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追放された付与術士は、拾った奴らを食わせるためだけに無双する ~消えない付与を重ねてたら、誰も越えられない七層も越えていた~  作者: 自ら


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第45話「脚」

「死ぬのか」

訊き返すと、レイフは担いだ骨の袋を持ち直して、目を逸らした。

「……聞いた話だ」

それきり口を閉じる。言ったことを袋の中へ押し戻すような閉じ方だった。重ねたら下の線が死ぬ、という刻み方は聞いたことがない。重ねる向きを間違えれば、線どうしが噛み合わずに浮くことはある。浮いた線は保たないから、死ぬと言えば死ぬのだろう。よその付与屋の、そういう失敗の話が回っているのかもしれない。噂の類なら確かめようもない。前を歩くニナが一度だけ振り返って、レイフの顔を見て、また前を向いた。

塔の口を出ると、日はまだ高かった。キトの組は骨の袋を細工屋へ運ぶと言って、辻で別れていく。足首を捻った娘が、明日は薪を割りに行くと何度も言ってから角を曲がった。割る前から割る気でいる客は、たいてい割り方が荒い。薪の積みを崩しすぎないように、明日の朝は丸太を先に数えておく必要がある。

工房では、ボルグが卓で札を綴じていた。字は読めないから、ニナが朝のうちに付けた印で順を追っている。昼のあいだの客は、ボルグが一人で捌いたらしい。台の上には、断られて帰った品が一つもない代わりに、受けた品の札が日付の順に三枚だけ並んでいた。裏ではトビが、昨日の倍の速さで薪を割っている。

ニナが帳面を開いて、二層の段ごとの厚みを見せた。三層側へ寄るほど、印が濃い。

「骨の坂を踏んだのか」

「踏んだ。滑らなかった」

ボルグは鼻から息を抜いた。骨は踏むな、と俺に最初に教えたのはこの男だ。踏まずに済むならそれがいいが、踏まなければ稼げない組もある。ボルグは帳面の印を太い指でなぞって、しばらく黙っていた。

「上で起きとることの、余りが下で鳴っとる。二層は余りの、そのまた余りだ」

「上というのは、どのあたりだ」

「俺に訊くな。七層より上は、俺の図にない。ただ、二層が鳴ったことは、俺が駆け出しの頃から一度もない」

駆け出しの頃から数えれば、二十年は下らないだろう。二十年ぶんの一度もないが、今日の二層で破れたことになる。

夕餉は、五つの椅子で食った。麦の粥に干した魚をほぐして入れ、ベルタの店で分けてもらった漬け物を添える。トビは欠け椀を両手で持ち、レイフは黙って匙を運び、ニナは食べながら麦の袋の残りを目で量っている。ボルグは今日もトビの椀へ、自分の分から少し移した。移された側が礼を言う前に、匙はもう自分の椀へ戻っている。レイフは粥を半分残しかけて、ニナに見られてから残りを食べた。

余りが二層まで降りてくるのなら、元の鳴りは上で相当に厚いはずだ。二層の壁に手を当てていても、上で起きていることまでは分からない。分からないものは、出た場所で見るほうが早い。昨夜の男の問いも、棚に載ったままになっている。幹が書き直されているかどうかは、上がって見ればすぐに分かる。鳴りの出どころも、たぶん同じ上にある。

それに、稼ぎが要る。椅子が五つになって、明日はキトの組の四人が薪を割りに来る。薪を割った者には飯が出る。麦の袋の減り方が、先週と同じでは済まない。八層の物に値がつくのかどうかは知らないが、書庫の古い帳面には、八層の行に値が書いてあった。

