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第18話「実り」

秤の皿が、音を立てて沈んだ。

買取の係は分銅を足し、もう一度足して、それから手を止めて鳴り石を一つ取り上げた。灯りに透かし、爪で弾く。澄んだ音が、朝の組合の人いきれの上を細く抜けていった。列の後ろで、誰かが首を伸ばす。朝の買取は静かな刻限で、秤と算盤の音がよく通る。

「五層の、根の石だな。割れがない」係は石を置いて、初めてこちらの顔を見た。俺、ニナ、それからニナの後ろの杖の男。「……五層を、この頭数でか」

「道を知っている者がいる」

それだけ答えた。係は何度か視線を往復させてから、算盤に戻った。壁走りの爪が三対、鳴り石が九つ、五層の間で拾った細々。読み上げられた払いは、銀貨七枚と銅貨が少し。ニナが受け取って数え、二枚目で手が一度止まり、数え直して、もう一度止まった。半年ぶんの稼ぎを一朝で越える額を、掌が先に信じかねている。

五層の壁の古い彫り跡は、図の余白に丸を一つ付けて、先送りにした。塔には人の出入りの年季がある。昔の誰かが昔の理由で彫った、というだけなら、驚く筋の話ではない。それより今日は、使う日だ。稼ぎは使われて初めて飯になる。鳴り石の残り半分は工房に置いてきたから、夕方にもう一度列に並ぶ、と係に告げて窓を離れた。

市場は、買う側で歩くと別の通りに見えた。売る側で歩いた半年を、ニナは店の並びごと覚えている。量りをごまかす露店の前は素通りし、値切っていい店と値切ると品を替えられる店を、歩きながら小声で教えてくる。教わる俺のほうが、この町は長いはずなのだが。

ニナの靴を新調した。靴屋の親父が古いほうの靴を裏返し、底の刻みを見て、捨てるのを惜しがった。革の胸当ても誂えた。六層から先は、獣の爪が上から来る。それから風で消えない角灯をひとつ。松明は影が動きすぎる。壁走りの層で覚えたことだ。買った端から、店先を借りて刻んでいく。滑らない、破れない、割れない。手間の割に、店の親父のほうが長くこちらの手元を見ていた。

寝台は、板と脚を買って荷車で運んだ。炉端の麻袋を引き上げると言うと、ボルグは首を振った。

「要らん。土間で寝られる体だ」

「寝台は家の物です」ニナが板を数えながら言う。「ボルグさんの物じゃありません。家に置くだけです。置く場所が、たまたま炉端なだけです」

「……屁理屈を覚えたの」

「数えるのの、隣にあったので」

組み上げはニナと二人でやった。ボルグは口だけ出す。板の目を交わせ、脚は火から一尺離せ。竈の指図と同じ声で寝台の指図をして、出来上がる頃には自分の寝床の話ではないような顔をしていた。ボルグはそれきり黙って、組み上がった寝台に腰を下ろした。軋まない。俺が脚に一筋入れたからだが、本人は二度、三度と座り直して、何も言わずに杖を壁の定位置へ立てかけた。受け取る理屈が立ったらしい。

工房の修繕もした。窓の板を新しくし、作業台のぐらつく脚を替え、砥石を据えた。ニナは俺の分の外套を勝手に買ってきていた。前のは私が着てますから、と言う。あの外套は話が別だ、と返しかけて、やめた。返す筋を探す顔ではない。着る側に断る筋もない。袖を通すと、ニナは満足そうに角灯へ油を足しに行った。

飯は、日のあるうちから支度が始まった。

ベルタの店で屑野菜ではない野菜を買い、塩豚の切れ端と、白いほうの麦を量ってもらった。ベルタは代金を受け取りながら、鍋を覗きに行くからね、とだけ言った。家主の検分は歓迎だ。それから、買取に出すはずだった岩這いの、いちばん大きいのを、ニナが桶から取り上げた。

「小さいのは食う、大きいのは売る、ですけど」

「今日のは、売りもんじゃない」ボルグが先に言った。「今日のは、割に合わんでいい日だ」

支度の手は、いつの間にか分担が決まっていた。ボルグが火を見る。竈の前の低い腰掛けは、寝台の板の余りでこしらえた。ニナが殻を割り、身を外し、俺は言われたとおりに野菜を切る。包丁より鏨のほうが慣れた手だが、大きさを揃えるだけなら刻みも野菜も理屈は近い。殻を煮出し、野菜を落とし、塩豚で脂を足す。煮えるあいだにベルタが本当に鍋を覗きに来て、木杓子でひと口すくい、塩をひとつまみ足して、何も言わずに帰っていった。足された塩のぶんだけ、味の筋が通った。湯気が三月前の粥の倍の高さまで立った。卓は作業台のままで、椀も欠けた三つのままだ。稼ぎで替えなかった物は、この椀だけになる。欠けの小さい順にボルグ、俺、ニナ。並べ方も変わらない。変わったのは中身の濃さと、湯気の匂いだけだ。

ニナは一杯目を盛り終えると、鍋の残りと三人の椀を見比べる、いつもの目の動きを途中でやめた。

「……今日は、数えません」

宣言して、自分の椀に大盛りを盛った。ボルグが息だけで笑う。数えないと言った端から、大きい欠片がボルグの椀に寄せてあるのは、たぶん本人も気づいていない。癖は宣言より深い。

食いながら、ボルグが五層の話をし、ニナが図を広げて書き足しの続きをやり、俺は新しい砥石で鏨を研いだ。研ぎながら、椀の中身が減っていく速さを聞いていた。三日食っていなかった娘の匙の音と、軒下で麻袋にくるまっていた男の匙の音が、いまは同じ卓で同じ調子に鳴っている。三月前、俺の荷物は鏨の包み一つで、卓もなく、椀も要らなかった。今は椀が三つあって、三つとも欠けていて、替える金があっても誰も替えると言わない。物の値打ちの付き方が、値札と別の帳面で動き始めている。

日が落ちてから、鳴り石の残りを負って、もう一度組合へ出た。

夕方の買取は朝より列が長い。下りてきた隊が獲物ごと並ぶ時刻で、角灯の火が列に沿って連なっていた。血の匂いと、獣の脂の匂いと、それに疲れた声。列の中身は朝と同じ町の一日で、違うのはこちらの荷の重さだけだ。新しい角灯に火を入れると、隣の隊の若いのが物珍しそうに覗き込んできた。ニナが荷を降ろし、紐を解きにかかる。ボルグは列の外の壁際に、杖を突いて立った。

窓の奥で、係が台に上がった。触れの紙を広げ、声を張る。潜行の届けと、層の注意と、それから、紙をもう一枚めくった。

「触れ——届け出の隊『暁刃』、本日、七層にて敗退。負傷者あり」

列が、ざわめきで揺れた。

隣で、荷の紐を解きかけたニナの手が、紐を握ったまま動かない。


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