第17話 鎖の商隊
翌朝。
リディアとミアは、町の北東へ続く街道で商隊を待っていた。
片側には林が広がり、反対側には刈り取りを終えた畑が続いている。人通りは少なく、町の門もすでに見えない。
「本当に、ここを通るのよね?」
「ダリオの話が正しければな」
「間違っていたら?」
「町へ戻って、改めて話を聞く」
「嘘だった場合もね」
「当然だ」
リディアが答えた時、遠くから車輪の音が聞こえてきた。
幌を掛けた四台の荷馬車が、街道を進んでくる。先頭の御者台には中年の商人が座り、その前後を十四人の武装した護衛が守っていた。
人数は、ダリオから聞いた通り十五人ほどだった。
「ミアは離れていてくれ」
「分かってる。話をするだけで終わるなら、それが一番だからね」
「ああ」
ミアが馬を連れて林の近くまで下がる。
リディアは一人で街道の中央へ立った。
商人が手を上げ、商隊を止める。
「何のつもりだ」
「確かめたいことがある」
リディアは武器へ手を伸ばさずに告げた。
「三日前、この先の街道でダリオの商隊を襲ったか?」
男の目がわずかに細くなる。
「ダリオに何を吹き込まれた」
「荷を奪われ、使用人を殺されたと聞いた」
「知らんな。あの男の荷に用はない」
男は鼻で笑った。
「商売でこちらに負けた腹いせに、お前を差し向けたのだろう。以前から、俺たちが北東の町へ入ることを嫌がっていた」
「では、そなたたちは何を運んでいる?」
「お前に話す義理はない。道を空けろ」
リディアは男の顔を見た。
ダリオと、この男。
どちらが嘘をついているのか、言葉だけでは判断できない。
その時、二台目の荷馬車から小さな咳が聞こえた。
続いて、金属同士が擦れる音。
荷物を積んだ馬車から聞こえる音ではなかった。
リディアが荷馬車へ目を向ける。
「中を確認させてもらう」
「必要ない」
護衛たちが進路を塞ぐ。
「退け」
「道を空けるのはお前だ」
男が片手を上げると、護衛たちが剣の柄へ手を置いた。
リディアはその横を抜けようとする。近くにいた護衛が腕を掴もうとしたため、その手を払い除けた。
「触るな」
荷馬車の後ろへ回り、幌を持ち上げる。
薄暗い荷台の中に、人がいた。
男も、女もいる。まだ幼い子供までいた。
誰もが痩せ、手首や足首を鉄の鎖でつながれている。頬を腫らした者や、血の滲んだ布を腕へ巻いている者もいた。
怯えた視線が、リディアへ集まる。
「奴隷か」
「正規に買い取った商品だ」
背後から、奴隷商人が答えた。
「人を商品と呼ぶのか」
「金を払って手に入れた。どう扱おうと俺の自由だ」
リディアは幌から手を離し、男へ向き直る。
「この者たちを解放しろ」
「断る」
「ならば、私が解放する」
一人の護衛が剣を抜いた。
奴隷商人がリディアを睨む。
「荷を奪う賊は、お前の方だったようだな」
周囲の護衛も一斉に武器を構える。
「殺せ。死体は道端へ捨てておけ」
胸元の紋章が、強い熱を持った。
《断罪》
これまでよりも大きな力が、一気に全身へ流れ込む。
人を鎖につなぎ、物として売り渡す。
それを守るために、邪魔をした者を殺そうとしている。
目の前の者たちが悪であることに、迷いはなかった。
一人目が剣を振り下ろす。
リディアは剣を抜き、刃を受け流した。
空いた肩へ、剣の腹を打ち込む。
殺さずに倒すための一撃だった。
鈍い音が響いた。
男の身体が大きく弾き飛ばされ、荷車の車輪へ頭からぶつかる。
地面へ崩れ落ちた男は、動かなかった。
「……」
リディアの動きが一瞬止まる。
今までと同じように打ったはずだった。
「この女!」
二人目の槍が迫る。
考えている時間はなかった。
