもばからしいほどの温度で構成されていた。
そんな魔法を受けて無事でいられる人間なんて存在しない。人間よりも肉体的に強靭である獣族や、竜族、魔族ですら生存できるようなものではない。
よく見れば、光の端の結界で守り切れなかった部分を見れば、地面がガラス状に溶解しているのが見て取れた。
だからこそ、ハジメは油断した。十数年のブランクと、明らかに相手に対しては過剰といえる魔法の行使故か、ハジメは、その斬撃に気づけなかった。
一閃。眩いほどの光の中から、静かに、だが確実にその凶刃がハジメを襲った。
「っ、なぁっ!?」
半身をずらし対応するも、その刃はハジメの剣を持つ右腕を斬り飛ばした。




