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追放された付与術士は、拾った奴らを食わせるためだけに無双する ~消えない付与を重ねてたら、誰も越えられない七層も越えていた~  作者: 自ら


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第56話「八層へ」

夜明け前に、組合の窓が開くのを待って届けを出しに出た。

通りはもう起きていた。辻ごとに人が固まって、塔のほうを見上げながら昨夜の鳴りの話をしている。犬が吠えたのが先だったとか、寝台が揺れたとか、うちの瓶の水に輪が立ったとか、話す者ごとに鳴りの形が違う。ただ、町の中で聞いたという一点だけは、誰の話でも同じだった。

鳴りは上から降りてきている。二層で鳴り、一層で鳴り、昨夜は町まで届いた。出どころを見るなら、上へ行くしかない。前に八層の口で見た幹は、消し跡のない線だった。あの線が今も同じなのかを、まだ確かめていない。

それとは別に、飯場の麦がある。椀が十になってから、麦の袋の減り方は前の倍になった。灯りの油も、炉の薪と同じ速さで減っていく。書庫の古い帳面には、八層の行に値がついていた。塔が鳴り始める前の値だから、今の買取所がその値を出すかどうかは分からない。分からないなら、物を持って帰って、窓口で訊けばいい。

出る前の工房で、顔ぶれは決めてあった。

ボルグは戸口に立っていた。杖を持っている。ただ、突いてはいない。石突きを床から指一本ぶん浮かせて提げ、左の脚で体を支えて立っていた。八層は俺は行かん、と卓で言ったのは三日前だ。その言葉を取り消すとも何とも言わずに、ボルグは戸口から動かない。

「先頭は、俺だ」

それだけだった。杖を何に使うのかと訊くと、ボルグは石突きで敷居を一度だけ叩いた。

「返りを聞く。歩くのは脚でやる」

レイフは卓の端で札の束を抱えたまま、こちらを見ていた。

「見たい。八層ってのを」

「飯場を頼む。お前がいると札が回る」

本心だった。札を日付の順に綴じて、急ぎと急ぎでないものを分けて、客に待つ順を言い渡す。その手が工房にあるから、俺は刻むことだけを考えていられる。俺たちが上へ行くあいだ、それを任せられるのはレイフしかいない。

レイフの手が、札の束の上で止まった。それから束の角を、指で揃え直した。

「……分かった」

オルガが麦の板を二日ぶん、布に包んで寄越した。焼き締めた板が二十枚、干し肉が一束。数えるまでもなく、オルガの包みはいつもちょうどの数になっている。

「二日ぶん。三日目はない」

表へ出ると、トビが小屋の屋根の上から片手を挙げた。スヴェンは水の桶を下ろして道をあけ、キトの組のいちばん年下の娘が戸口まで出てきて、出ていく列の頭数を指で数える。三つ、と言って娘は首を傾げた。前に塔へ行ったときは四つだったのを覚えているらしい。レイフは戸口には出てこない。工房の中で、札をめくる音がしている。

組合の窓口の前には、朝から列ができていた。並んでいるのは届けを出す隊ではなく、出した届けを取り下げに来た隊だ。鳴りが収まるまで上がらない、と先頭の男が言い、窓の内側で筆が一行を書いて止まる。次の隊も、その次の隊も、同じことを言う。取り下げの行が三つ続いたあとで、俺たちの番が来た。

窓の向こうには、ダグがいた。届けの紙を受け取って、隊の欄と行き先の欄に目を落とす。行き先は八層。月をまたぐ審査は、竈には要らない。ダグは紙から顔を上げ、窓の外に立つボルグを見た。杖を浮かせたまま立っている脚を見て、それから黙って判を押した。押した判の上に、吸い取りの布を一度だけ当てる。布をどけると、判の色が紙の目に沈んでいる。ダグは何も言わなかった。紙を綴りに挟み、次の行を空けて、もう窓の外の列を見ている。

