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第24話「書庫」

ダグは、鍵を三度回した。

見たことがない、と答えた俺を、帳面の部屋の奥へ連れてきた。棚の裏に低い扉があり、扉の向こうは書庫だった。高窓が一つ、昼の光が斜めに一本入っている。火は入れん、とダグが先に言った。角灯は帳面の部屋に置いてきた。棚は六本、帳面の背が年の順に並び、奥へ行くほど革の色が沈む。紙と埃と、乾いた膠の匂いがした。俺の工房と同じで、匂いの薄い場所には仕事が薄い。ここは濃い。十一年どころではない年数の紙が、棚六本ぶん、黙って立っている。ニナは扉の内側で一度足を止め、それから棚の並びを目で数え始めた。数える物のある部屋では、この娘は落ち着く。ボルグは今日も表の長椅子だ。書庫と聞いて、読めん者の入る部屋じゃない、と杖の先で床を一度突いた。読む係と待つ係と、検める係。役の分かれ方が、塔の中と同じ形になっている。

「開塔以前、と言ったな」ダグは奥の棚の、いちばん下から冊を抜いた。「組合ができて、塔を層で区切って、札を出すようになったのが開塔だ。その前にも、塔に入る者はいた。入った者の書き付けを、後から寄せて綴じた冊がある。帳面と呼べる代物じゃない。それでも、捨てなかった者が代々いた」

机は窓の下に一つ。冊は、革がひび割れて、開くと綴じ糸が鳴った。

寄せ集め、という言い方のとおりだった。紙の大きさが頁ごとに違う。字も違う。獣の数の覚え書き、水場の位置、誰かの遺言めいた走り書き。層の呼び方も今と違う。三層を水層と呼ぶ紙があり、五層を鐘層と呼ぶ紙がある。呼び名が揃う前の、名前より先に足が入っていた頃の紙だ。その中に、買取の値を並べた表が挟まっていた。品目と値。読める行と読めない行。ニナの指が、表の左の端を上から下へなぞって、七つ目で止まった。

「……八層、って書いてあります。これ。その下、九層」

八層の行に品目が三つ、九層の行に一つ。値も入っている。売り買いの表に載るというのは、そこへ行って、採って、降りた者がいたということだ。表は嘘の少ない紙だ。願望や自慢は値段の欄には書けない。八層の品目の一つは、いまの鳴り石の倍の値が付いている。倍の値の物を採りに、人が普通に上がっていた時代が、この一枚の中では続いている。

「昔は、上に行けたんですか」

「記録の上ではな」ダグは表の頁を指の背で一度撫でた。撫で方が、係の手つきではなかった。「この表を最後に見たのがいつか、思い出せんくらいには、誰も開かん冊だ」

次の冊が机に足される。「これが開塔からの分だ。読むより、めくったほうが早い」

めくった。層ごとの届け、買取、札の発行。役所の紙の退屈な並びが続き、その退屈が、ある年で切れる。

塔鳴り、初めて記さる。

一行だけだ。誰の手か、他の行より小さい。その年から、紙の中身が変わっていく。事故の届けの行が増える。八層、九層の買取の行が細り、消える。翌々年に、布告の写しが綴じてある。七層より上を閉層とす。以後、挑戦は届け出制とす。書き手の字が、布告の前と後で変わっていた。同じ係の字だ。同じ係の字のまま、線の終いが慌てるようになっている。帳面は感情を書かないが、手は書く。閉層の布告の写しの次の頁には、札の書式の改めが綴じてあった。層札に上限の欄が足され、七の数字から上が刷られなくなっている。紙の側から先に、上が消えていた。

「軋みは、後から始まったんですね」

ニナの声は、書庫の低さに合わせてある。ダグは頷いた。

「開塔から先の帳面には、初めの何年か、鳴りの記述がない。ある年から始まって、それきり止んでいない。上を閉じたのは軋みだ。組合はその後始末をしてきただけ、というのが、帳面から読める分だ」

塔も物だ、と俺は思う。物は古びる。古びた物は鳴る。梁が鳴り、床板が鳴り、蝶番が鳴る。家鳴りの始まった家は、木のどれかが痩せたか、石のどれかが沈んだかしている。鳴り出した年があるというなら、その年に塔の芯のどれかが痩せたか沈んだかした、という話に聞こえる。聞こえるだけで、家と塔では大きさが違いすぎて、俺の知っている直し方の寸法には収まらない。収まらない話は棚だ。棚に置いて、手だけは頁をめくり続けた。

挑戦の冊は、閉層の年から始まって薄い。

隊の名、年、結果。それだけの行が並ぶ。全滅。撤退。撤退。全滅。撤退。結果の欄に、三つ目の言葉はない。隊の名は、どれも景気がいい。旭天、鉄環、山割り。名の威勢と結果の欄の落差が、行ごとに繰り返される。頁の下へ行くほど字が新しくなり、新しくなっても言葉は増えなかった。先週の暁刃の行は、まだない。書かれる前の行の場所だけが、頁の下に空いている。ニナの指が行を追い、二年前のところで止まる。

双角。七層。撤退。

その翌年の頁に、短い行がもう一つ。双角、登録抹消。願いにより。減った名前の数は、どの行にも書いていない。帳面は結果だけを書く紙で、結果の外は、外の長椅子で杖を立てている男の側にある。話すかどうかは、あの男が決める。ニナは指を離して、何も言わずに次の頁を待った。待ち方が、そういう待ち方だった。

冊を閉じる、とダグの手が動きかけて、止まった。

「最後の頁だ」

ダグが冊の尻から開いた。

紙が、そこだけ厚い。他の頁より大きい紙を折って、後から綴じ足した跡がある。綴じ糸の色も、そこだけ新しくない——古いなりに、冊の糸とは別の古さだ。

開くと、文字ではなかった。

線だ。十四本。左から右へ、手癖の揺れなしに並んでいる。四画目の跳ね。八画目の返し。十一画目の、下へ締める傾き。懐に入れてきた俺の写しを出すまでもなく、並びは頭に入っている。同じだ。六層の桟道の付け根で、石と一緒に古びていた、あの十四本。

ニナが息を吸って、止めた。止めたまま、俺の懐のあたりを一度だけ見る。写しを取った日、紙を押さえていた手だ。同じ十四本だと、数え終える前に分かったのだろう。

写した手は、これも古い。線の脇に寸法の書き込みがあり、字は掠れている。寸法まで測った手だ。見て描いただけの写しではなく、測って残した写しだった。掠れた字の並びの下、頁の余白に、別の手がもう一行だけ足していた。小さい、古い手だ。

塔に刻んだ者を探せ。


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