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飛べない魔女の方程式  作者: Ant.
幕間
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9/37

SIDE:M

 拝啓

 ペロフスキー神父様


 いま、わたしは新しい部屋にいます。白くて、静かで、とても合理的な場所です。

 窓があります。

 空は見えますが、開きません。

 最初から、そういうものだと分かりました。

 ベッドと机と、椅子があります。

 高さも、距離も、まるでわたしのために誂えられたようにぴったりでした。ベッドのマットレスは柔らかくて、雲の上で寝ているような気持ちになれます。

 お風呂とトイレもついています。洗面台もあります。

 教会や寮では全部共同だったから、なんだか落ち着きません。

 贅沢な悩みだと思います。

 だからきっと……すぐに慣れると思います。

 ……たぶん。


 わたしを部屋まで案内してくれた制服の人たちは、優しくも冷たくもありませんでした。

 質問には、すべて正確に答えてくれます。

 答えられないことは、最初から答えないと決めているみたいでした。

 それは、合理的だと思います。

 わたしは、こういう場所に来たことを、怖がるべきだったのでしょうか。

 それとも、安心すべきだったのでしょうか。

 どちらなのか、分かりません。


 神父様。

 「暮らせそうか」と聞かれました。

 わたしは「集中できます」と言いました。

 嘘ではありません。

 でも、あれは質問への返事として、正しかっただけで、わたしの気持ちそのものではなかった気がします。

 ですから、今、考えています。

 わたしは、ここで、「一人」になるのだと思います。

 でも不思議なことに、完全に一人だ、という感じはしません。行動や感情がモニターされているからではありません。

 わたしに「暮らせそうか」と聞いた担当の制御官は、必要なときは同行すると言いました。

 「暮らせそうか」も「同行する」も、その言い方は規則の説明ではありませんでした。軍規や条文が人になったような人なのに、あのときだけは違いました。

 たぶん、あの人は、無意識だったのでしょう。だからきっと何も覚えていないし、覚えていたとしてもいつか忘れてしまう言葉だと思います。

 でも、わたしには約束みたいに聞こえました。

 約束じゃないのに……。


 約束……。

 いまはとても悲しい言葉に思えます。

 神父様が持たせてくれたご本は、この白いお部屋に全て持ち込めました。

 でもお人形だけは担当の制御官にお預けしたのです。

 わたしがわたしの源泉と仲良くできるようになったら、返してくださいとお願いしました。

 制御官は、再評価の後に決めると言いました。

 あれも、約束だと思っていいのでしょうか。

 ……わたしがちゃんとできたら、忘れずにいてくれるのでしょうか。


 だから今夜はエドヴァルド・ヘルマンの『場と対称性――自然法則の沈黙について』の三章を少しだけ読み返しました。

 力とは果たして何か。

 それをわたしは確認したくなったのです。

 でも……やっぱりまだ、わたしには理解できませんでした。

 いつか分かったとき、わたしはわたしの力を本当に自分のものだと言えるのでしょうか。

 

 神父様。

 ここは、悪い場所ではありません。悪い人も……たぶんいません。

 それでも、今夜は、誰かに話しかけているふりをしないと、自分の考えが、どこへ行くのか分からなくなりそうです。

 この手紙は、送りません。

 頭の中だけで、書いています。

 けれど、もし神父様がここにいらしたら、わたしに、何と言うのかだけは、知りたいのです。

 敬具。

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