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第8話 断罪の力

 服の下で、紋章が強い熱を持った。


 その熱が胸から全身へ広がる。


 同時に、これまで知らなかったはずの言葉が、リディアの意識へ浮かび上がった。


《断罪》


 裁くべき相手と戦う時、身体能力と戦闘能力が上昇する。


 それが、初めて発現したスキルの名と効果だった。


 男の棍棒が振り下ろされる。


 リディアは剣を抜き、刃の腹で受け流した。


 衝撃は驚くほど軽い。


 手首を返すと、棍棒が男の手から弾き飛ばされた。


「なっ――」


 男が目を見開く。


 リディア自身も、自分の身体に起きた変化を感じていた。


 身体が軽い。


 力が増しているだけではない。男の肩や腰の動きが、普段よりもはっきりと見える。


 ローデンから何度も教えられた。


 剣ではなく、相手の身体を見ろ。


 今なら、それがよく分かった。


 男が棍棒を拾おうとするより早く、リディアは踏み込んだ。


 剣の柄を腹へ打ち込む。


「ぐっ……!」


 男が腹を押さえ、その場へ崩れ落ちた。


「てめえ!」


 残る二人が武器を抜く。


 一人は短剣。


 もう一人は、手入れのされていない片手剣だった。


「リナ!」


 ミアが負傷した店主を庇うように身を低くする。


「そのまま店主を見ていてくれ」


「二人いるのよ!」


「分かっている」


 店内は狭い。


 ここで戦えば、残った薬やミアたちを巻き込む。


 リディアは倒れた男の襟を掴み、店の外へ放り出した。


「なっ……!」


「続けるなら、外へ出ろ」


「調子に乗るな!」


 二人の男がリディアを追って通りへ出た。


          ◇


 騒ぎを聞きつけ、周囲の店から住民たちが様子を窺っていた。


 だが、止めようとする者はいない。


 短剣を持った男が、正面から飛び込んでくる。


 リディアは半歩ずれて避け、すれ違いざまに剣の腹で手首を打った。


「痛っ!」


 短剣が落ちる。


 すぐに足を払い、男を地面へ倒した。


「このっ!」


 片手剣の男が背後から斬りかかる。


 リディアは身体を沈め、頭上を通過した剣を見送った。そのまま身体を回し、鞘を男の脇腹へ叩き込む。


「がっ!」


 男がよろめいた。


 その時、通りの向こうから声が上がる。


「何の騒ぎだ!」


 新たに七人の男たちが現れた。


 どの男も剣や棍棒を持っている。近くの店を回っていた仲間らしい。


 最初の三人を含めれば、全部で十人。


「そいつが急に襲ってきやがった!」


 地面に倒れた男が叫ぶ。


「店主を殴ったのは、そなたたちだろう」


「どっちでもいい。俺たちに手を出したことを後悔させろ!」


 七人の男たちが武器を抜いた。


 リディアは剣を構え直す。


「警告する。武器を収めて、壊した物を弁償しろ」


「まだ自分の立場が分かってねえようだな!」


 男たちが一斉に動いた。


《断罪》の熱は消えていない。


 リディアは囲まれる前に、自ら距離を詰めた。


 先頭の男が振るった棍棒をかわし、その手首を打つ。武器を落とした男を後ろの仲間へ突き飛ばし、崩れたところへ踏み込んだ。


 一人の剣を受け流す。


 返す刃の腹で、別の男の肩を打つ。


 短剣を突き出した男の腕を払い、足を掛けて転倒させる。


「囲め!」


 男たちは左右へ広がろうとする。


 リディアは動きの遅れた者から倒し、囲みが完成する前に位置を変えた。


「くそっ、何なんだこいつ!」


「近づくな!」


 一人が怯えて後退する。


 その陰から、別の男が短剣を突き出した。


 リディアは身体を捻ったが、避け切れなかった。刃が左腕を浅く裂く。


「っ――!」


「当たった!」


 男がもう一度踏み込もうとする。


 リディアはその短剣を弾き、顎へ柄を打ち込んだ。


 男が仰向けに倒れる。


 続けて迫った剣を正面から受けた。


 金属音が通りに響く。


 男は力を込めて押し切ろうとした。


 だが、リディアの腕はほとんど動かない。


「何だ、この力……!」


「私にも、今分かったところだ」


 リディアは相手の剣を外へ弾いた。


 空いた肩へ剣の腹を打ち込む。


 男の身体が地面へ転がった。


 残った者たちの足が止まる。


 立っているのは、三人だけだった。


「まだ続けるか?」


 リディアが尋ねる。


 男たちは、地面に倒れた仲間を見回した。


「……これで済むと思うなよ」


「思ってはいない。そなたらにも、命令を出している者がいるのだろう」


