第24話 復讐の裁定
「こいつが、アンナを殺した」
カイルの声が、総督館の広間へ響いた。
両腕を縛られ、顔を腫らした男が顔を上げる。
「殺してなどいない! 勝手な言いがかりだ!」
ミアも急を要する負傷者の治療を終え、広間へ戻っていた。
「話を聞こう」
リディアは、カイルとともに戻ってきた少女を見る。
「そなたが見たことを話してくれ」
少女は怯えながらも頷いた。
「私が熱を出して、水桶を落としました。旦那様が私を杖で打とうとした時、アンナ姉さんが庇ってくれました」
「それで、どうなった?」
「アンナ姉さんが代わりに打たれました。倒れても、旦那様はやめませんでした」
「嘘だ!」
男が叫ぶ。
「奴隷が主人へ逆らったのだ! 罰を与えて何が悪い!」
少女の肩が震えた。
「アンナは、その後どうなった?」
「物置へ閉じ込められました。治療を頼みましたが、旦那様が誰も近づけるなと……翌朝には亡くなっていました」
リディアは男へ視線を戻す。
「倒れたアンナへ、治療を受けさせなかったのだな」
「反抗した直後に甘い顔を見せれば、ほかの奴隷までつけ上がる!」
「では、少女の話を認めるのだな」
「躾をしたことは認める! だが、死んだのはあの女が弱かったからだ!」
男は悪びれる様子もなかった。
アンナを倒れるまで打ち、治療を受けさせずに閉じ込めた。
それで死んでも、自分には責任がないと言っている。
「そなたがアンナを殺した」
リディアがそう断じた瞬間、胸元の紋章が熱を持った。
「この都市では、奴隷をどう扱おうと主人の自由だ!」
「その決まりは、もうそなたを守らない」
カイルが剣を抜いた。
「リディア。俺にやらせてくれ」
カイルは血走った目で男を見ていた。
「アンナは、この子を守るためにこいつへ逆らった」
少女が俯く。
「姉を殺したこいつを、俺は許さない」
「カイル」
ミアが静かに名を呼んだ。
「殺しても、アンナは戻らないわ」
「分かってる」
カイルは剣を下ろさなかった。
「それでも、何もしなかったことにはできない」
リディアはカイルへ尋ねる。
「そなた自身が決めたことか?」
「ああ」
「承知した」
リディアは止めなかった。
「そなたが望むなら、その手で終わらせろ」
「待て! 金なら払う! 望むだけ――」
「アンナは帰ってこない」
カイルが剣を振り下ろした。
一度。
それで男は動かなくなった。
カイルは血のついた剣を握ったまま、しばらく立ち尽くしていた。
復讐を果たしても、その顔に安堵はなかった。
その場にいた元奴隷たちは、黙って一部始終を見ていた。
やがて、一人の女がリディアの前へ進み出た。
「私にも、裁いていただきたい者がいます」
「聞こう」
「私の夫を殺した監督役です。仲間が捕らえております」
女の後ろで、二人の男に腕を押さえられた監督役が立っていた。
「何があった?」
「夫は、作業場から食べ物を盗んだと言われました」
「言われた、とは?」
「盗んでなどいません。配られた分を、体調を崩した子供へ分けただけです」
「嘘だ!」
監督役が叫んだ。
「配給を勝手に渡せば、盗んだのと同じだ!」
女の手が震える。
「この男は、夫を柱へ縛りつけました。何度も鞭で打って……夫が動かなくなっても、やめませんでした」
「見た者は?」
「私が見ました」
「俺もです」
「私も見ています」
広間にいた者たちから、次々と声が上がった。
リディアは監督役を見る。
「そなたが鞭を振るったのだな」
「俺は秩序を守っただけだ! 罰に耐えられず死んだことまで、俺の責任ではない!」
「命令した者はいたのか?」
「いない。だが、監督役には罰を与える権限があった!」
紋章が熱を持った。
「そなたは、自分の判断で人を殺した」
「奴隷一人だぞ!」
「一人の人間だ」
リディアは、泣いている女を見た。
「死をもって償え」
女が、床へ置かれていた剣を拾った。
誰も止めなかった。
◇
それで終わりではなかった。
次に連れてこられたのは、病人を無理に働かせ、倒れた後も治療を受けさせなかった所有者だった。
「働けない奴隷へ薬を使って、何になる」
男は、死んだ者の家族を前にしても言い放った。
その次は、逃亡した奴隷への見せしめとして、残された妻と子供を殺させた商人だった。
「逃げれば家族がどうなるか、ほかの奴隷へ教えただけだ」
さらに、人を殴り殺した監督役が連れてこられた。
訴える者と、同じ場にいた者の話を聞く。
証言が一致しているかを確かめる。
訴えられた者にも、必ず弁明の機会を与える。
だが、罪を認めた者たちは、誰も自分が悪いとは思っていなかった。
奴隷だから。
命令へ逆らったから。
役に立たなくなったから。
罰を与える権利があったから。
理由を並べ、自分が奪った命を仕方のないものとして扱った。
そのたびに、紋章は熱を持った。
最初は、話を聞くたびに怒りが湧いた。
やがて怒りよりも、悲しみの方が大きくなっていった。
なぜ、この者たちは殺されなければならなかったのか。
なぜ、残された者たちが泣かなければならないのか。
裁きを告げても、失われた者は戻らない。
それでも、広間の外で順番を待つ者は減らなかった。
開かれた扉の向こうには、縛った男を連れた者や、亡くした家族の遺品を抱えた者が並んでいる。
「……まだ、いるのか」
リディアの口から、思わず言葉が漏れた。
「おります」
元奴隷の一人が俯いた。
「館へ来られず、仲間に訴えを託した者もおります」
「そうか」
リディアは目を閉じた。
止めたいわけではなかった。
これほど多くの者が、同じ都市で苦しめられていたことが信じられなかった。
次に入ってきた女は、殺された子供の小さな靴を胸へ抱えていた。
途切れながら語られる話を聞くうちに、リディアの頬を涙が伝った。
拭おうとはしなかった。
証言を確かめ、連れてこられた男の言い分も聞いた。
男は行為を認めたうえで、子供一人のために騒ぐなと言った。
紋章が熱を持つ。
リディアは涙を流したまま、男を見据えた。
「死をもって償え」
声は揺れなかった。
◇
日が傾いても、訴えは途切れなかった。
やがて、一人の若者が、縛られた男を連れてくる。
「この男は、俺の兄を殺しました」
「嘘だ!」
男がすぐに否定した。
「私は殺していない。こいつが恨みで話を作っている!」
「見た者はいるか?」
リディアが尋ねる。
若者は首を横に振った。
「俺だけです。ほかにいた者は、もう死んでいます」
「何か残っていないの?」
ミアが尋ねた。
「ありません。でも、俺は見ました」
証言は一人だけ。
男は罪を認めていない。
確かめられるものもなかった。
それでも、リディアが男を見た時、紋章は確かに熱を持った。
「リディア」
ミアが低い声で名を呼ぶ。
リディアは胸元へ手を置いた。
「紋章が反応している」




