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第23話「呼び出し」

「三層と、五層。二つとも、帳面に欄がなかった」

ダグは開いた帳面を、こちらへ回さなかった。回さずに、頁の縁を指で押さえている。組合の奥の、帳面の部屋。窓口の板の向こうに部屋があることを、今日初めて知った。棚に帳面が年ごとに並び、窓は一つ、机は一つ。窓口の板の裏を通るとき、係が二人、帳面から目を上げた。上げて、下ろした。下ろし方が早すぎて、見ていないふりの手つきだと分かる。十一年の男は、窓口で息だけで笑う顔を、この部屋まで持ち込んでいない。

隣で、ニナが膝の上で手を重ねている。

「窓口は私が、と言ったんですが」

「呼んだのは本人だ。娘は座っとっていい。座っとる分には、帳面は減らん」

呼び出しの紙は、朝、組合の使いが持ってきた。ニナが戸口で受け取って、宛名を見て、それから黙って俺に渡した。名前が書いてある紙を、俺の代わりに読む筋はない。使いは返事を待たずに帰り、ボルグは炉端から紙を一瞥して、行くなとも行けとも言わなかった。組合には、ここまで一緒に来て、表の長椅子で杖を立てて待っている。中まで入る筋がない、と本人が言った。筋の線引きの細かさは、この男もニナも、俺より上だ。夜半の床は、夜明けには床に戻っていた。写しの紙も紙に戻っていた。確かめる前に日が出た、というのが正しい。棚に一段、積んで出てきた。

「三層は、あんたが自分で言った。だから余白に書いた」ダグは頁を一枚繰る。「五層は、あんたは言わなかった。よその隊が届けた。鳴りの中で照りの引かん刃を見た、持ち主は娘で、もらい物と答えた、と」

五層の柱の間で二度、三度と振り返った男の顔を思い出した。あの男は組合に届け、組合は帳面に書き、帳面は今日ここで開いている。俺が見たかったのは、あの男の腰の、切れた付与の跡のほうだ。届けの紙には、それは書いていない。

灰色の目ではなく、袖章の目が、ニナへ向く。

「もらい物です」

ニナの声は揺れなかった。練習の成果か、元からそういう声なのか、聞き分けはつかない。

「誰から」

「……」

「俺だ」

隠す筋がない。隣でニナの手が一度だけ動いて、重ね直された。ダグは息を吐いた。笑う息ではなかった。

「あんたは、隠さんな」

「刻んだのは俺で、切れたらまた刻む。隠すところがない」

「切れんから、届けが来る」

それはダグの側の言い分で、俺の側では、切れた例をまだ見ていないというだけの話だ。見ていないと、切れないは、帳面の上では同じ欄に入るのかもしれない。俺の側では別の棚だ。言い直す場面でもない。ダグは帳面をもう一冊、棚から抜いた。今年のものではない。背の色が違う。

「これは、鑑定台の帳面だ。露店のセルバは、月に一度、うちの鑑定台に座る。爺の書き付けは、この冊に溜まる」

頁を開いて、今度は、こちらへ回した。

古い紙で、縁が手垢で丸い。並ぶ書き付けはどれも一行か二行で、値の欄に数字が入っている。数字のない行は、見渡す限り、一行しかなかった。字は小さく、角が立っていた。日付は、俺がこの町に降りた翌々日。品目の欄に、薄刃一本。持ち込みの欄に、単独登録の若い付与術士。値の欄には、線が一本引いてあるだけで、その脇に二行。

値はつけん。売らせるな。

あの日の露店で、爺が言ったのと同じ言葉が、組合の帳面の中に二月前から座っていた。俺の知らないところで、俺の短剣の話が紙になっている。腰の薄刃の重さは、変わらない。変わったのは、この薄刃のことを紙で知っている人間の数だ。

「爺が『売らせるな』と書くのは、十一年で二度目だ」

「一度目は」

「あんたに関係があるかどうか、まだ分からん。関係があると分かったら、言う」

値はつけん、と書いてある。値のつかない物を売らせない、というのは筋の通った話だ。露店で恥をかく前に止めた、と俺は受け取ってきた。組合の帳面に同じ言葉があるのなら、爺は組合の側でも同じ親切をしたことになる。親切の範囲が、思っていたより広かっただけだ。広い親切を、月に一度組合の台に座る爺がしている。露店の前で言われた日から、俺は薄刃を売っていない。売らない理由が、今日一つ増えた。組合の帳面に逆らう筋はない。

ダグは、何も言わなかった。俺の顔を見て、それから帳面に戻った。

「三層の床。五層の刃。鑑定台の薄刃。三つとも、単独登録の一名に繋がる」

新しい頁を開き、定規を当て、線を引く。縦に一本、横に一本。筆の先が線の端で止まり、止まった先を指で押さえ、もう一本。線と線の交わりに、迷いの滲みがない。十一年の手つきで、欄が一つできた。頭の枠に、刻印・単独、と書き入れる。その下に三行。三層、床、報告本人。五層、刃、届け他隊。薄刃、鑑定、値なし。

「帳面の埋め草にもならん、と言った口だ」ダグは筆を置いた。「取り消しはせん。埋め草じゃなく、欄になった。それだけだ」

ニナは欄を見ていた。窓口の板の向こうで半年、余白に書かれる側の名前を見てきた娘だ。欄の文字を、声に出さずに口だけで読んでいる。読み終えて、また手を重ねた。

十一年、この男は欄を作る側ではなく、欄に書き込む側だったのだろう。作った欄を見下ろす顔に、誇る色も、悔やむ色もない。帳面が一枚増えた、という顔だ。

「それで、用件は」

訊いた。呼び出しに用件があるはずで、まだ用件を聞いていない。帳面の話は前置きで、前置きの長い用件は、修繕なら大きい修繕だ。

「床の修繕か。壁か。組合の直し物なら、見てから言う。直せる物は直すし、直せないものは直せないと言う」

ニナが横で、小さく息を止めた。ダグは、笑わなかった。窓口の板の向こうでなら、ここで息が漏れたはずだ。漏れなかった。代わりに、鑑定台の帳面を閉じ、今年の帳面を閉じ、二冊を重ねて机の端へ寄せた。

「直し物じゃない」

言ってから、しばらく机の木目を見ていた。この部屋の上に、もう一つ部屋がある。階段の音が、話のあいだに二度、天井を渡った。ダグの目は、二度とも天井へ上がらなかった。上がらないように押さえている目の動きだ。上の話をするときの顔だと、後で分かる顔だった。

「上は、七層の目を探しとる。それは、俺の口から言う話じゃない。俺の口から言えるのは、帳面のことだけだ」

「帳面の」

「……あんた、開塔以前の記録を見たことがあるか」


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