99話 魔法使い対騎士
「最終日、か」
小さく、そうつぶやいてハジメは歩き出した。
その言葉は、めんどくさいというハジメの感情を伴って吐かれ、その言葉を唯一耳にしたサエリアが文句を言うように口を開いた。
「何か?」
「いや、速いもんだな、と。それに、今更になってお前の言う予感が信じられなくなってきたってのもあるな」
「そう。まあ、もう出たからには逃げられないよ」
「ほんと、なんでお前の提案に乗っかっちまったのか。今更担って後悔し始めたばかりだ」
「ほら、キビキビ歩く! もう時間は迫ってるんだから」
上から目線のサエリアが、王族であるハジメの背中をバシバシと叩いて前へ進むことを強要する。
本来ならば、不敬罪とか言われる物なのだろうが、ハジメはそう言うことを一切考えていない。と言うよりも、前世の記憶のせいか、そのような身分に囚われた考えを持てないといったところだろうか?
そのおかげ、王位継承権一位ながらも、重役の貴族からは腫れもの扱いされていたりするが、それはまた別のお話だ。
今は、目前に迫った新人大会のことだ。
なぜなら、今日の準決勝は少しばかり相手に問題がある。
今回の相手に、本人は負けるつもりなど毛頭ないが、しかしながら負けてしまうとかなり問題のある相手だからだ。
(その上、昨日の試合を観察する限りだと。かなり相性が悪い相手だ)
自らの戦い方と昨日の内に観戦した相手の戦い方では、かなり自分たちの分が悪いと判断できるものだった。
故に、対策を考える。
思考の中で、自らの知る魔法を重ねている間に、気が付けば会場の入り口へと到着していた。
案内の生徒に促され、思考を切り替えて目の前を見た。
『――――――! ――!――、――――』
ハジメの耳には、実況席に入りリラの声が届かない。
それほどに、ハジメは今。目の前の人間に集中していたからだ。
ハジメたちよりも先に会場に入っていた人影。
片方は、身の丈に合わぬ大剣を持つ、背の低い子供。
もう片方は、今にでも意識の隙間に溶けて消えそうな平凡な少年。
両者に共通するのは、この魔法使いたちの戦いの場において、唯一の魔法を使わないものだということだ。
彼らは、レットリア王国の隣にある国に存在するローレン騎士学校が、このクラマキナに送り付けてきた刺客なのだ。
もちろんながら、実力は既に、この準決勝の会場に立つ、という行為で示されている。
そして、ハジメと、その勇者仲間であるエイラはとある予想をしていた。(実際は、エイラの占い結果が大半の理由を占めているのだが)
――それは、この二人のどちらか。もしくは、両方が勇者である可能性があるということだった。
ハジメは、事前に調べていた相手のプロフィールを記憶から掘り起こす。
大剣を背負う少年が、テストラス。戦闘スタイルは、力に任せた大ぶりな攻撃だが、その膂力は軽く人間の常識を超えており、なめてかかれば痛い目を見る。
平凡な少年が、シャマ。二振りの剣を使った双剣使いで、基本的に相方の戦いぶりに埋もれて目立たないものの、確実に相手の死角を取る様に動く、油断のならない相手だ。
(確か、棺の勇者を除けば、勇者は全員で八人。その中で騎士と呼ばれるような近接戦を得意とするのは二人……。)
一人は、勇者最強の話において、真っ先に名前の挙がる人物――剛健の勇者レツ。近接戦においては勇者最強と言われ、自らの肉体をもってして人類史最悪の敵を討った功績を残した勇者だ。
二人目は、死後にこそそのすべての功績を認められた人物――暗刃の勇者ヤミ。彼の戦い方についての記録はそう多くないが、少なくとも魔法を苦手としているという記録は残っている。
(そして、候補から外したが、三人目は俺、と。)
もちろんながら、竜の勇者も近接戦を得意としていた。
生前の記憶から、この時代でも剣を磨く時間はあったが、そこにはとある問題が付いて回っていた。