穂先を剣で払い、踏み込む。腕を狙って振った刃は、鎧ごと男の胸を深く斬り裂いた。
血が飛ぶ。
男は声も上げずに倒れた。
「囲め!」
護衛たちが左右から襲いかかる。
リディアは剣を受け、弾き、反撃する。
一撃ごとに、相手が倒れた。
手首を狙えば腕ごと断ち、肩を狙えば刃が胸まで届く。
力を抑えようとしても、身体はそれより速く動いた。
紋章の熱が、右肩の奥まで広がっていく。
「止まれ!」
リディアは叫んだ。
「武器を捨てろ!」
だが、奴隷商人は命令を撤回しなかった。
「たった一人だぞ! 何をしている、さっさと殺せ!」
命令を受けた護衛たちが、再び一斉に踏み込む。
数人がほとんど同時に剣を振り上げた。
リディアも剣を振るった。
それから、長い時間はかからなかった。
最後の護衛が倒れると、街道から武器の音が消えた。
奴隷商人だけが残った。
「待て! 降参だ!」
男は御者台から降り、両手を上げた。
「護衛へ私を殺せと命じたのは、そなただ」
「商隊を守らせただけだ!」
人を商品として扱い、それを守るために殺しまで命じた。
悪であることに違いはない。
だが、男は武器を持たず、すでに抵抗する意思も失っている。
リディアは剣を向けたまま告げた。
「奴隷をつないでいる鍵を出せ」
「出せば、助けてくれるのか?」
「今ここで、そなたを斬る理由はなくなる」
男は腰の革袋から鍵を取り出し、地面へ置いた。
「この者たちをどこへ運ぶつもりだった?」
「北東の都市だ。あそこには大きな奴隷市場がある」
「分かった。荷馬車は置いていけ」
「私の商売道具だぞ!」
「人は道具ではない」
リディアは町へ続く道を示した。
「歩いて戻れ。次に人を売っているところを見れば、その時は斬る」
男は倒れた護衛たちを見回した後、何も持たずに町の方角へ歩き始めた。
◇
「リディア」
ミアの声が聞こえた。
リディアは血のついた剣を手にしたまま、倒れた男たちを見ていた。
「殺すつもりではなかった」
最初の男も、腕を狙った男も、これまでと同じように戦えなくするつもりだった。
だが、十四人の護衛は誰も動かない。
「力が、強くなりすぎている」
リディアは剣を鞘へ戻した。
「先に、捕らえられている者たちを出そう」
奴隷商人から受け取った鍵を使い、四台の荷馬車を順番に開けていく。
鎖から解かれても、中の者たちはすぐには動かなかった。
「もう、そなたたちを縛る者はいない」
リディアが告げる。
「自由だ。ここから先は、自分で行き先を決めていい」
それでも、彼らは互いの顔を見るばかりだった。
やがて、二十歳ほどの若い男が前へ出る。
「あんたは、どこへ行くんだ」
「まずは先ほどの町へ戻る」
「なら、俺たちも連れていってくれ。食べ物も、行く場所もない」
「構わない。荷馬車も使える」
「名は?」
「カイルだ」
カイルは頭を下げた後、迷うように口を開いた。
「それから、頼みがある」
「何だ?」
「姉を捜したい。アンナという。俺より先に売られて、奴隷を集めている都市へ連れていかれた」
「どこにある?」
「北東だ。この商隊も、そこへ向かっていた」
リディアは街道の先へ目を向けた。
詳しい話は、町へ戻ってから聞けばいい。
今は、その前に確かめなければならないことがある。
「出発の準備をしてくれ。町へ戻る」
「ダリオのところへ行くのね」
ミアが尋ねる。
「ああ」
ダリオは襲われたと訴え、負傷者まで見せた。
その言葉に従ってここへ来た結果、十四人が死んだ。
「あの男には、自分が何をしたのか説明してもらう」
リディアは血の残る街道に背を向けた。
町へ戻る足取りに、迷いはなかった。