 三人の顔が強張る。


「頭が黙ってねえぞ。俺たちなんかより強いし、仲間もまだ大勢いる」


「どこにいる?」


「教えるわけが――」


 リディアが一歩近づく。


 男は、倒れている仲間たちをもう一度見た。


「……町外れだ。川沿いに古い倉庫がある」


「そうか。感謝する」


「礼を言うな!」


 三人は倒れた仲間を置き、逃げるように通りを去っていった。


 リディアは追わなかった。


 背を向けて逃げる者を斬る理由はない。


          ◇


 通りを見下ろせる建物の陰に、一人の若い男が立っていた。


 男は倒れた者たちと、剣を収めるリディアを交互に見る。


「十人でも届かないか」


 誰にも聞こえない声で呟く。


 やがて外套の襟を立てると、通りの奥へ消えた。


          ◇


「動かさないで。傷が開く」


 薬屋の奥で、ミアがリディアの左腕へ薬を塗っていた。


「浅い傷だ」


「浅くても傷は傷よ。どうして会ったばかりで怪我の手当てをすることになるのかしら」


「相手も武器を持っていたからだろう」


「そういう意味じゃないわよ」


 ミアは傷へ布を当て、手早く包帯を巻いた。


「店主は大丈夫なのか?」


「頭を少し切っているけど、意識ははっきりしてる。しばらく休めば大丈夫よ」


「そうか」


 リディアは胸元へ手を当てた。


 戦いが終わった今、熱はすでに消えている。


「それで、さっきの動きは何だったの?」


「スキルが発現した」


「今まで使えなかったの?」


「ああ。紋章が現れてから、何の反応もなかった」


「どんなスキル?」


「《断罪》というらしい。裁くべき相手と戦う時、私を強くする力だ」


「それで、あの人たちを?」


「あの者たちは店主を殴り、商品を壊し、治療しようとしたそなたにも手を出した」


 リディアは割れた薬瓶を見る。


「裁かれるべき者であることに、疑いはないだろう」


「それは否定しないけど」


 ミアが店主の様子を見るために背を向ける。


 リディアは服の襟をわずかに下げ、鎖骨の下にある紋章を確認した。


 昨日よりも、外側の線が僅かに伸びている。


 一見しただけでは分からないほどの変化だった。


 それでも、初めてスキルが発現したことと無関係ではないだろう。


 大罪に属すると判定され、自分が殺される原因となった紋章。


 しかし、そこから生まれた《断罪》は、困っている者を守るために力を与えてくれた。


「悪い力ではなさそうだ」


「何か言った?」


「いや、何でもない」


 リディアは衣服を直した。


 騒ぎを見ていた近隣の店主たちも、薬屋へ集まり始めていた。


「あいつらは、この辺り一帯の店から金を取っている」


「断れば、店を壊されるんだ」


「前に逆らった店主は、夜に店を焼かれて町を出ていった」


 誰もが同じように怯えていた。


「衛兵は何をしている?」


「何度も訴えました。ですが、証言する者が少なく、衛兵も関わりたがりません」


「頭領はガルドという男です」


 薬屋の店主が、額へ布を当てたまま言った。


「あの者たちを何人倒しても、ガルドがいる限り終わりません」


「リナ」


 ミアが声を落とした。


「追われているなら、ここを離れた方がいいんじゃない?」


「そうすれば、この店はどうなる?」


「それは……」


「私が剣を抜いた。その結果を、店主へ押しつけることはできない」


 あの三人がガルドへ報告すれば、この店が報復を受ける可能性もある。


 下の者を倒しただけでは、何も終わらない。


「川沿いの倉庫へ行く」


「今から?」


「時間を置けば、向こうからまた来る。ならば、こちらから止めに行く」


「相手は、まだ大勢いるのよ」


「分かっている」


 ミアはしばらくリディアを見つめた。


「……私は戦えないわよ」


「戦わせるつもりはない」


「なら、あなたが倉庫へ向かっている間に、店主たちへ証言を頼んでおく。そのあと、衛兵を呼んでくるわ」


「衛兵は動くのか?」


「証言する人が揃って、相手が全員倒れていれば、捕まえるくらいはするでしょ」


「なるほど」


「だから、私が戻る前に倒れないでよ」


「努力しよう」


「約束はしないのね」


「相手を見ずに約束はできない」


「本当に生真面目なのか、頑固なだけなのか分からないわ」


 ミアは呆れたように息を吐いた。


 リディアは剣を腰へ戻し、薬屋の出口へ向かう。


「ガルドを止める」


 今度はこちらから、相手のもとへ向かう番だった。

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