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第23話 奴隷都市の崩壊

「反乱者を討て!」


 都市兵が一斉に踏み込んだ。


 盾を並べ、その隙間から槍を突き出してくる。


「固まれ! 前へ出るな!」


 リディアは元奴隷たちの前へ立った。


 迫る槍を剣で外へ流し、柄を持つ手を打つ。武器を落とした兵士の肩へ剣の腹を叩き込み、後ろへ押し返した。


 すぐに別の槍が伸びてくる。


 一本をかわしても、その後ろから次が来た。


 これまでの小さな一団とは違う。倒れた者の穴を、後ろの兵士がすぐに埋めていく。


「左から来るぞ!」


 カイルの声が上がった。


 別の隊列が脇道から現れ、逃げようとしていた元奴隷たちへ向かっていく。


「武器を持っていない者まで追うな!」


 リディアが叫ぶ。


「総督様の命令だ! 一人も逃がすな!」


 兵士は足を止めなかった。


 幼い子供の手を引いていた女が、背後から槍で突かれる。


 女が倒れ、子供の泣き声が響いた。


「やめろ!」


 元奴隷の男が女を助けようと駆け寄る。その背中へ、通り沿いの建物から放たれた矢が刺さった。


 リディアは正面の兵士を倒し、二人のもとへ向かおうとした。


 だが、盾を構えた兵士たちが道を塞ぐ。


「カイル、子供を頼む!」


 カイルは元奴隷たちと脇道へ回り、泣いている子供を抱えて後方へ下がった。


「押し込め! 後ろの奴隷から殺せ!」


 兵士長の命令に応え、隊列が進む。


 リディアは剣を握り直した。


 紋章は熱を持ち続けている。


 力を拒み、自分の剣だけで兵士を倒してきた。


 殺さずに止められるなら、その方がいいと思っていた。


 その間に、守るべき者が殺されている。


 領主館で、同じ過ちを犯した。


 リディアは息を吐いた。


「武器を捨てろ!」


 都市兵へ声を張り上げる。


「今捨てるなら斬らない。逃げる者も追わない」


「耳を貸すな!」


 兵士長が剣を掲げた。


「奴隷と反乱者を皆殺しにしろ!」


 誰も武器を下ろさない。


 再び矢が放たれた。


 リディアは、紋章の熱を拒むのをやめた。


《断罪》


 熱が胸から全身へ広がる。


 疲れていた身体へ力が満ちた。迫る槍も、盾の陰で剣を構える兵士も、その動きが鮮明に見える。


「これ以上、そなたたちを生かすために、守るべき者を死なせるつもりはない」


 リディアは盾の列へ踏み込んだ。


 槍の穂先を弾き、その持ち主の胸を斬る。


 盾が向けられるより早く、その脇を抜けた。剣を振り上げた兵士の首元へ刃を走らせる。


 一人。


 また一人。


 先ほどまで崩れなかった隊列に、穴が開いた。


「止めろ!」


 三人の兵士が同時に剣を向ける。


 リディアは一撃目を受け流し、二人目の腹を斬った。身体を沈めて三人目の刃を避け、その胸へ剣を突き込む。


「化け物だ……!」


 一人の兵士が剣を落とした。


 リディアはその横を通り過ぎる。


 武器を捨てた者を斬る必要はない。


 だが、なおも武器を向ける者には、一切手加減しなかった。


 兵士たちが次々と倒れる。


 その背後から、元奴隷たちが押し返し始めた。


「今だ! 進め!」


「もう檻には戻らない!」


 声が重なり、市場を揺らす。


 都市兵の隊列が崩れた。


「退くな! 陣形を戻せ!」


 兵士長が怒鳴る。


 リディアは逃げる兵士を追わず、命令を続ける兵士長へ向かった。


「来るな!」


 兵士長が剣を振り下ろす。


 リディアは正面から受け、押し返した。体勢を崩した兵士長の胸へ、迷わず剣を突き出す。


 兵士長が地面へ倒れた。


 それを見た兵士たちは、次々と武器を捨てた。


          ◇


 戦いは、市場だけでは終わらなかった。


 都市の各所で、奴隷商人の護衛と都市兵が抵抗を続けていた。


 リディアは武器を取った元奴隷たちを率い、通りを進んだ。


 収容所を守る兵士を倒し、閉ざされた門を開ける。


 奴隷商人に雇われた護衛を退け、檻と鎖の鍵を奪う。


 市場を取り仕切っていた奴隷商人たちは、金で集めた護衛へ解放された者たちの殺害を命じた。


 リディアはその護衛と、なお命令を続けた商人たちを斬った。


 武器を捨てた者は見逃した。


 それでも剣を向ける者は斬った。


 《断罪》の力を受け入れたリディアを止められる者はいなかった。


 日が沈む頃には、都市兵の組織だった抵抗は失われていた。


 都市の門は内側から開かれた。


 檻から解放された者たちが、閉ざされていた通りへ溢れていく。


          ◇


