第10話「装備の山」
山は、装備でできていた。
鎧が、剣が、盾が、兜が、通路の行き止まりに積み重なっている。人の背丈の倍はある。手前の物は水垢をかぶったばかりの色で、奥へ、下へいくほど錆が深い。一番下の層は、もう形が土に近かった。積もるのに何年かかったのか、数える気にならない高さと深さで、それは暗がりの中に据わっていた。
数を数えかけて、やめた。剣だけで両手に余る。兜は数えられる形を保っている物のほうが少ない。一つの隊がまるごと消えても、ここに増える山は膝の高さにもならないだろう。それが人の背丈の倍、積もっている。
「流れ着き場……」
ニナの声が、途中で細くなった。
「知っているのか」
「噂だけ。上の層で死んだ人の装備が、水に運ばれて、下の層に溜まるって。一層の人たちが、宝の山だって笑い話にしてました。誰も場所を知らないから、笑い話で済んでたんです」
見上げると、天井の割れ目から水が糸になって落ちていた。三層は水の層で、水は低い場所へ集まる。上の層の水も、巡り巡ってここへ下りてくるのだろう。人は落ちてこない。装備だけが、留め具が切れ、革が腐り、持ち主を離れて、水に転がされてここへ着く。六層は必ずどこかで雨が降っているとボルグは言った。あの雨も、巡ってここへ落ちているのかもしれなかった。
近づいて、手前の一枚を検めた。胸当てだ。革の裏打ちはまだ新しい。表の鋼に、爪の痕が三本、深く走っている。留め具は千切れていた。外して落としたのではない。千切れて、脱げたのだ。持ち主がその後どうなったかは、痕の深さが語っていた。
山の裾に、小さい籠手が落ちていた。大人の物ではない。ニナの手より、まだ一回り小さい。拾い上げる気にはなれなかった。塔は、登る者の歳を選ばない。選ばないという事実が、その小ささのぶんだけ、重かった。
「戻しましょう」ニナが袖を引いた。「ここ、長くいる場所じゃないです」
「持ち主に返す筋は、ないのか」
口に出してから、自分でも筋の立たなさは分かっていた。持ち主は上で死んでいる。名前も隊も分からない。それでも、物には持ち主がいる。売るために作られ、買われ、締められ、守って、千切れた。その順序の先が、暗がりの山で終わるのは、勘定の合わない話だと思った。
「無理です」ニナの答えは早かった。「何十人ぶんあると思いますか。それに、届けても、組合は困るだけです。名のない装備の持ち主なんて、帳面のどこにもいません」
即答できるのは、考えたことがあるからだ。一層の笑い話を聞いたとき、この娘はたぶん、笑わずに勘定していた。宝の山を見つけたら、自分は拾うのか。拾って食いつなぐのか。三日食えなかった夜に、その勘定をしなかったとは思えない。だから答えが早い。
正しい。この娘の正しさは、いつも暮らしの側から来る。俺は山を見上げて、それから勘定を下げた。全部は無理でも、銘のある物なら筋が通る。銘は、持ち主の代わりに名乗る。
山の際を回って、銘を探した。手袋越しに一つずつ持ち上げては、内側を検め、裏を返す。錆が手袋に移って、指先が赤茶に染まっていく。物を検める手つきは、刻む前の下見と同じだった。傷の場所。造りの癖。使われ方。読もうとすれば、装備は持ち主のことをよく喋る。この山は、喋る口の集まりだ。それを思ってから、あまり読まないことにした。
銘は、多くはない。銘を入れるのは金のある隊か、長く続いた隊だけだ。兜の内側に一つ。剣の柄頭に一つ。それから、盾。丸盾の裏に、焼き印が入っていた。角が二本、弧を描いて交わる印。文字ではなく、絵柄だ。隊の章だろう。盾の縁は三分の一が欠けて、欠け口は古い。
三つだけ抱えて、山に背を向けた。ニナは最後まで、山のほうを振り返らなかった。振り返らないと決めた歩き方だった。階段を上がって、水音が遠くなってから、ようやく口を開いた。
「私たちも、上に行けば、ああなるかもしれないんですよね」
「なるかもしれない」
嘘をつく場面ではなかった。層札の数字が上がるということは、あの山に近づくということでもある。稼ぎと危なさは、この塔では同じ階段を上る。それを踏まえた上で、それでも登るのかを、いずれこの娘は自分で決めることになる。決めるのは俺ではない。ニナは頷いて、それから帯の短剣に手を置いた。
「でも、この短剣は、切れないから。留め具も、靴も」呟くように言って、先に段を上がっていく。「……ちゃんと、持ち主と一緒に帰ります」
その理屈は、俺の刻みには過ぎた信用だと思ったが、言わなかった。信じて足が軽くなるなら、勘定は合っている。
買取所では、岩這いの甲殻と薬草だけを台に載せた。銘のある三つは袋から出さなかった。係の男が袋の膨らみを一度見たが、何も訊かなかった。塔から何を持ち帰るかは、拾い主の勘定だ。この町の決まりは、そこに立ち入らない。
買取を済ませて、日の落ちる前に飯屋へ回った。ボルグは昨日と同じ席にいた。違うのは、床に空の椀がないことだ。昼に、約束の飯を食っている。俺たちを見ると、片手を上げた。挨拶を寄越す程度には、こちらに慣れたらしい。
三層の首尾を話した。右の道。崩れた左。骨。岩這いの群れと、床に引いた線のこと。ボルグは相槌も打たずに聞いた。床の線のくだりで眉だけが動いたが、口は挟まなかった。仕舞う顔だ。この男の中の、確かめる順番の列が、また一つ伸びたらしい。聞き終えてから、袋の重さを目で量った。
「初日でそれだけ持ち帰れば、上等だ」
「あんたの道のおかげだ。それと——」
抱えてきた三つを、卓に載せた。
「流れ着き場を見つけた。銘のある物だけ、拾ってきた。組合に届ける前に、あんたなら持ち主の隊が分かるかと思ってな。二年前まで、上を歩いていたんだろう」
ボルグは兜を取り、内側の銘を検めた。読む速さが、ただの男の速さではない。銘のどこを見れば隊が分かるのか、手が知っている。首を横に振った。知らん隊だ、新しいのだろう、と言う。剣の柄頭。これも、知らんと言った。それから、盾に手を伸ばした。
手が、止まった。
裏の焼き印の上で、太い指が動かなくなる。角が二本、弧を描いて交わる印。ボルグの親指が、その弧を一度、ゆっくりとなぞった。欠けた縁。古い欠け口。指は印に戻って、もう動かない。
店の喧騒が、卓の周りだけ遠くなった。
「……ボルグさん?」
ニナの声にも、顔は上がらなかった。盾を見たまま、低い声だけが落ちてきた。
「これは、俺の隊の盾だ」
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