第18話 嘘の代償
町へ戻ったのは、昼を過ぎた頃だった。
四台の荷馬車には、鎖から解放された者たちが乗っている。
町へ入ると、通りを歩く者たちが足を止めた。痩せた男女や子供を乗せた商隊を、珍しそうに見ている。
リディアは人々の視線を気にせず、ダリオの倉庫へ向かった。
倉庫の前では、昨日の若い使用人が荷箱を運んでいた。
リディアたちの姿を見ると、その手から箱が落ちる。
「リディア様……」
「ダリオはいるか?」
「な、中に」
若い男の顔から血の気が引いていた。
その反応だけで、昨日よりも疑いが強くなる。
リディアは倉庫へ入った。
◇
奥の机で帳簿を見ていたダリオが、顔を上げる。
「お戻りになられましたか」
声には隠しきれない喜びが混じっていた。
「商隊は?」
「止めた」
「では、奴らはもう――」
「十四人の護衛は全員死んだ。奴隷商人は生かした」
ダリオの口が閉じた。
それでも、驚いたのは一瞬だった。
「さすがでございます。あれほどの人数を、お一人で」
「なぜ喜ぶ?」
「我々を襲った賊が討たれたのです。当然でしょう」
リディアは、後ろから入ってきた若い使用人を振り返る。
「もう一度聞く。この者の傷は、商隊に襲われて負ったものか?」
「昨日、お話しした通りです」
「そなたには聞いていない」
リディアは若い男を見る。
「答えろ」
若い男はダリオへ目を向けた。
「旦那様……」
「何をしている。昨日と同じことを話せばいい」
「だが、商隊の者は襲っていないと言った」
ダリオの表情がわずかに強張る。
「賊の言葉を信じるのですか?」
「言葉だけを信じたわけではない。そなたの商隊から奪ったという荷も、殺されたという使用人の遺体もなかった」
若い男の肩が震える。
リディアは視線を逸らさなかった。
「その傷は、どこで負った?」
「……荷崩れです」
小さな声だった。
「倉庫で荷箱が崩れて、頭を打ちました。商隊には、襲われておりません」
「黙れ!」
ダリオが机を叩いた。
若い男が身を縮める。
「外へ出ていろ!」
「ここにいろ」
リディアが告げると、若い男の足が止まった。
「ダリオ。そなたは最初から嘘だと知っていたのだな」
「……確かに、説明の一部に誤りはございました」
「誤りではない。嘘だ」
「申し訳ございません」
ダリオはすぐに頭を下げた。
「ですが、結果をご覧ください。あの商隊は奴隷を運んでいたのでしょう?」
倉庫の外にいる者たちを示すように、片手を向ける。
「あなたは罪のない者を助け、奴隷商人の護衛を討った。何も間違ったことはしておりません」
「そなたが決めることではない」
「もちろんです。ただ、私の話に少し嘘があっただけで、結果は同じだったと申し上げたいのです」
ダリオは机の引き出しを開け、硬貨の詰まった袋を取り出した。
「約束の報酬です。ご迷惑をおかけした分も上乗せいたします」
袋が机へ置かれる。
重い音がした。
街道で聞いた、男たちが倒れる音が蘇った。
殺すつもりはなかった。
それでも、十四人全員を殺した。
その始まりにあったのが、目の前の男の嘘だった。
「金で私を雇ったつもりか?」
「い、いえ。そのようなつもりは」
「そなたは、自分の商売のために私を騙した」
リディアの手が、剣の柄へ触れる。
「その嘘で、私は十四人を殺した」
ダリオが一歩下がった。
「ですが、人を売る商隊を守っていた者たちです! 殺されても仕方のない者たちだった!」
「それを理由に、そなたの嘘が許されると思うのか?」
「謝ります。二度といたしません。ですから――」
「そなたの嘘は、人の命を使った」
怒りが、頭の中を焼く。
ダリオが何かを言おうとする。
聞く必要はないと思った。
「その罪は、死んで償え」
リディアは剣を抜いた。
「待っ――」
一歩で距離を詰め、ダリオの胸を斬った。
机の上へ血が飛び、硬貨の袋が床へ落ちる。
ダリオは傷口を押さえながら膝をつき、そのまま倒れた。
倉庫が静まり返る。
若い使用人は壁際で震え、何も言えずにいた。
外から見ていた元奴隷たちも、声を上げなかった。
「リディア」
ミアが近づいてくる。
リディアの手には、抜いた剣が残っていた。
「剣を収めて」
穏やかな声だった。
リディアは自分の手を見てから、ゆっくりと剣を鞘へ戻した。
「ここを出ましょう。今は、その方がいいわ」
「……ああ」
リディアは倒れたダリオを振り返らず、倉庫を出た。
◇
町から離れた林の中で、一行は足を止めた。
元奴隷たちは荷馬車の傍らで食事を取り、ミアはその中の負傷者を診ている。
リディアは少し離れた木の根元に座っていた。
洗ったはずの手に、まだ血の感触が残っている。
ミアが隣へ腰を下ろし、水の入った革袋を差し出した。
「飲んで」
「ありがとう」
リディアは受け取り、一口だけ飲んだ。
「あの商隊の者たちを殺したのは、私だ」
「そうね」
「ダリオに騙されなければ、私はあの道へ行かなかった」
「でも、奴隷を見つけたら放っておかなかったでしょう?」
「ああ」
それだけは迷わず答えられた。
「なら、全部を一つにしない方がいいわ」
ミアは元奴隷たちへ目を向ける。
「あの人たちを助けたこと。商隊の男たちを殺したこと。ダリオに騙されたこと。それから、ダリオを斬ったこと。全部、別のことでしょう」
リディアは黙って聞いた。
「私は、何が正しかったかを決めてあげられない。でも、今のあなたが混乱していることくらいは分かる」
「……そうだな」
しばらく考えた後、リディアは口を開いた。
「護衛たちは、人を物として扱う商隊を守り、そのために剣を向けた」
次に、ダリオが倒れた時の光景を思い出す。
「ダリオは、自分の利益のために私を騙し、人の命を利用した」
どちらも、見過ごしてよいことではない。
「あの者たちは悪だった。殺したことは仕方がなかったと思っている」
「それでも、平気ではないのね」
「人を殺すことに慣れたいわけではない」
「それなら、今は少し休んで」
「ああ」
リディアは革袋をミアへ返した。
「それと、もう一つ決めた」
「何を?」
「《断罪》を使わず、自分の剣だけで戦えるようになる」
街道では、殺さずに倒すつもりだった者まで殺した。
あの力が発動してからでは、細かな加減ができない。
「できそう?」
「できるまで続ける」
近くで話を聞いていたカイルが、二人の前へ進み出た。
「俺にも、剣を教えてくれないか」
「アンナを助けるためか?」
「ああ。今のままじゃ、奴隷を集めている都市へ着いても何もできない」
リディアはカイルの手を見る。
剣を握ったことすらなさそうな手だった。
「分かった。明日の朝から始める」
「本当か?」
「私も、もう一度剣を学び直す必要がある。ちょうどいい」
カイルが深く頭を下げる。
北東の奴隷都市へ向かう道は、リディアにとって新たな稽古の始まりにもなった。




