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追放された付与術士は、拾った奴らを食わせるためだけに無双する ~消えない付与を重ねてたら、誰も越えられない七層も越えていた~  作者: 自ら


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第41話「四人目の椅子」

朝いちばんで、靴が二足、台に載った。

若いのは戸を叩く前から表に立っていたらしく、開けたときには、もう両手に靴を提げていた。片方は自分の、片方は相棒のだという。相棒は熱を出して寝ているとも言った。訊いてもいないことを先に言う癖があるらしい。

「銀貨は」と訊くと、口ごもって、袋の口を開けて中を見せた。銅貨が数えるほどと、噛み跡のある革の札が一枚。工房の払いには届かない。届かないと分かって来たのだから、こちらの返事も決まっている。半年前にニナの靴を刻んだ時も、払いは同じように足りなかった。あの時の答えを、今日も使えばいい。

「靴二足ぶんで、薪割りが三日だ。水汲みを足すなら二日でいい」

若いのは顔を上げて、それから、やる、と言った。言い終わる前に上着を脱いで裏へ回ろうとするので、ニナが襟をつかんで止めた。順番がある。先に飯だ。ニナは鍋の蓋を取って、椀を出し、卓に置いた。

卓の椅子が、四つになった。三つ目までは、この工房に越してきた日に揃えた椅子だ。四つ目は、去年の冬にベルタが要らなくなったと言って置いていった、座面の割れた古いやつで、これまでは台の脇で工具を載せる台になっていた。ニナが割れ目に布を当てて、卓へ寄せた。若いのは座るのをためらって、俺が先に座ると、遅れて腰を下ろした。

飯の間は誰もしゃべらない。噛む音と、匙の当たる音だけが続く。それがこの卓の作法で、教えた覚えはないのに、若いのも三口目からは黙って食っていた。腹の減った人間が卓につけば、作法は勝手に伝わる。ボルグは椀を一つ多く出させて、自分の分から少し移した。若いのの椀は、そのぶんだけ深くなった。移す手つきに、施しの気配はない。飯の量というのは、卓にいる人数で割るものだ、という手つきだった。

日が高くなるころには、靴の二足は仕上がっていた。縁は立てず、古い線の脇へ崩しを重ねる。塔の外で使う靴だから、七層の壁の手までは使わない。使わなくても足りる仕事に、必要以上の手を入れると、値だけが上がって客が減る。若いのは削りの音のするたびに首を伸ばして、俺の手元を覗き込んできた。覗かれて減る技でもないから、放っておいた。

「それ、なんで消えないんだ」と、若いのが訊いた。

「消えるぞ」

「……消えるのか」

「どんな線でも消える。消える前に足すだけだ」

若いのはしばらく黙って、それから、そんなに足せるのか、と言った。足せる、と答えた。休みのたびに検めて、薄れる前に足す。ひと月やれば手が覚える。若いのは答えを聞いて、なぜか、そういうことか、という顔ではなく、狐につままれた顔をした。噛み合っていないのは分かったが、噛み合わせ方の見当がつかない。ひと月の話をひと月と受け取らない相手には、二月と言っても同じことだろう。仕上げた靴を渡すと、若いのは受け取って、裏に返し、縫い目の脇の新しい線を長いこと見ていた。見終わってから、裏で薪を割る音が始まった。

昼過ぎに、ベルタが鍋を覗きに来た。家主の検分だ。鍋の中を見て、塩を足して、卓の椅子が四つになっているのを一瞥した。人が増えると家賃が上がると思うだろ、と女将は言い、ここはそういう決まりにしてないからね、と続けて帰っていった。帰りぎわに、裏で薪を割っている若いのへ、割り方が下手だと言い置いていった。言われた本人が返事をする前に、もう戸を出ていた。

夕方、組合の使いが紙を持ってきた。宛名は隊「竈」筆頭ニナ、とある。順位の綴りに隊名が載った、という報せだ。七層踏破の記録に伴う措置で、深層の届けに手数の割引がつくこと、買取所での優先の札が一枚出ること、それと、今後の挑戦の届けは月またぎの審査を要しないこと。ニナが読み上げ、読み終わって、紙を胸元へ畳んだ。

「……手数が安くなるのは、助かります」

「油が二晩ぶん浮くな」

「浮きます。あと、縄も」

俺たちの話はそこで終いになった。使いの若い職員は何か言いたそうな顔をしていたが、順位の綴りの話をこの卓へ持ち込んでも、返ってくるのが油と縄の勘定だけだと分かったらしく、頭を下げて帰っていった。ダグの使いなら、帰って何を言うかは知れている。あそこはそういう場所です、くらいだろう。

町では、七層を抜けた隊の話が回っている。買い出しに出れば、通りのあちこちで名を聞く。竈という隊名と、筆頭のニナの名だ。荷運び上がりの娘が七層を、という言い方で回っている。足の悪い爺の話も混じる。三人目は、番号としてすら出てこない。出てこないから、俺は通りを普通に歩ける。魚屋は値を負けてくれないし、パン屋は釣りを間違える。行き帰りの手間は、先週と同じだ。ニナは聞こえてくる自分の名に、そのつど少し背を丸くしていた。魚屋の前で名を呼ばれて、二度、返事を遅らせた。呼ばれ慣れていない名の呼ばれ方だ。慣れるまでの間、丸くなった背で歩くことになる。背を丸くする側の名と、丸くしなくていい側の番号。配り方としては、悪くない配り方だと思う。

日が落ちて、仕事を仕舞った。薪割りの音が止んで、若いのが手を洗いに井戸へ行き、戻ってくると、四つ目の椅子の前で立ち止まった。ここに座っていいのか、という顔だ。座れ、と言った。三日は薪を割る約束で、割った日は飯が出る。それだけの話だ。若いのは座って、それから、明日も来ていいか、と訊いた。薪が残っている限りは、と答えた。

ニナが鍋を四つに分けた。匙が四本並ぶ卓を見て、明日の買い出しの量を数え直した。パンがひと山足りない。魚は、朝に値が下がるのを待てばいい。麦の板の袋は、塔の分を使い切ったままだから、そろそろ焼き締めておく必要がある。相棒が熱を下げて出てくれば、卓は五つ目が要るのかもしれない。椅子の当てはある。ベルタに言えば、また要らないのが出てくる。

ボルグが埋み火の始末をして、ニナが札を明日の順に並べ直した。読めなかった一枚は、明日の朝いちばんの欄に置かれている。書いた本人に読ませる段取りが、もう決まっているらしい。

若いのは腹をさすって、うちの隊にも、こういう飯が、と言いかけて、途中でやめた。やめた続きは訊かなかった。訊く筋の話は、明日の薪の量のほうだ。薪はあと二日ぶん。三日の約束には足りないから、明日は裏の積みを崩して、割る前の丸太を出しておく必要がある。

数えているのは、明日の飯の数だけになった。塔の高さでも、順位の綴りの行でもない。パンの山と、魚の値と、麦の板の焼き加減だ。七層の壁の字は、いまのところ、この勘定の外にある。

戸を叩く音がしたのは、そのときだ。三つ。間を置いて、また三つ。急かさない叩き方だった。若いのが腰を浮かせるのを手で止めて、俺が戸を開けた。

外套の男が立っていた。

敷居の外に半歩引いた立ち方も、雨でもないのに深くかぶった頭巾も、前と同じだ。二度目になる。男は工房の中を見ようとはせず、俺の顔だけを見て、口を開いた。

「塔に刻んだ者の話を、しに来た」


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