 最初に解放した石造りの建物には、負傷者が次々と運び込まれていた。


「こっちへ寝かせて! まだ息がある人を先に!」


 ミアは血を止め、傷を洗い、布を巻き続けた。


 薬はほとんど残っていない。


 清潔な布も足りなかった。


 目の前には、脇腹を深く斬られた若い男がいる。傷を押さえても、指の間から血が溢れてくる。


「駄目……このままでは」


 ミアは両手を傷口へ重ねた。


 助けたい。


 その一心で、何度も行ってきた治療を頭の中で繰り返す。


 傷を閉じ、失われていく命をつなぎ止める。


 手のひらが温かくなった。


「え……?」


 淡い光が指の間から漏れる。


 押さえていた傷が、ゆっくりと塞がっていく。止まらなかった血も、やがて流れなくなった。


 男の浅かった呼吸が落ち着き始める。


 新しい治療スキルが発現したのだと、ミアには分かった。


 驚いている時間はなかった。


「次の人を運んで!」


 ミアは立ち上がり、また別の負傷者へ向かった。


          ◇


 都市の中央にある総督の館には、最後まで兵士と奴隷商人の護衛が集まっていた。


 リディアたちが門を破ると、総督は階段の上から叫んだ。


「殺せ! ここを守り切れば、望むだけ金を与える!」


 残った護衛たちが剣を抜く。


「武器を捨てろ」


 リディアは一度だけ告げた。


 応じる者はいなかった。


 戦いは長く続かなかった。


 リディアが階段を上り切った時、立っているのは総督だけだった。


「待て。望みは何だ。金か、地位か」


「そなたは、武器を持たぬ者まで殺せと命じた」


「奴隷の反乱を鎮めようとしただけだ!」


 紋章が強く熱を持つ。


 リディアにとって、それで十分だった。


「ならば、その命令の責任を取れ」


 総督が何かを言うより早く、リディアの剣がその胸を貫いた。


 総督が倒れたことで、都市を守ろうとする者はいなくなった。


 奴隷を収容していた建物はすべて開かれ、売買を取り仕切っていた者たちの支配も崩れた。


 この日、都市で何人が死んだのか、正確に数えた者はいない。


 後に奴隷都市の崩壊を語る者の中には、この戦いを解放ではなく、虐殺と呼ぶ者もいた。


          ◇


 戦いが終わっても、カイルは剣を握ったままだった。


 総督館の周囲には、解放された者たちが次々と集まっている。


 カイルは、その中を歩きながら何度もアンナの名を呼んだ。


「カイル……?」


 か細い声に、カイルの足が止まる。


 声を掛けたのは、十五歳ほどの少女だった。


 痩せて髪も伸びていたが、同じエルム村に住んでいた少女だと分かった。


「お前も、ここへ連れてこられていたのか」


「うん。アンナ姉さんと同じ屋敷にいた」


 カイルが少女の肩を掴む。


「アンナはどこだ。北区の、青い門の屋敷にいるんだろ?」


 少女は答えなかった。


 その顔を見て、カイルの手から力が抜ける。


「……何があった」


「アンナ姉さんは、私を庇ってくれたの」


 少女の声が震える。


「旦那様に逆らって、何度も打たれて……亡くなった」


 カイルが俯いた。


 剣の切っ先が石畳へ触れる。


 長い間、アンナを助けるために進んできた。


 ようやく同じ都市まで来た時には、救うべき姉はもういなかった。


「その男は、まだ屋敷にいるのか?」


「戦いが始まってから、ずっと閉じこもってる」


「青い門の屋敷だな」


 カイルが歩き出す。


「一人で行くつもりか?」


 リディアが呼び止めた。


 カイルは振り返り、周囲にいる元奴隷たちを見る。


「俺たちで行く」


「あの屋敷なら、俺もいた。案内できる」


「中の道も分かる」


 何人もの元奴隷が、武器を持って進み出た。


 リディアはカイルを見据える。


「分かった。だが、その場では殺すな」


 カイルの眉が動く。


「何をしたのか、本人の口からも聞く。生きたまま連れてきてくれ」


「……分かった」


 カイルは少女と元奴隷たちを連れ、北区へ向かった。


          ◇


 日が大きく傾いた頃。


 カイルたちが総督館へ戻ってきた。


 その中央には、両腕を縛られた一人の男がいる。


 上等な服は土で汚れ、片目は腫れ上がっていた。切れた唇から流れた血が、顎へこびりついている。


「放せ! 私を誰だと思っている!」


 男が喚く。


 カイルは男の背中を押し、リディアの前へ突き出した。


「約束どおり、生かして連れてきた」


 その手には、まだ剣が握られている。


「こいつが、アンナを殺した」

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