「上がる。届けは、月をまたがずに通るんだろう」

ニナが頷いた。優先の札もまだ使っていません、と帳面の端を指で押さえる。トビが、上ってどこまでだと訊いた。八層までだと答えると、トビは口笛を吹きかけてやめた。

「八層って、どんなとこだ」

「塔の中が、上へ抜けてます」とニナが答えた。「吹き抜けで、壁に光る線が一本、下から上まで通ってるんです。上の端は、灯りを消しても見えませんでした」

トビは天井を見上げて、それから自分の足を見た。高い所の話になると、この男は足元を確かめる癖があるらしい。レイフは匙を置いたまま、こちらを見ている。

ボルグは椀を空けてから言った。

「八層は、俺は行かん。段が多すぎる。七層で分かった。この脚じゃ、上がるだけで一日が終わる。俺は下で札でも捌いとる」

言い方に、ためらいがなかった。ずっと前から決めてあった答えを、今日の札と一緒に綴じておいたような声だ。ニナが口を開きかけて、ボルグの顔を見て閉じた。

「俺の印は、七層の出の敷居で終わっとる。あそこまでで、俺の分は足りとる」

七層の上がり口の柱には、ボルグの刻み目が三つある。出の敷居の脇には、八層の口から戻る前に打った一つがある。三つと一つが何の印なのかを、俺は訊いていない。本人の順で話すのを待つほうが筋だと思っている。足りているかどうかを決めるのも、本人だ。そこに口を挟む筋はない。ただ、足りたと言う理由が段の数なのだとしたら、それは足りたのではなく、段に決められたということになる。

ボルグは七層で先頭を歩いた。杖の石突きの返りで床の生きを読み、荒れの谷を「今」の一声で指して、図の尽きた先へ隊を連れていった。道を知る者が前に立つのが筋で、八層の口までの道を体で知っているのは、この隊ではボルグだけだ。その先頭が、段の数で自分を外そうとしている。

目がボルグの左脚に行った。昨日、卓に着くときに、両手で持ち上げて椅子の下へ入れていた脚だ。骨が潰れて中で固まり、治らないと本人が決めて二年になる。脚と腹は別の話だと言って、俺は脚のことを考えずに飯を出してきた。治らないものを治す手は、俺にはない。

ただ、七層の芯の間で、足場を打った。壁の手で縁を取り、支点を置き、吊りの掛かりを打って、五人の目方を受けさせた。崩れかけの壁でも、重さの行き先を作ってやれば、五人ぶんは立つ。ゲイルを担いだときの担ぎ具も同じだった。桟の木二本を井の字に組んで、重さを背負い輪へ逃がした。木そのものは強くしていない。節の位置を選んで、重さの通り道を変えただけだ。

骨は潰れたままでいい。潰れた骨の代わりに、目方の行き先を外に作る。膝と足首に支点を置き、脛に縁を取れば、重さは骨の中を通らずに済むのではないか。人の脚も、立てる形は壁や担ぎ具と変わらない気がした。七層で足場を打つまで、重さを外へ逃がす形を俺は知らなかった。知らなかったから、考えもしなかった。

気になるのは、人の体に長く刻んだことがないことだ。ニナの背に入れた線は、二層ではぐれに押された一瞬のためのものだった。一瞬のための線と、毎日立つための線は違う。毎日立つなら、毎日検めて、薄れる前に足せばいい。朝と晩に一度ずつ脚を見れば、休みごとに隊の得物を検めるのと手間は変わらない。塔の中で使う脚なら、塔の中でも食われない崩しで入れる。入れ方の見当は、話しているうちについていた。腰の袋の中には、七層で減らした分を新調したばかりの鏨がある。刃はまだ、人の脚の硬さを知らない。

ボルグが杖を引き寄せて、卓を立とうとした。ニナの目が、その左脚の動きを追う。立つとき、左脚は床に置いたまま、右と杖だけで体を持ち上げる。二年、そうやって立ってきた男の立ち方だ。

卓の下で、右手の指を一本ずつ握っては開いた。鏨を持つ前の、いつもの癖だった。

「ボルグ」

呼ぶと、ボルグは半分立ったところで止まった。卓の三人の匙の音も、そこで止まる。

「脚に、足場を打たせてくれ」

杖の握りに掛かっていた手が、そこで止まった。


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