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追放された付与術士は、拾った奴らを食わせるためだけに無双する ~消えない付与を重ねてたら、誰も越えられない七層も越えていた~  作者: 自ら


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第47話「【sideボルグ】左から」

左の踵に目方が乗った。

乗った目方が、いつもの場所へ落ちていかない。二年のあいだ、左に体を預ければ、重さは脛の真ん中の塊へまっすぐ落ちてそこで折れた。折れる前に杖と右で受けるのが俺の立ち方になっている。今夜は落ちてこない。膝の外と内で一度受け止められて、脛の脇を回り、踝の上で吊られてから踵へ下りていく。重さに通り道がある。俺の脚の中ではなく、脚の外側に道がある。膝の外で、線が目方を受けるたびに小さく張って、張ったぶんだけ戻る。弓の弦を指で弾いたときの戻り方に似ていた。

痛みもいつもの場所にない。脛の塊は黙っていて、代わりに膝の両脇と踝の上に薄い痛みが散っている。重い物を初めて担いだ日の肩の痛みに似ている。使われた所が痛む。使われていなかった所が、使われたのだ。

左の足の裏に床がある。二年のあいだ、左の足の裏は、床に触れるだけで、床を踏んではいなかった。踏むと床板の継ぎ目が分かる。継ぎ目の段差まで足の裏が拾ってくる。

炉の前でトビが「立った」と声に出した。言わなくても見れば分かることを、若い者はすぐ口に出す。ニナは灯りの横で膝を抱えたまま、両手で口を押さえていた。杖は足元に転がっている。拾おうとは思わない。

一歩出した。右ではなく、左から出す。二歩目は右で、三歩目はまた左だ。膝は揺れない。蝶番の外れた戸のような、あの横へ逃げる揺れがない。四歩目で膝が笑った。重さを受ける道はあっても、道を支える肉のほうが二年ぶんやせている。

崩れかけた肘の下に手が入った。あの男の手だ。いつ卓を回ってきたのか足音を聞いた覚えがない。

「今夜は三歩でいい。線に脚が慣れていない」

あの男は、それだけ言って手を離した。離す前に、俺が自分の脚で立っているのを確かめる間を置く。確かめ方が、得物の刃を検めるときと同じだ。脛には、炭の黒い跡と、その下に細い筋が残っている。筋は、柱の刻み目のようには見えない。皮の下へ沈んで、古い縫い傷の脇を、傷に沿って走っている。傷を避けて通したのだと、見れば分かる。

歩けるようにしただけだ、と刻み終えたあとでこの男は言った。治してはいないというのは本当だ。潰れた骨は潰れたまま中にある。塔から担ぎ下ろされた日に、組合の治療院で、治癒師が二人がかりで診た。二人とも、同じことを言った。医者にも治癒師にも、治らんと言われた脚だ。治らんと言われて、俺も治らんと決めた。決めたものを、この男は治さずに立たせている。治したと言われたほうが、まだ呑み込めた。

拾われた日にも、この男は得の話はしていないと言った。双角の話をした夜には、剥がれるなら剥がれない刻み方をすればいいと言った。どちらのときも、言い返す言葉が見つからなかった。今夜も見つからないまま、卓の縁に手をついて、椅子へ戻る。

夜風にあたってくる、と言うと、ニナが立ちかけた。あの男は、鏨を拭く手を止めずに、転ぶなよ、とだけ言う。ニナは座り直した。

戸を出るとき、敷居をまたぐのに、左から上げた。七層の出の敷居をまたいだときは、石突き、右、左の順で越えた。

表は暗い。通りの先に、塔の影が夜空より黒く立っている。杖を持って出たが、突かずに提げた。突かずに歩けば、杖はただの棒だ。酒場の裏口から、酔った探索者が二人出てきて、杖を提げた大男を不思議そうに見た。杖を提げて歩く足の悪い男など、この町にはいない。いないものを見た顔で、二人は反対のほうへ歩いていった。足音が俺の分だけ二つ鳴る。杖の音の混じらない自分の足音を、二年、聞いていなかった。

