96話 新たな使い方
(普通だ)
そんな思いを、戦いの中にこぼすのは青髪の剣士――クリウスであった。
何故そんなことを考えているのかといえば、それは現在、拳と刃を交えている目の前の相手に原因があった。
(これが、あの化け物を倒した人間か?)
クリウスが思い起こすのは、自らの身の丈よりも巨大な黒イノシシ。
故に、思う。ここまでの一連の打ち合いの中、その強さは如何ほどかと。
だが、想定していた戦いと比べると、この戦いは大きく下回っていた。
モアラのサポートもあり、サリアスの邪魔がそう多くは入らない中、真正面からリーリャという強さを見ることができているが故の感想だった。
そうして、戦う中、気づく。
(……何か、試している……?)
戦闘の中、リーリャの纏う魔法に違和感を感じたのだ。
クリウスは、近接戦闘を得意とする魔法使いだ。戦士と見られがちだが、その戦闘スタイルはしっかりとした魔法を下地とした、まっとうな魔法使いなのだ。
故に、同タイプの戦闘スタイルであるリーリャの違和感に気が付いたのだ。
だからこそ、それを問いかけるために、クリウスは剣を下ろした。
構えを解いたクリウスを前に、リーリャもその動きを止めた。
「どうした、クリウス? 降参でもするか?」
「それはこっちのセリフだな。……どういうつもりだ?」
示すところは、今までの戦いぶり。クリウスにとっては、リーリャの行為はとてもじゃないが褒められたものではない。
明らかに、戦いの最中に、何かを確認するように意識がそれることがある。そして、それに伴ってリーリャの魔法が揺らぐ時があるのだ。
その揺らぎは、どう考えても故意的なモノであり、何よりも普通の身体強化魔法ではない魔法、というある種、何が起こるかわからない精密な制御の必要な魔法を揺らがせるというのは、クリウスの知るリーリャと言う存在が行うとは思えないのだ。
「む、もうバレてしまったか」
「なんだ? ドッキリでもするつもりだったのか。それならすまなかったな、だが、俺も魔法使いだ、その位わかる」
チラリと、クリウスは後方に控えるサリアスとモアラを見れば、彼らもこちらの話を聞く体制をとっていることがわかった。だから、言葉を続ける。
「それで? 何をしようとしてたんだ?」
聞く。
その不安定な制御で、何をしようとしていたのか。
「そうだな……。説明した方がいいか?」
だが、リーリャはその問いかけに対して、疑問を返した。
それが、クリウスの耳に届くころには、クリウスは笑っていた。
「ははっ、確かにそうだな。言う必要はない。こっちから止めたうえで何だが、試合の続行をしよう」
「ふむ、まあ休息にはちょうどよかったぞ。では、やるか」
「ああ、だが。一つ、聞かせてくれ」
「なんだ?」
「もう、準備はできたのか」
剣を顔の横に並べるように構える。
そして問いかける。準備はできたか、と。
その問いに、リーリャは笑う。
にこりと綺麗に笑ったその顔からは、ああ、と同意の声が聞こえた。
同時に、クリウスが動く。構えから繰り出されるのは突きだ。
体重を乗せた、クリウスにしては珍しい必殺の突き。
本来、クリウスにとっては必殺であり、尚且つ隙の大きなこの技は戦いにおいてあまり使いたくはない技であった。
だが、この距離なら。このタイミングなら当てられる。
その自信をもって、踏み込まれた足を軸にクリウスの体は前へと進み――――その自信は、空を仰ぐ自らの視界と共に、打ち砕かれた。
「っ!?」
「『魔闘付与』そうだの、モード【二舞衣】と言ったところか?」
聞こえる声。
咄嗟に、受け身をとり、後頭部へと加わるであろう衝撃を殺したうえで、跳ねるように体を動かして転んだ姿勢から体勢を戻す。
(何が起きた……?)
理解できなかった。
恐らく、理解が追い付かないまでに自然に差し込まれた。
突き出された剣を、数センチ、半身を逸らしただけでリーリャが回避したところまで、クリウスは認識した。
だが、次からがわからない。なぜなら、その直後に広がったのが一面に広がる青空だからだ。
しかしながら、クリウスにとってこの動きは覚えがあった。
「これは……、武術か?」
それは、関節や重心を利用し、相手の体勢を崩すと言う武術だ。
名前は忘れたが、何時かに立ち会った貴族が使っていた覚えがある。
しかしながら、故にわかるものがある。
――これは、そんな洗練されたものではないと。
―――――――――――――――
魔道具作成。
それは、簡単に言えば小さな箱の中に、一つの魔法を作り上げるというものだった。
そして一人の少女は理解する。
仕切りがあれば、魔法同士は干渉しない。
魔法を纏うという性質上。その少女の魔法はとある問題があったのだ。
体に纏った魔法は、二つ目を発動すると、魔法が混じり合い、暴走してしまう可能性があったのだ。
故に、その魔法は一つの魔法しか纏うことを許されなかった。
だが、少女は理解した。
魔法の仕組みを理解していた少女は、次に魔法の配置を考える。
要は、魔道具も、魔法陣も、詠唱も、人体も同じことだったのだ。
魔法を構築する。それぞれは、区切られた範囲のみで出来上がる。
故に、少女は新たな力を手に入れる。
「『魔闘付与:モード【二舞衣】』」
足と目。それぞれに違う魔法を纏わせる。
それは全視の知覚をもってして、風の様に相手を狩る。
「行くぞクリウス。我は、今再び戻ってきた」
一日を通して、力を戻し、二日を通して、新たに開花させた。
故に三日目は、その力を振るう時だ。
少女は競う。自らの力を、友人に自慢したいがために。
―――――――――――――――
(リーリャさんが動いた!)
