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追放された付与術士は、拾った奴らを食わせるためだけに無双する ~消えない付与を重ねてたら、誰も越えられない七層も越えていた~  作者: 自ら


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第44話「二層」

靴を裏に返して、灯りの下へ寄せた。縫い目の脇に入れた線は、腹のところはまだ生きている。白いのは端だけだ。粉を吹いたような白ではなく、線の縁が内側から色を抜かれて、そこだけ地の革より明るい。七層で担ぎ縄の刻みに出たのと、同じ浮き方だった。肩越しに覗いたニナが、白い端を見て一度だけ息を止めた。あの縄を担いでいたのは、この娘の肩だ。

「いつからだ」

「一昨日。二層の骨の坂で、急に足が滑って。その晩に見たら、こうなってた」

キトは早口で答えて、自分の言ったことを確かめるように靴を覗き込んだ。卓の向こうからボルグが首を伸ばし、白い端を見て、眉を寄せた。

「二層でか」

「二層でです」とニナが代わりに答えた。ボルグはそれきり黙って、自分の杖の石突きに目を落とした。何年もこの塔を上り下りしてきた男が、二層の話で黙るのは珍しい。

組の四人は二層で骨と石を拾い、下の細工屋へ卸して食っている。明日も上がるという。上がらなければ、四人ぶんの飯が出ない。

靴だけなら、ここで刻み直せる。ただ、白が何で出たのかは、靴を眺めていても分からなかった。二層の坂で滑った靴に七層と同じ白が出るのなら、坂のほうに理由がある。分からないものは、出た場所で見るほうが早い。

書き直されていないか、と訊かれた翌日に、二層で白の出た靴が台に載る。並んでいるだけなら、これもただの並びだろう。並びかどうかを確かめるにも、靴の出どころを先に見ておく必要がある。

「明日、一緒に上がる。朝いちばんに」

キトは口を開けたまま頷き、払いのことを気にして腰の袋の口を何度も握り直した。ニナは、一層と二層なら目をつぶっても歩けると言って、帳面を鞄に入れた。荷運びをしていたころの庭だという。レイフには荷を担がせることにした。薪の代わりに荷を担いでも、労働払いの欄は同じように埋まる。トビは工房に残って、ボルグと札の番をする。

一層は、壁に埋まった光る石のおかげで外より白い。朝の早いうちから、採集の駆け出しが石を叩く音があちこちで鳴っていた。ニナは歩きながら、ここで荷を下ろして休む隊が多かったとか、あの角の先は水が溜まるとか、短く言っては先へ進む。言うことが全部、足の置き場の話だ。荷を担いで何年も通った者の覚え方だった。キトの組の三人は、先に上がっているという。一層を抜ける段で、キトの足が二度滑った。白の出た靴を履いてきたのは、ほかに靴がないからだ。

二層へ上がりきったところで、足の裏に低いものが来た。石の奥が、間を置いて鳴っている。五層の柱を通る鳴りに似ているが、それよりずっと薄い。耳を澄ませて、ようやく拾える鳴りだ。七層の圧とは比べものにならない。ニナが足を止めて、壁に手を当てた。

「二層で鳴るのは、初めてです」

この層の音を、荷を担いだ耳で覚えてきた娘の言い方だった。二層は狭く、足元に古い骨が転がっている。細い通路を、別の組の駆け出しがすれ違っていった。その剣の照りが、鳴りの通るたびに、端から一筋ずつ引いていくのが見えた。町の付与屋に乗せてもらった照りだろう。鳴りが三度通るうちに、半分ほどが引いた。レイフが荷を担いだまま振り返って、遠ざかる剣をいつまでも目で追っていた。すれ違った組の一人が、半日保つって言ったのに、と付与屋への文句をこぼしていく。文句の相手は町の付与屋だが、照りを引いているのは付与屋の腕ではなく、この鳴りのほうだろう。