ベルタの店の前を通る。戸は閉まっていて、裏の軒下が暗がりの中にある。二年、あの軒下で麻袋一枚にくるまって寝た。脚の潰れた大男が寝ていても、女将は何も言わなかった。あとで聞けば、あそこは女将の敷地だった。あの男が粥を持ってきたのも、あの軒下だ。

塔の口のほうへゆっくり歩く。塔の段なら、三段ごとに息をつく。平らな通りで数えれば、三歩ごとに息をつく足だった。今夜は息をつく場所を足のほうが忘れている。

塔の口の脇に鐘楼がある。数え鐘は、下りてこなかった者の数だけ鳴らす。二年前、あの鐘は一つ鳴った。一つはゼムの分で、俺の分は鳴らなかった。

七層の上がり口の柱に、刻み目が三つある。俺が打った。

付与の線は塔に食われるが、ただの傷は食われない。だから塔の中の印は、鏨の角で打ったただの傷で残す。一つ目は、初めて七層の上がり口まで来て、引き返した日に打った。二つ目も引き返した日だ。三つ目は、ゼムと二人で三度目に上がり、三度目に引き返した日に打った。その日ゼムは帰らず、俺の脚は上から潰れた。双角という名は、ゼムが付けた。二本の角で、一つの獲物を挟む、という意味だった。一本が折れてから、残った一本は、二年、軒下に立てかけられたままだった。

三つは、引き返した数だ。

出の敷居の脇にもう一つある。この前、あの男とニナと三人で七層を抜けて、八層の口に立ったときに打った。引き返さなかった数は、一つで足りる。

足りとる、と今夜卓で言った。本気でそう思っていた。三つを一つで閉じたのだから、俺の塔はそこで終わってよかった。終わってよかった脚で、いま平らな通りを、杖を突かずに歩いている。八層の段がどれほどあるのかは知らん。知らんが、段の数で決めたことは段の数が変われば変わる。そういう理屈を、あの男は口にしなかった。口にせずに脚のほうを変えた。変えたことを、変えたとも言わない。歩けるように、と言う。靴と同じだ、と言う。靴と同じなら、この町の靴屋は、とっくに蔵を建てとる。

塔の口の前で立ち止まって、しばらく影を見上げる。塔の上のほうに、灯りが一つ見えた。夜に上へ残る隊は、たいてい下りる機を待っている。塔は鳴らなかった。二層まで降りてきているという鳴りも、口の外までは届いていない。三つと一つのことは、まだ誰にも言っていない。言うのは、言う順が来てからでいい。順が来るまで、あの男も訊かないだろう。訊かないと決めている顔を、七層の柱の前で一度見ている。

戻る道で、膝がもう一度笑った。今度は、自分で立て直す。

工房の戸を開けると、灯りはまだ点いていた。トビは炉の脇で丸くなって寝ている。ニナは卓で帳面を開いていたが、筆は動いていない。開いた頁には、今夜の日付だけが書いてあった。あの男は作業台で、鏨を研ぎ場の水に浸していた。

ニナの目が俺の脚を見て、それから卓の隅へ動いた。

若いのが卓の隅に座っている。俺が出ていったときと同じ椅子で、同じ格好だ。両手で卓の縁をつかんで、目だけが、作業台のあの男の手を追っている。鏨を研ぐ手を、化け物を見る目で見ていた。俺が戸を開けたことにも、気づいていないらしい。

あれは、知っている者の目だ。知っているから怖がっている。何も知らずに見ていれば、トビのように立ったと言って終わる。若いのが口を開く前に止める手はあった。止めなかったのは、今夜の俺に止める言葉がまだ揃っていなかったからだ。

若いのの口が動いた。

「……人に、消えない線を」

俺は杖の代わりに、卓の縁をつかんだ。


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