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第16話 偽りの依頼

 クラウスたちとの戦いから三日後。


 リディアとミアは、街道沿いの町へ入った。


 先日の治療で、ミアの薬と布はほとんど残っていなかった。


「まずは薬屋だな」


「ええ。傷を洗う薬も、縫うための糸もほとんど残ってないわ」


「必要なものはすべて買おう」


「簡単に言うけど、お金は大丈夫なの?」


 リディアは腰に下げた財布へ手を当てた。


「まだ余裕はある」


「宿で相場の倍を払おうとしていた人の言葉は、少し信用しづらいわね」


「あれから値段は確認している」


「なら、今日も任せるわ。高ければ私が止めるから」


「頼む」


 二人は馬を宿へ預け、町の薬屋へ向かった。


 店内には乾燥させた薬草と、小さな瓶が所狭しと並んでいる。


 ミアは店主と値段を確かめながら、必要なものを机へ置いていった。


「傷を洗う薬を三本。縫い糸と包帯も、あるだけ欲しいわ」


「随分と必要なんだね」


「この前、まとめて使ったのよ」


「治療師さんかい?」


「そうよ」


 店主は納得したように頷き、棚の奥から追加の包帯を取り出した。


 リディアは並べられた品と値札を見比べる。


「前の町より少し高いな」


「薬草の採れる場所が遠いからね。これでも治療師相手には安くしてるよ」


 ミアが一つずつ品物を確認する。


「品質は悪くないわ。この値段なら妥当ね」


「ならば買おう」


 代金を支払い、二人で荷物を鞄へ詰めていると、店の扉が開いた。


 入ってきたのは、上等な外套を着た中年の男だった。その後ろには、頭へ包帯を巻いた若い男が立っている。


 中年の男は店内を見回し、リディアの腰の剣へ目を留めた。


「失礼ですが、リディア様ではございませんか」


 リディアが男を見る。


「そうだが、そなたは?」


「ダリオと申します。この町で商いをしております」


「私を知っているのか?」


「近隣の村人を率いて、悪代官を討った剣士のお話は、この町にも届いております」


 ミアが小さく息を吐いた。


「もう噂になってるのね」


「隠れて行動していたわけではない。仕方ないだろう」


「そうだけど、追われてることを忘れないでよ」


「忘れてはいない」


 ダリオは二人の会話を聞きながらも、深く尋ねようとはしなかった。


「折り入って、お願いしたいことがございます」


「私に?」


「はい。どうか、私どもをお助けいただきたいのです」


 ダリオが後ろにいた若い男を前へ出す。


 包帯の隙間には、乾いた血が滲んでいた。右腕も布で吊られている。


 ミアが表情を変える。


「その怪我、いつのもの?」


「二日前です」


「見せてもらってもいい?」


 若い男がダリオを見る。


「診てもらいなさい」


「……お願いします」


 ミアは包帯を外し、傷を確認した。


「頭は切れてるけど、もう血は止まってる。腕は折れてはいないみたいね」


「助かりますでしょうか」


「命に関わる傷ではないわ。ただ、しばらく重いものは持たせない方がいいわね」


 ミアは買ったばかりの薬を使い、包帯を巻き直した。


「それで、この者の傷と私に何の関係がある?」


 リディアが尋ねると、ダリオは顔を曇らせた。


「私どもの商隊が、武装した商人たちに襲われたのです」


「商人が商人を襲ったのか?」


「商人を名乗ってはおりますが、実際にしていることは賊と変わりません。護衛を大勢雇い、邪魔な商隊を襲って荷を奪っております」


 ダリオは若い男へ視線を向けた。


「この者だけが、どうにか逃げ戻りました。ほかの者は、まだ戻っておりません」


「殺された可能性があるということか」


「おそらくは」


 若い男が俯く。


 リディアは、その包帯を見た。


「町の衛兵には話したのか?」


「襲われたのは町の外です。相手の人数も多く、確かな証拠がないと言って動いてはくれませんでした」


「相手は今どこにいる?」


「明日の朝、この町の北を通るはずです。そのまま北東の街道へ入れば、追いつくのは難しくなります」


 ダリオは懐から折り畳んだ地図を取り出した。


「お願いでございます。奪われた荷を取り戻し、これ以上の被害を止めてください」


「相手は何人だ?」


「護衛を含めて十五人ほどかと」


「十五人……」


 ミアがリディアを見る。


「簡単な相手ではなさそうね」


「ああ」


 リディアはダリオへ向き直った。


「明日の朝、街道で商隊を止める。相手からも事情を聞く」


 ダリオの表情が、わずかに強張った。


「もちろんでございます。神に誓って、申し上げたことに偽りはございません」


「分かった」


 ダリオが安堵したように頭を下げる。


「ありがとうございます。報酬も必ずご用意いたします」


「必要ない。被害を止めるために行くだけだ」


 リディアは地図を受け取った。


          ◇


 薬屋を出たあと、ミアはダリオから渡された地図を覗き込んだ。


「本当に行くの?」


「そのつもりだ」


「少し、話がうますぎない?」


「疑っているのか?」


「商人同士の争いに、私たちを使おうとしている可能性はあると思う」


「その可能性は否定しない」


 リディアは地図を畳んだ。


「だから、いきなり襲うつもりはない。相手の話も聞く」


「十五人に囲まれてから?」


「囲まれる前に止める」


「そういう意味ではないんだけど」


 ミアは呆れたように言った。


「ただ、負傷者がいるのも事実だ」


「傷があることと、誰につけられたかは別よ」


「分かっている」


 リディアは一度、薬屋を振り返った。


「話が本当なら、見過ごすことはできない。嘘ならば、相手へ剣を向ける理由がなくなる。それを確かめに行くだけだ」


「その言い方なら反対はしないわ」


「ミアは町に残っていても構わない」


「相手が十五人もいると聞いたあとで、一人で行かせられると思う?」


「戦わせるつもりはない」


「分かってる。離れた場所で待ってるわ」


「頼む」


 二人は翌朝に備え、宿へ戻った。


          ◇


 町の一角にある倉庫へ戻ったダリオは、扉を閉めると大きく息を吐いた。


「旦那様」


 頭へ包帯を巻いた若い男が、不安そうに呼ぶ。


「本当に、あの方が引き受けるとは思いませんでした」


「領主の兵を相手に村人を守った女だ。悪人に襲われたと言えば、断れんさ」


「ですが、私は倉庫の荷崩れに巻き込まれただけです。もし知られたら……」


「黙っていれば分からん」


 ダリオは先ほどまでの沈痛な表情を消した。


「あの商隊が戻らなければ、それでいい。奴らがいなくなれば、北東の町との商いは再び私のものになる」


「皆殺しにするでしょうか」


「そこまでは知らん。だが、話し合いで済む相手ではない」


 ダリオは笑い、机の上へ硬貨を置いた。


「明日の昼まで、町の外へ出るな。余計なことも話すなよ」


 若い男は硬貨を見下ろし、黙って頷いた。


 正義のために剣を振るう少女が、嘘によって送り出されたことを知る者は、まだ二人しかいなかった。

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