しかし、その回想をする前に、試合開始の鐘は鳴らされる。
「それでは、準決勝第二試合……、始めぇええええええええっっっ!!!!!」
会話することもなく、目の前の騎士たちは動き始める。
その戦闘スタイルを事前に試合を観戦することで情報として得ていたハジメ達二人は、その動きに冷静に対処する。
まずは、足場から。
「『アースクウェイク』」
ハジメは、右と左に散開する二人をしり目に、まずは地面に魔法を打ち込んだ。
選択したのは『大地を割る魔法』。均された会場にひびを作り、割る。それだけで、戦場を駆けるものにとっては戦いにくい場を作った。
「『土壁』」
そして、次はサエリアが魔法を発動させる。
発動したのは、土魔法でも基本的な魔法の代表である『土壁』。それを自らの足元に作り出すことによって、罅割れ砕かれた大地とから、ハジメたちは離脱した。
まるで、ステージに立つ主人公の様に、下と上に分かたれる戦場。
ひび割れた大地には騎士の二人が立ち、上に出来上がったステージには魔法使いの二人が立った。
騎士たちは魔法を使えない。故に、ハジメたちへその刃を届かせるためには、石の海を越え、せりたった土壁を登らないといけないという、誰が考えても勝ち目のない袋小路へと立たされていた。
「やっぱり、期待した通りじゃねぇか……」
だが、そんな状況の中で、遂に騎士の一人が笑い、しゃべった。
もちろんながら、その一言は会場の喧騒に消える。だが、その関心は、ハジメが、相手への警戒を高める理由足り得るものだった。
「次、行くぞ」
「いいよー! 『エアフォール』」
ハジメに促され、サエリアがさらに防御を固める。その魔法は、土壁を登るものを落とすために、上から下へと暴風を叩きつけるものだった。
風を設置し終えたサエリアは、次の行動をハジメに求めた。
「それじゃあ、頑張ってね。言い出したのはそっちなんだから」
「ああ、もちろんだ。奴らは俺達に近づくことなく、この試合は終わる」
ゆっくりと、魔力をハジメは練り始める。その間も、相手はハジメたちに迫ろうと歩をすすめる。罅割れ大地には、中には数十センチもの段差が無数に広がっていて、以下に身体能力が強靭な騎士であろうと、その足場の不安定さには苦戦していた。
だが、その最大の理由はサエリアの妨害にあった。踏み下ろそうとした場所に、魔法の矢を撃ち、不安定な体勢を煽る様に風を吹かせる。
攻めるに攻め切れない中、ハジメの魔法が完成する。
「呑め『アクア』」
それは、単純な基礎魔法。だが、それが数分と言う時間をもってして範囲と効果を上昇させた常識離れの『アクア』であった。
巨大な水が会場を呑み込む。結界ゆえに、観客席には到達しないものの、水は洪水の様に会場を満たしていった。
あとは、この会場を満たした水を氷結させるだけだ。
相手の騎士は、たとえ十数キロになるような装備をしていたとしても、水の中を泳げる訓練をしているだろう。
水に呑まれた非常時であろうと、慌てずに真っすぐサエリアの妨害を避けながら向かってくるテストラスを見れば、その練度が如何なるものかがわかる。
故に、精密さを無視してでも、ハジメは会場にを埋める水をすべて凍らせられるような魔力を練った。
そして、魔法は放たれる――、
「――っ!?」
「えっ……!?」
咄嗟にハジメは魔法の発動を途中でやめ、身をよじる様にその場から回避する。
何故なら、背後から殺気を感じたから。そして、確かめるように剣を向ければ、そこにはつい数瞬前までには居なかったはずの影が、そこに存在していた。
「おしいな」
会場に比べれば小さな足場。
直径8メートルほどの、ほぼ円形の足場の上に、ハジメとサエリアの視線の中、三人目となるシャマが立っていた。
(こいつ、いつの間に……、いや、それよりも――)
――ここは、奴の間合いだ。
この時、ハジメはこの二度目の人生にて初となる窮地に陥った。