様子を後方から見ていたサリアスは、リーリャがクリウスの渾身の突きを、『全視之鷹』で動きを読み取り、『風之獣』の速度で足を刈り取った様子のすべてを見ていた。
これを好機と判断し、サリアスは咄嗟に扱える魔法を発動する。
氷の礫を飛ばす。もちろんながら、それを見逃す相手ではなく、モアラは狙いを逸らすように風で礫を吹き飛ばした。
しかしながら、その行為を引き出すのがサリアスの狙いであり、これによりモアラの動作がワンテンポずれる。故に、クリウスはリーリャの追撃をモアラのサポートなしで受けることとなった。
やはり、受け身から急に体勢を整えたクリウスの方が、行動においてリーリャの動きに後れを取る。
握り直した剣が、正眼に構えられる頃には既にリーリャの攻撃は寸前に迫っていた。
一撃目。ストレートのパンチ。リーリャの右腕から放たれ、顔を狙ったそれを、体を横に捻り、回避する。
二撃目。左フック。避けられること読んでか、その左腕はストレートが回避された瞬間に放たれた。剣ではなく、拳の間合いはクリウスにとって不利であり、剣を振るうには速度が足りない。故に、リーリャの胴に蹴りを見舞い何とか距離を取る。
三撃目。胴に到達するまでに差し込まれた足。蹴りはリーリャに届くことはなく、逆に近距離で無詠唱で放たれる『ファイア』の魔法を受けてしまう。
リーリャの攻撃が畳みかけられる中、類稀なる戦闘センスでその攻撃を何とか回避する。
しかし、インファイトの特徴である連続攻撃は止まることを知らず、時には簡易的な魔法も絡められ、回避のための逃走経路はどんどんその幅を狭められてゆく。
故に、叫ぶ。この状況を打破できる手を持つ者を。
「モアラァッッ!!!!」
「わかってますよ! 『フルエンチャント【ストレングス】』!」
叫ぶクリウスに呼応し、全力を持ってモアラは魔法を発動させる。
その魔法は、エンチャントと呼ばれる、魔法によって対象の力を増幅させる魔法。
対象は、クリウスの全身。効果は、筋力の増強。
炎にあぶられるような高揚感が、エンチャントの完了と共にクリウスを包む。
燃え盛る様に、エンチャントを駆けられた体はその力を得たことにより、一つの選択肢をクリウスへと提示した。
故に、従う。自らの意志の赴くままに。
剣を下げ、リーリャへと蹴りを見舞う。もちろんながら、風を纏ったリーリャの足は先ほど同様に胴を狙った蹴りを防ぐ。
が、その威力は先ほどとは全く違った物だった。ガードのために差し込まれた足ごと、蹴りの勢いでリーリャは後方へ吹き飛ばされる。
勢いが背面から転びそうになったが、サリアスの魔法のサポートにより体勢を立て直した。
「ふむ、形勢逆転か」
「いやいや、なんでそんなに余裕そうなんだよ」
戦いの最中、軽口を交わし合う。
どんな状況でも、余裕をもって接すリーリャは、落ち着いて纏う魔法を切り替える。
どんな状況でも、堅実に決め手を探るクリウスは、落ち着いて剣を構える。
クリウスは、思う。
何故、目の前の好敵手はこんなにも悠然と、不敵に、余裕を前面に出して構えられるのか、と。
正面に立つクリウスだからこそわかる。五年前のあの時を知るからこそわかる。この五年間、この少女を超えるために強くなったからこそわかる。
もう、リーリャの魔力はそれほど多く残っていないことを。
この四人のなかで、最も保有する魔力が少ないのは、他ならぬリーリャなのだ。
それは、血筋ともいえる定めであり、世界の法則で言えば、改ざんされた歴史に呑み込まれた小さな魂であった故に、リーリャの魔力は人並みを少しばかり超えた程度しかないのだ。
それを、節約し、維持し、リーリャは戦っている。だが、新たなる力、『二舞衣』は異様に魔力を食い散らかした。故に、リーリャの戦える時間は残り僅か。
しかし、リーリャは不敵に笑う。悠然に構える。余裕をもって、軽口を吐き出す。
決着まで、あと僅か。




