第27話 傲慢の紋章
「私は、あの方を追う者です」
ローデンの答えに、ミアは目を細めた。
「殺すために?」
「そのための命を受けております」
否定も、言い訳もしなかった。
「それを聞いて、私が話すと思うの?」
「話を聞けずとも、私はお嬢様のもとへ参ります」
「なら、どうして聞くのよ」
「剣を教えた者として、あの方が何を見て、何を選ばれたのかを知っておきたいのです」
ローデンは穏やかに続ける。
「無理に聞き出すつもりはございません。話すかどうかは、そなたがお決めなされ」
ミアは、街道に倒れた男たちを見た。
彼らはリディアに救われ、その正義を信じた末に、リディアへ知らせることもなくミアを殺そうとした。
このことも、ローデンが知らずにリディアへ向かうことも、どちらも見過ごせなかった。
「私が見たことだけよ」
「十分ですな」
「今どこにいるかは教えない。それでもいい?」
「ええ」
ローデンは頷いた。
◇
街道脇の木陰で、ミアは奴隷都市で起きたことを話した。
リディアが奴隷を解放するために戦ったこと。
武器を持たない者まで殺す兵士を止めるため、《断罪》を使って都市を制圧したこと。
総督や兵士長が死に、奴隷商人が逃げた後、都市をまとめる者がいなくなったこと。
倉庫の物資をめぐる争いが起きても、リディアは残る者たちが自分で決めるべきだとして、新たな支配者にはならなかったこと。
そして戦いが終わった後も、元奴隷たちの訴えを聞き、自ら罪と罰を決め始めたこと。
「リディアは、訴えを聞くたび苦しそうだった」
ミアは、広間に並んでいた者たちを思い出す。
「被害者の話を聞いて、泣いていたこともある。人を殺すのを楽しんでいたわけではない」
「ええ」
「でも、裁きを告げる時には、もう迷わなくなっていた」
優しさを失ったわけではない。
それでも、悪だと判断した者を殺すことへの躊躇だけが、少しずつ失われていた。
「証言者が一人だけで、確かな証拠もない相手まで処刑したのですか」
初めて神官が口を開いた。
「リディアは紋章が熱を持ったから、その人は悪だと判断したわ」
「そのスキルが、真偽を見抜くと?」
「分からない。本人はそう信じてる。でも、私は違うかもしれないと思った」
神官は考え込むように黙った。
ローデンは、途中で一度も話を遮らなかった。
「それで、私は離れたの」
「お嬢様は引き止められましたかな」
「いいえ。自分で決めたことなら、それでいいって」
「そうですか」
ローデンは、それだけ答えた。
責めることも、安心することもなかった。
「紋章について、もう少し詳しく聞かせてください」
神官が尋ねる。
「初めに見た時から、形は変わりましたか」
「変わったわ。最初は鎖骨の下だけだったけど、今は右肩から首まで広がってる」
「模様は?」
「尖った線が重なっていた。王冠みたいに見えたわ」
神官の表情が変わった。
馬の荷物から、革張りの古い本を取り出す。何枚か頁をめくり、そこに描かれた紋章をミアへ見せた。
「これに近いですか」
黒い線で描かれていたのは、いくつもの尖った意匠を持つ王冠だった。
細部までは覚えていない。
それでも、リディアの首筋に現れた模様とよく似ている。
「ええ。たぶん、これよ」
神官は本へ視線を落とした。
「間違いないでしょう」
「何の紋章なの?」
「大罪の系統の一つ」
神官が答える。
「傲慢です」
ミアは、その言葉を黙って受け止めた。
自分が悪と決めた者を、自らの力で裁く。
リディアが選んだ道と、あまりにもよく重なる名だった。
「《断罪》も、その傲慢の力なの?」
「系統が分かっただけです。スキルの発動条件や、何を基準に反応するかまでは分かりません」
神官は本を閉じた。
「少なくとも、悪を正しく見抜く力だと断定できる記録はありません」
「そう……」
ミアは、リディアへ伝えたかった言葉を思い出した。
これまで間違っていなかったことは、これからも間違わない証明にはならない。
だが、その言葉をもう一度伝える機会はないだろう。
◇
「ところで、ミア殿」
ローデンが言った。
「奴隷都市で、新しい治療スキルを得られたそうですな」
「ええ。傷口へ触れれば、道具を使わずに塞げるようになったわ」
神官が驚いたようにミアを見る。
「それほどの治療スキルを持つ者は多くありません」
「私も、使えるようになったばかりよ」
「ならば、経験を積む場所が必要でしょう」
ローデンはミアを正面から見た。
「当家で、正式な治療師として働きませんかな。旦那様には私から話を通します」
「リディアを殺そうとしている家で?」
「それと、そなたを治療師として雇うことは別の話です」
「私を手元に置けば、リディアの情報も聞けると思ってるんじゃないの?」
「その意図がないとは申しません」
ローデンは平然と認めた。
「ですが、治療師としての待遇は保証いたします。薬も設備も、経験を積む機会も用意できるでしょう」
ミアが旅をしていたのは、治療経験を重ね、新しいスキルを得るためだ。
貴族家に仕える治療師になることも、もともと目指していた道の一つだった。
「条件があるわ」
「伺いましょう」
「リディアの居場所を聞かれても答えない。追跡にも協力しない。それを理由に、私の仕事へ口を出さないこと」
「承知しました」
「ずいぶん簡単に認めるのね」
「すでに行き先は分かっておりますからな」
ローデンの視線が、奴隷都市へ続く街道へ向く。
襲撃者たちは、そこからミアを追ってきた。
ミアが答えなくても、リディアがまだ奴隷都市にいると見当はつく。
「……それなら、雇われるわ」
「では、神官殿とともに屋敷へ向かわれますよう」
「あなたは?」
「私は、お嬢様のもとへ参ります」
ローデンが馬へ乗る。
話の間、三頭の馬を見ていた若い従者も、自分の馬へ乗った。
「これからリディアと殺し合う人に言うのも変だけど……あなたも気をつけて」
「善処します」
ミアは僅かに眉を寄せた。
「……その返事、リディアもよくするわ」
ローデンが僅かに笑う。
「それは、余計なところまで教えてしまいましたな」
「リディアは、あなたが先生でも戦うわよ」
「ええ」
老騎士は静かに頷いた。
「あの方が選ばれた道ならば、私も自ら選んだ道を行くだけです」
ローデンは従者を伴い、馬を奴隷都市へ向けた。
リディアの剣の師は、主命を果たすため、かつての教え子のもとへ走り出した。




