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第22話 奴隷たちの蜂起

「この都市にいる奴隷を、全員解放する」


 リディアの言葉を、解放された者たちは黙って聞いていた。


「だが、そなたたちへ戦えと命じるつもりはない」


 外から聞こえる笛の音が近づいている。


「ここへ残る者も、逃げる者も、自分で決めてくれ」


「逃げるって、どこへ?」


 一人の男が尋ねた。


「門には兵士がいる。奴隷の俺たちが近づけば、すぐに捕まる」


「なら、もう一度捕まる前に戦う」


 別の男が、倒れた兵士の槍を拾った。


「俺もだ」


「このまま戻ったって、また売られるだけだ」


 武器を取る者が少しずつ増えていく。


 全員ではない。


 傷ついた者や、子供を抱えた者は建物の中へ残った。


 リディアは、どちらも止めなかった。


「ミア。ここを頼めるか?」


「負傷者を連れて動くよりは安全ね」


 ミアは治療道具を広げたまま頷いた。


「でも、兵士が来たらここも安全じゃないわよ」


「その前に、兵士をこちらへ引きつける」


「それ、自分が一番危険になる方法でしょう」


「ほかに思いつかなかった」


「でしょうね」


 ミアはため息をつき、残った者たちへ向き直った。


「動ける人は入口を塞ぐものを集めて。治療を手伝える人はこっちへ来て」


「承知した」


「リディアも無茶は――」


「善処しよう」


「最後まで言わせなさいよ」


 いつもの言葉を背に受け、リディアは外へ出た。


          ◇


 中央の収容所へ向かうのは、リディアとカイル、案内役の老人。


 その後ろには、自ら武器を取った者たちが続いていた。


 通りの角を曲がったところで、兵士の一団と出会った。


「いたぞ!」


 十人近い兵士が武器を構える。


「反逆者どもを捕らえろ! 奴隷は建物へ戻せ!」


 リディアは一人で前へ出た。


「武器を捨てろ。そうすれば斬らない」


「それはこちらの台詞だ!」


 兵士たちが踏み込んでくる。


 紋章が熱を持った。


 リディアは、その力へ頼らなかった。


 正面の槍を受け流し、柄を持つ手を打つ。


 隣から来た剣を避け、肩へ剣の腹を叩き込む。


 一人を倒すたびに、後ろの元奴隷たちが武器を拾った。


 リディアが武器を落とさせ、カイルたちが地面へ押さえ込む。


 兵士たちは数を減らし、やがて残った者が背を向けた。


「追う必要はない!」


 リディアの声に、武器を取った者たちが足を止める。


 倒れた兵士にも死者はいなかった。


 だが、リディアの呼吸は乱れていた。


 《断罪》を使えば、もっと早く終わっていただろう。


 それでも今は、これでいい。


「先を急ごう」


          ◇


 中央の収容所は、高い石壁に囲まれていた。


 門の向こうには、窓へ鉄格子をはめた建物がいくつも並んでいる。


 逃げた兵士から話が伝わったのか、門は固く閉ざされていた。


 壁の上から、兵士がこちらを見下ろす。


「近づくな! これ以上進めば射るぞ!」


「中にいる者を解放しろ」


「奴隷を奪う賊の命令など聞くものか!」


「ならば、こちらで開ける」


 リディアは門へ向かって歩き始めた。


 壁の上で弓が引かれる。


 矢が放たれた。


 リディアは軌道を見て横へ避ける。


 二本目。


 三本目。


 走りながらかわし、門の脇にある小さな通用口へ近づいた。


「開けるな!」


 内側から声が響く。


 だが、通用口は外へ逃げようとした兵士によって開かれた。


 リディアは扉の隙間へ身体を入れる。


 兵士の剣を受け流し、柄を顎へ打ち込んだ。


 倒れた兵士を越え、中へ踏み込む。


 後ろからカイルと、武器を取った元奴隷たちが続いた。


 狭い通用口では、一度に相手をできる人数が限られている。


 リディアが先頭で兵士の武器を落とし、元奴隷たちが押さえ込む。


 門を守っていた者たちは、ほどなく抵抗をやめた。


「鍵はどこだ」


 案内役の老人が、壁際にある詰め所を指す。


「あそこです。すべての鍵が集められている」


 カイルが詰め所へ走った。


 大きな鍵束を抱えて戻り、建物の扉を開けていく。


 鉄格子の向こうから、痩せた人々が姿を現した。


 一つ。


 また一つ。


 扉が開くたび、収容所の中へ人が増えていく。


「外へ出ていい!」


 カイルが声を張り上げる。


「もう誰の奴隷でもない!」


 最初は動けなかった者たちも、開いた門を見て歩き始めた。


 外へ出る途中、倒れた兵士の武器を拾う者がいる。


「戦える者は、俺たちと来てくれ!」


 カイルの呼びかけに応じる者が、一人、二人と加わった。


 誰かに命じられたからではない。


 再び鎖につながれないため、自分で武器を取った者たちだった。


          ◇


 中央の収容所が開かれたという知らせは、すぐに市場へ広がった。


 奴隷商人たちは店を閉め、商品を移そうとした。


 だが、リディアたちが市場へ戻った時には、解放された者の数は兵士や護衛より多くなっていた。


 商人の護衛は逃げ、残された鍵で檻が開けられていく。


 市場の地下にいた者たちも救い出された。


「ほかにも収容所がある!」


「西の倉庫にもいる!」


「兵士の詰め所へ連れていかれた者を助けてくれ!」


 声が次々と上がる。


 リディア一人がすべての場所へ行くことはできない。


「道を知る者が案内してくれ。武器を持つ者は一人で動かず、必ず集まって進め」


 元奴隷たちは自ら集まり、いくつもの組に分かれていった。


 小さな収容所や倉庫から、さらに奴隷が解放される。


 それはもう、リディアたちだけの救出ではなかった。


 奴隷たち自身による蜂起となっていた。


 負傷者は、最初に解放した石造りの建物へ運ばれた。


 ミアは休む暇もなく、裂けた傷を洗い、血を止めている。


「布が足りない! 店に残っている清潔なものを持ってきて!」


「分かりました!」


 治療を手伝う者も増えていた。


 それでも、運び込まれる負傷者は減らない。


          ◇


 日が傾き始めた頃、都市中の鐘が一斉に鳴った。


 市場にいた者たちが顔を上げる。


 大通りの先から、揃った足音が聞こえてきた。


 槍と盾を構えた都市兵が、道を埋めるように進んでくる。


 その数は、これまで戦った者たちとは比べものにならない。


 前列の中央にいる兵士長が声を張り上げた。


「総督様の命令である!」


 市場へ声が響く。


「奴隷は武器を捨て、直ちに収容所へ戻れ! 従わぬ者は反乱者として処刑する!」


 都市の門が閉じられる重い音が、遠くから聞こえた。


 逃げ道を塞ぎ、全員を捕らえるつもりだ。


「武器を捨てれば、助かるのか?」


 元奴隷の一人が呟いた。


「戻れば、また同じだ」


 隣の男が槍を握り直す。


「俺は戻らない」


「私もだ」


 誰かの声に、同じ言葉が重なっていく。


 カイルも剣を握っていた。


「リディア」


「何だ?」


「俺は戦う。今度こそ、自分で決めた」


「分かった」


 リディアは都市兵の前へ進み出た。


 紋章は、先ほどから熱を持ち続けている。


 それでも、まだ《断罪》へ力を求めなかった。


「そなたたちを、奴隷へ戻すつもりはない」


 剣を構える。


「ここで止める」


 兵士長が腕を振り下ろした。


「反乱者を討て!」

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