窓口を離れたところで、塔の口の鐘が鳴った。二度。少し間を置いて、また二度。ニナが指を一本ずつ折っていく。

「撤退が、もう三つです。夜明け前から」

昨夜、上に残っていた隊が、鳴りのあとで下りてきているのだろう。

一層の光る石は、いつもより少しだけ暗かった。拾い場に駆け出しの姿はない。二層では骨の坂の手前で、鳴りが一度通った。石の奥の低い音は、四日前に聞いたときより明らかに厚い。三層の水は、右の道ではまだ膝の下まで張ったままで、左の道を回った。

四層の回廊は、細い風が前から吹いてくる。その風の中にも鳴りが混じって、耳ではなく頬の皮で拾える。四層、五層と上がるにつれて、鳴りの間が詰まっていく。五層の柱の間で、下りてくる隊と二つすれ違った。先頭の剣は照りが抜けて鈍い。殿の付与術士が歩きながら刃の峰に指を沿わせ、乗せ直したそばから照りが端で引いていく。こちらの列とすれ違うとき、その付与術士の目がニナの靴の縫い目に一度落ちて、すぐに前へ戻った。

休むたびに、靴と帯と杖と縄を検めた。照りは一つも動いていない。ニナが帳面に、層と鳴りの数と刻み直しの数を書いていく。刻み直しの欄は、今日はずっと零が並んだ。

六層の棚場で、昼の板を一人一枚ずつ齧る。オルガの包みの残りは十七枚で、帰りの分を引いても一日は余る。余った一日ぶんで、八層の口から先をどこまで見られるかが決まる。ボルグは板を半分で包み直し、ニナは齧りながら帳面の頁を繰っている。

桟道の付け根で、十四画の刻印の前を過ぎた。立ち止まらない。吹き抜けの下から上がってくる風に、鳴りが混じっている。

七層の上がり口の柱には、ボルグの刻み目が三つある。前に通ったとき、ボルグはそこに掌を置いた。今日は置かなかった。柱の前を同じ歩幅で過ぎて、石突きで床を一度叩き、返りを聞いて、次の一歩を出す。左の脚が、段を迷わずに上がっていく。

軋みは、胸の骨に来る全方位の圧のままだった。ただ、芯の間に入ると、圧の濃い側が以前より遠い。壁一面の字の前に、写しの足場が残っている。縁も支点も吊りの掛かりも、打ったときの深さのまま画ひとつ痩せていない。縁を指でなぞって、検めるのは一度で足りた。前は半段ごとに照りを見て、一つでも動いたら降りると決めて進んだ道だ。今日は足場の上を、そのまま歩いて抜けた。前の行きにかかった刻の、半分もかかっていない。ニナの帳面では、前にこの間を抜けるのに頁を三枚使っている。今日の分は、頁の端に一行で済んだ。足場は、二度目に通るときに本当の仕事をする。打ったときにそう思った見当が、外れていなかったらしい。

出の敷居は、膝の高さの石だ。靴に磨かれて鈍く光っている。前にボルグがここを跨いだときは、石突きを先に置き、右から越えた。今日は石突きを浮かせたまま、左の脚から越えた。越えた先で振り返りもせず、次の段の返りを聞いている。ニナが後ろで帳面を開きかけて、開かずに胸へ抱え直した。

八層の口へ上がる最後の段は、吹き抜けの風が下から吹き上げてくる場所にある。灯りの火が横へ流れる。前に来たときは、ここで灯りを消して、目が慣れるのを待ってから幹を探した。

段を上がりきって、縁に立った。

灯りを消す前から、幹が見えていた。

吹き抜けの壁を、下から上へ、一本の線が太く途切れずに走っている。前に見たときは、灯りを消して息を十も数えてから、ようやく浮かんできた線だ。それが今は、手元の灯りの火よりも先に目に入る。

前より、照りが強い。


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