↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された付与術士は、拾った奴らを食わせるためだけに無双する ~消えない付与を重ねてたら、誰も越えられない七層も越えていた~  作者: 自ら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/59

第38話「八層の口」

吹き抜けの縁で、灯りを消させた。手灯の火があると、遠い照りは負けて見えなくなる。工房の床で覚えたやり方だ。ニナは消す前に油の残りを目盛で確かめ、ボルグは杖を縁の石へ横たえて、消えることに誰も文句をつけなかった。

火が落ちて、目が慣れるまでの間、五人ぶんの息の音だけが縁に並んだ。吹き抜けの広さは、息の反響の遅さで分かる。広い。塔の外周から思い描くより、内側はずっと広い。それから、線が浮かんだ。

太い。離れていて尺は取れないが、画の幅だけで人の胴を越えている。彫りは深く、縁の立ち方が七層の壁のどの字とも違う。あの壁は生きた画と消し跡の縞だったが、この線には消し跡がひとつもない。一度も書き直されていない画だ。下の端は八層の床の内へ潜って見えず、上の端は目で追える高さを使い切って、まだ先へ続いていた。全体の形は分からない。分からないなりに、呼び名だけは先に決まった。幹だ。枝の出る前の、幹。七層の壁のあの字たちが枝葉なら、あれだけの帳面を養う芯は、これくらい要る。

「読めるか」と、ボルグが低く訊いた。

「作りだけなら。中身は、十年眺めても無理だ」

見えている範囲に、画の始まりも終わりもない。読み始める取っ掛かりごと、暗がりの上と床の下に持って行かれている。ニナが暗がりの中で手を動かして、線の照りを頼りに図を写しているのが、紙の擦れる音で分かった。写せるのは位置と幅だけだ。それでも写す。写せる分から写すのが、この娘の帳面の流儀だった。

「なら、見えとる分だけで今日は釣りが来る」ボルグは杖を取り直した。「欲の張り時やない。荷が、生ものだ」

その通りだ。担ぎの上の息はまだ浅く、カリンの張りは効き始めたばかりで、水は帰りの分を割り込みかけている。油はふた晩ぶんを切った。俺の鏨は、七層の壁と芯の間で刃を減らして、あとひと仕事が限度の減り方をしていた。八層は逃げない。逃げるのは、こちらの余力のほうだ。ニナが手控えの図の端へ、吹き抜けと線の位置を写し取り、頁の隅に小さく、ここまで、と書いた。書き終わるのを待って、灯りを戻させた。

「降りる」

同じ言葉を、七層の窪みでも言った。あの時は声が浮いて、二人が一歩前へ出た。今度は誰も出ない。ニナは頁を閉じ、ボルグは向きを変え、カリンは担ぎの傷の側へついた。据わった声というのは、言った本人より先に、列のほうが聞き分けるらしい。

敷居まで戻ると、ボルグが立ち止まった。二年前の三つの刻み目がある柱ではない。出の敷居の脇の、素の石だ。石突きを短く構えて、一度で打ち、新しい刻み目を一つ残した。何の目印かは言わない。言わないまま先頭へ戻って、杖を突いた。三つの目と一つの目のあいだに何があるのかは、打った本人の順序で語られる日まで、石のほうが覚えていればいい。

下りは、写しの足場を逆に辿った。芯の間の圧は行きと同じ厚さで来たが、打った縁と支点は画ひとつ痩せずに残っていて、列は行きの半分の時間で抜けた。足場というものは、二度目から本当の仕事をする。壁一面の字の前を過ぎるとき、ニナは頁を新しくして、壁の端から端までの歩数だけを数えて書いた。中身を写すには、頁も油も足りない。歩数なら、いつか誰かの役に立つ。

崩れの前で、カリンが足を止めた。天井の穴から落ちた石は落ちた形のまま座っていて、通り抜けの隙間だけが、行きに検分した通りに空いている。石の下から出ている折れた剣の、柄のほうを引き抜いて、砂を払い、担ぎの脇へ差し入れた。ゲイルは目を開けていたが、何も言わず、カリンも何も言わなかった。三寸の刃が残った柄は、得物にはもう戻らない。戻らない物の置き場所を、この治癒師は塔の床ではなく持ち主の脇と決めたらしい。列は誰も、その手続きに口を挟まなかった。

七層の上がり口を過ぎるとき、柱の三つの刻み目の前で、ボルグの杖はもう止まらなかった。行きに掌を置いた場所を、帰りは音だけ残して通る。六層からは通い慣れた道になった。刻印の前も、抜けの縄場も、崩しの鉄片を並べた壁際も、行きと同じ顔で並んでいる。変わったのは、そこを担ぎ列で通っていることと、殿の俺が数える装備に、五人ぶんの目方が乗っていることだけだ。層を下るごとに軋みは薄くなり、四層で骨の鳴りが消え、二層で、耳の奥が静けさに慣れ切った。

三層の休みで、最後の麦の板を五つに割った。ゲイルの噛む力が朝より戻っていることを、カリンが割った板の減り方で確かめて、短く頷いた。飯の減りで容態を測る診方があるのかは知らないが、俺の測り方と同じなので、文句はない。

一層の段の途中で、ニナが顔を上げた。

「……鐘、鳴ってないです」

塔の口の脇には鐘楼があって、隊が欠けて戻った日には、欠けた人の数だけ撞かれる。数え鐘だ。荷運びをしていたころ、あの数で荷の行き先が変わるので、嫌でも聞き分けるようになったのだと、ニナは段を下りながら言った。三つ鳴れば三人ぶんの荷が組合の預かりへ回り、届け先が遺族の家に変わる。数える側は帳場で、聞く側は町中で、鐘はどちらにも同じ数を配る。七層に二隊が入った日だ。町は、鳴る数を待っていたはずだった。届けの写しを三度見比べた番小屋の男も、板の前で押し合った声も、笑ったほうも笑わなかったほうも、数を待つことにかけては同じ側にいる。

「五人で入って、五人で出ます。二隊ぶん、足しても五人です」ニナは手控えを胸に抱え直した。「鳴らない鐘って、いい音がしますね」

ボルグは何も言わなかった。杖の音だけが、段をひとつずつ確かめて降りていく。言わない男の耳が、いま鳴っていない鐘をどう聞いているのかは、訊く筋の話ではない。訊かない代わりに、列の足を段の途中でひと呼吸ぶん緩めた。急ぐ用がないなら、鳴らない鐘の下は、ゆっくり通ればいい。

担ぎの上で、ゲイルが目を開けているのが分かった。段の明かり取りから差す外の光を、まばたきもせずに受けている。丸一日ぶりの外の光だ。カリンが吊りの縄を持ち直し、傷ではなく顔のほうを一度だけ確かめて、また傷へ戻った。

段が尽きて、番小屋の板壁が先に見え、それから塔の口の明かりが見えた。外は夕方の色をしていた。

明かりの向こうに、人だかりが見えた。


読んで下さりありがとうございました!

★★★★★評価と[[[ブックマーク]]]、リアクションお願いします!

Youtubeにて作品公開中!

http://www.youtube.com/@mizukara-h2z

ご感想やご質問など、ぜひコメントでお聞かせください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。