第9話 町を蝕む者
川沿いの古い倉庫は、町外れに建っていた。
周囲に人家はなく、聞こえるのは川の流れる音だけだ。
リディアとミアが近づくと、入口に立っていた男が二人へ気づいた。
「来やがったぞ!」
男は倉庫の中へ駆け込んでいく。
「待ち構えているみたいね」
「ああ。先ほど逃げた者が知らせたのだろう」
リディアは腰の剣を確かめた。
「私は衛兵を呼んでくるわ。薬屋の店主たちにも、証言してもらえるよう頼んである」
「衛兵は動くのか?」
「これだけ証言する人がいて、現場を押さえられるなら無視はできないでしょ」
「分かった」
「戻るまで、倒れないでよ」
「努力しよう」
「そこは言い切ってほしいんだけど」
ミアは不満そうな顔をしたが、それ以上は言わなかった。
「無理だと思ったら逃げるのよ」
「承知した」
ミアが町へ引き返す。
リディアは一人で倉庫へ向かった。
扉は開け放たれている。
中へ入ると、二十人近い男たちが武器を手に待ち構えていた。
その奥で、大柄な男が椅子から立ち上がる。
短く刈った髪に、太い腕。腰には幅の広い剣を下げていた。
「お前が、うちの連中をやった女か」
「そうだ。そなたが頭領か?」
「ガルドだ。この辺りを仕切っている」
「ならば話は早い」
リディアはガルドを正面から見た。
「町の店から金を取るのをやめろ」
倉庫の中に笑い声が広がった。
「俺たちがいるから、あの町で商売ができる。店を守ってやる代金を取って何が悪い」
「誰から守っている?」
「俺たちに逆らう馬鹿からだ」
「そうか」
リディアは剣を抜いた。
「ならば、そなたたちは町を守っているのではない。ただ脅して金を奪っているだけだ」
胸元の紋章が熱を持つ。
《断罪》
身体の奥から力が湧き上がった。
「やれ!」
ガルドの号令で、男たちが動いた。
剣や棍棒を手に、一斉に押し寄せてくる。
リディアは入口近くから動かなかった。
倉庫の奥へ入れば囲まれる。
しかし狭い入口なら、同時に相手をする人数を減らせる。
最初の男が剣を振り上げた。
リディアは刃を外へ流し、剣の腹で手首を打つ。
武器を落とした男を後続へ突き飛ばした。
二人目の棍棒を避け、膝を打つ。
三人目の短剣を弾き、柄を顎へ叩き込む。
倒れた者が入口を塞ぎ、後ろにいた男たちの足を止めた。
「横から回れ!」
倉庫の中で男たちが広がる。
リディアは自ら踏み込み、隊列が整う前に距離を詰めた。
一人の剣を弾く。
返す刃で、隣の男の肩を打つ。
背後から振り下ろされた棍棒を避けると、勢い余った一撃が仲間の腕へ当たった。
「邪魔だ! 離れろ!」
「押すな!」
人数の多さが、かえって互いの動きを妨げていた。
リディアはその隙を逃さない。
武器を持つ手。
踏み込む足。
鎧に守られていない肩。
一人ずつ、確実に戦えなくしていく。
それでも、すべてを避け切ることはできなかった。
剣を受けた衝撃が、包帯を巻いた左腕へ響く。
「くっ……!」
「効いてるぞ! 押し切れ!」
二人の男が同時に踏み込んできた。
リディアは一人目の剣を受け流し、その男の身体をもう一人へぶつけた。
体勢を崩した二人の脇腹へ、続けて剣の腹を打ち込む。
男たちが折り重なるように倒れた。
「何なんだ、こいつ……!」
「二十人いるんだぞ!」
一人が怯えた声を上げる。
その隣にいた男が武器を振り上げたが、踏み込んではこなかった。
「まだ続けるか?」
リディアが剣を向ける。
男たちは動けなかった。
床には、すでに半数以上が倒れている。
一人が武器を捨てた。
それを見て、残った者たちも次々と剣や棍棒を床へ落としていく。
「役立たずどもが!」
ガルドが怒鳴った。
幅広の剣を抜き、リディアの前へ進み出る。
「小娘一人に何を怯えてやがる!」
大柄な身体から、剣が横薙ぎに振るわれた。
リディアは後ろへ下がって避ける。
刃が目の前を通り過ぎた。
速くはない。
だが、まともに受ければ剣ごと弾かれるだけの力がある。
「逃がすか!」
ガルドが踏み込み、再び剣を振るう。
リディアは斜めに刃を合わせた。
受け止めず、力を外へ流す。
幅広の剣が床へ叩きつけられた。
ガルドは強引に剣を引き戻し、今度は頭上へ振り上げる。
「潰れろ!」
力任せの一撃が振り下ろされた。
リディアは半歩横へずれる。
幅広の剣が床板を砕いた。
刃が深く食い込み、ガルドの動きが止まる。
リディアは剣を握る手首を打った。
「ぐっ!」
ガルドの手から剣が離れる。
続けて足を払い、その身体を床へ倒した。
リディアの切っ先が喉元へ突きつけられる。
「終わりだ」
「……殺せよ」
「その必要はない」
リディアは剣を向けたまま答えた。
「そなたは衛兵へ引き渡す」
倉庫の外から、複数の足音が近づいてきた。
「動くな!」
武装した衛兵たちが、入口から雪崩れ込んでくる。
その後ろには、息を切らしたミアと、薬屋の店主を含む町の者たちがいた。
衛兵たちは、倒れている男たちの武器を取り上げていく。
隊長らしい男がガルドの前へ立った。
「恐喝と傷害の疑いで拘束する」
「今まで何もしなかったくせに!」
「言い分は詰め所で聞こう」
ガルドの両腕に縄が掛けられた。
ほかの男たちも、次々と拘束されていく。
リディアは剣を鞘へ戻した。
「終わったのね」
ミアが隣へ来る。
「ああ。これで、あの者たちが店へ戻ることはないだろう」
「それなら、今度はあなたの腕を見せて」
「戦いは終わったばかりだぞ」
「だから今のうちに診るのよ。ほら、座って」
「……承知した」
◇
翌朝。
昨日の騒ぎで閉ざされていた店々も、今朝は揃って扉を開けていた。
町の門前で、リディアは荷物を馬へ括りつける。
「世話になったな」
「もう行くの?」
「ああ。追われている以上、同じ場所へ長く留まるべきではない」
ミアは少し考えた後、自分の荷物を背負い直した。
「それなら、次の町まで一緒に行くわ」
「よいのか?」
「治療経験を積んで、新しいスキルを得るために旅をしているの。あなたと一緒なら、患者には困らなそうだし」
「私が怪我をする前提なのか?」
「この町に来てから、何人と戦ったと思っているのよ」
「否定はできないな」
「それに、放っておいたら傷の手当てもせずに進みそうだもの」
リディアは包帯の巻かれた左腕を見る。
「では、次の町まで頼む」
「分かったわ。ただし、無茶をしたら止めるからね」
「善処しよう」
「やっぱり信用できない返事ね」
二人は馬に乗り、町を出た。
リディアは《断罪》の力で、一つの町を苦しめていた者たちを止めた。
自らの剣で悪を正せる。
その確信は、以前よりも強くなっていた。