骨の坂は、二層の奥にある。古い骨が崩れて斜面になった場所で、キトの組はそこで立ち往生していた。坂の下からキトが組の名を順に呼ぶと、灯りの中で三つの顔がいっぺんに緩んだ。組でいちばん年下の娘が坂の途中に座り込み、足首を押さえている。残る二人は剣を構えているが、刃に乗せた照りはもう暗い。坂の上の暗がりには、骨拾いが五、六匹うろついていた。一匹なら子犬ほどの小物でも、群れると人の足に齧りつく。現に、剣を構えた一人の脛当てには、齧られた歯の跡が白く三つ並んでいた。乗せた付与が切れたあとの革は、ただの革だ。

ニナが前に出て、踏み込んではすぐ引く型で骨拾いを坂の上へ追い返した。その間に、俺は座り込んだ駆け出しの前に膝をついた。靴を脱がせて、踵と土踏まずの際に崩しを浅く入れる。坂で滑らないための線だから、深さは要らない。入れ終えたところで、鳴りがもう一度石の奥を通っていった。入れたばかりの線は照りを変えずにそれをやり過ごし、変わらないのを見届けてから次の靴に移る。その次の靴、また次の靴。四人ぶんで八足、坂の途中で膝をついたまま片づける。立っている二人の剣には刃の根に一本ずつ足し、齧られた脛当てには歯の跡を避けて一本入れた。

キトの靴は、白の出た線を削らずに残した。まだ生きている腹のほうへ寄せて、脇にもう一本、同じ向きで足す。消える前に足すだけだ。消えかけたものの脇に足しても、やることは変わらない。

刻んでいるあいだ、レイフは荷を下ろして、少し離れたところから俺の手元を見ていた。右手の指が、腰の袋の口を探るように動いている。炭筆でも探しているような手つきだ。探し当てる前に、指は止まった。

「立てるか」

足首を押さえていた娘は、坂に手をついて立ち上がり、一歩、二歩と骨の斜面を踏んでみせた。踏むたびに崩れる骨の上で、靴の底だけが止まっている。滑らない、と言う代わりに、目を丸くしてキトを見た。キトは自分の靴で同じ坂を二度踏み、二度とも止まったのを確かめてから、組の三人の前で黙って頷いた。剣を持った二人が照りの戻った刃を振ると、骨拾いは坂の上の暗がりへ引いていった。追う者はいない。今日の稼ぎは、坂の下の骨で足りる。

組が骨を拾っているあいだ、鳴りの来るほうを辿った。壁に掌を当てて、少しずつ場所を変える。一層へ下りる段の近くでは、掌に来る鳴りが薄い。三層へ上がる段に寄るほど、厚くなった。石の奥を通って、上から降りてきている。

ニナが帳面を開いて、段ごとの厚みを印で書き込んでいく。

「三層へ上がる段のほうが、厚いです。一層の段は、ほとんど来ません」

二層の石が勝手に鳴り出したのなら、二層の話で済む。上から来ているのなら、上を見に行く話になる。どちらの話なのかは、段の脇の石が先に答えていた。見当がついたのは、そこまでだ。上で何が鳴っているのかまでは、二層の壁に手を当てていても分からない。

帰りは、キトの組が拾った骨の袋を、レイフとキトで分けて担いだ。足首を捻った娘は、ニナの肩を借りるのを断って自分の足で段を下りていった。捻った足で骨の坂を踏めたのが、よほど嬉しかったらしい。一層の光る石の下を通るとき、娘は立ち止まって自分の靴の裏を覗き込んだ。刻んだ線は、裏から見ても分からない。分からないものを、分かるまで見ようとする顔だった。払いは、と駆け出しの一人が訊いてきたので、明日の薪で、と答えた。四人とも、明日は工房の裏に来ることになる。薪の山が、また減らずに済む。

一層へ下りる段の途中まで、レイフは口をきかなかった。担いだ骨の袋が鳴る音だけが、後ろからついてくる。その音が止まって、レイフが口を開いた。独り言にしては、声が硬い。

「……重ねたら、下の線が死ぬはずだろ」

足を止めて、振り返った。


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