↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された付与術士は、拾った奴らを食わせるためだけに無双する ~消えない付与を重ねてたら、誰も越えられない七層も越えていた~  作者: 自ら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/59

第39話「帰還」

人だかりを、割った。担ぎの前をニナが進み、殿の俺が後ろの目を塞ぎ、間にボルグの杖が鳴る。塔を出る並びのまま、群れの中へ入っていく。

「けが人だ。道を空けろ」

声より先に、担ぎの形が伝わったらしい。塔の口の前の群れは真ん中から二つに裂けて、裂けた間を、列はそのまま通った。誰かが名を呼び、誰かが数を数え、鐘が鳴らなかったぞ、という声が頭の上を何度も飛び越えていく。足は止めなかった。騒ぎには、後から付き合える。傷は、後から付き合ってくれない。

治療院までの道は、ニナが先導した。荷運びの脚が覚えている近道で、市場の裏と厩の脇を抜けると、表通りの騒ぎは壁一枚向こうの音になる。担ぎの揺れを膝で殺しながら、ゲイルの息だけを数えて歩いた。息は塔の中より深い。深い息を数えて歩けるうちは、急ぎ足でいい。寝台へ移すまでカリンは傷の側を離れず、移し終えると、治療院の者へ容態を最初から並べ立てた。並べ終えて、俺たちが戸口を出るとき、カリンが一度だけ振り返って頭を下げた。下げた深さが、治癒師の挨拶の深さではなかった。誰も何も言わず、戸が閉まった。

通りへ戻ると、町の熱が待っていた。

買取所の前が、割れるような騒ぎになっている。七層の物なら何でも買う、と誰かが叫び、店の者が台を押さえ、押し合いの中から手が伸びて、俺の肩の縄を指した。使った縄だ。七層を通った縄なら銀貨を出す、と言う。縄は売らなかった。道具はまだ使う。まだ使う物に買い手がつく日というのは、物の側は何も変わっていないのに、周りの目だけが変わる日だ。ボルグは伸びてくる手を杖の柄で軽く払い、割に合わん買い物をしなさんな、と誰にともなく言った。

売り買いというのは正直なもので、届けの朝に笑った側も笑わなかった側も、いまは同じ台の前で同じ方向に手を伸ばしている。物の値打ちを決めるのは物ではなく、物の通ってきた場所らしい。縄は縄のままで、変わったのは通り道だけだ。それで銀貨の声がかかるなら、この町の銀貨は、俺の知らない帳面で動いている。

ニナの胸元の手控えにも、声がかかった。七層の図なら言い値で買う、という声だ。ニナは手控えを抱える腕に力を入れて、売り物じゃないです、とだけ返した。返してから、俺の袖を引いて、人垣の薄い側へ列を寄せた。図に値がつくことを、この娘は俺より先に警戒している。警戒の中身は訊かなかった。帳面の持ち主が決めることだ。

組合の帳場は、外の騒ぎが嘘のように静かだった。騒ぎの側が全部、こちらより先に帳場を素通りして買取所へ行ったからだろう。金の動く場所と、紙の動く場所では、人の集まり方が違う。

ダグが台の向こうに立っていて、俺たちが入ると、綴りを一冊、既に開いて待っていた。報告は順にした。七層の道程、崩れと救助、芯の間、出の敷居、八層の口。ニナが手控えの図を開いて要所を示し、ボルグが道の癖を短く足した。崩れの位置、抜けの幅、水と油の減りの記録まで、ニナの手控えは問い返しの要らない出来で、ダグの筆は途中から、書き取りというより写しに近くなっていく。全部を書き取り終えてから、ダグは記録の文言を読み上げた。

「隊、竈。筆頭、ニナ。隊員ボルグ、外一名。七層を踏破し、八層の口に到達。……この帳場が置かれてから、初めて書く行です」

読み上げの間、帳場の奥の職員が二人、手を止めてこちらを見ていた。届けの日と同じ二人だ。あの日は珍しい紙を見る目で、今日は珍しい行を聞く耳で、仕事の手を止めている。外一名、の欄には、俺の登録番号だけが入っている。番号は正しく引き写されていて、書き損じはない。ダグの帳場仕事に、書き損じは似合わない。

「あの」と、ニナが台へ半歩寄った。「そこ、名前では、書けないんですか。踏破の記録なのに」

「様式が変わらない限りは、番号です」ダグは綴りから顔を上げずに答えた。「触れにも、掲示にも、順位の綴りにも、載るのは隊名と筆頭名。……この行を百年後に読む者は、七層を越えた隊に、名のない三人目がいたことしか分からない」

百年後、という言い回しを、この男が使うのを初めて聞いた。規則の人間の口から出る先の話は、せいぜい審査の月またぎまでだと思っていた。帳場の紙は百年残る。残る紙の書き手は、書く行の重さを、書きながら量ることになるらしい。

番号でいい、と俺は言った。名で増える飯はない、と前にも言った。同じことを二度言うのは性に合わないから、今度は短く済ませた。ニナは何度目かの、口を開きかけて閉じる形をして、手控えの隅に一行だけ書きつけた。書く先を選ぶのは帳面の持ち主の仕事だから、覗かなかった。覗かない代わりに、書き終わるまで待った。この帳面には塔の図と水の数と俺たちの半年が入っていて、待つだけの値打ちがある。

ダグの手が、止まった。

書き終えた行の上で止まって、動かない。それから台の下の綴りを、一冊ずつ引き上げて並べ始めた。半年前の、欄外に書き足しのある単独登録の頁。六層日帰りが並んだ受付の列。隊の登録と、七層挑戦の届け。今日の、踏破の行。どれも同じ男の字で書かれた紙が、台の上で一列になった。ダグは並べた紙を長いこと見ていた。規則を確かめる目の動きではなかった。確かめる規則が、もう一枚も残っていない目だ。並んだ紙の上を、視線が何度も往復する。往復のたびに、この男の中で何かの棚が組み替わっていくのが、台のこちら側からでも分かった。

「十一年、この台で書いてきました」と、ダグは紙を見たまま言った。「書いた紙の順に読めば、誰にでも分かる話です。分からないのは」

顔が上がって、こちらを見た。

「あんた、自分が何をしたか分かってるのか」

規則の言い回しが、途中で剥がれた。剥がれた下から出た声は、帳場の職員の声ではなかった。半年前、様式の欄外に書き足しを作りながら、前例がありません、と三度言った男の、その時も出なかった声だ。問いの中身は考えるまでもない。何をしたか。したことなら、朝から晩まで数えられる。数えて、いちばん量の多かった仕事を答えるのが正直というものだ。

「足場を整えた。手本は壁にあった」

ダグの筆は、記録の行の上で止まったまま、それきり動かなかった。


読んで下さりありがとうございました!

★★★★★評価と[[[ブックマーク]]]、リアクションお願いします!

ご感想やご質問など、ぜひコメントでお聞かせください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。