第14話 私の正義
「双方、武器を収めよ」
領主の声が門前へ響いた。
兵士たちはすぐに剣を下ろしたが、村人たちは動かなかった。
代官を倒したとはいえ、領主館にはまだ兵士が残っている。ここで武器を手放せば、反逆者として捕らえられるかもしれない。
「まだ終わっていない」
リディアも剣を構えたまま、領主を見る。
「私たちは、奪われた食料を取り戻しに来た」
「事情を聞く。それまで戦う必要はない」
「捕らえないと約束できるか?」
「少なくとも、話を聞く前に罪人と決めるつもりはない」
リディアは領主の顔を見た。
病に痩せてはいるが、目は弱っていない。周囲の死体を見ても、取り乱す様子はなかった。
「分かった」
リディアが剣を下ろす。
それを見て、村人たちも少しずつ武器を下ろした。
領主は門前まで進み、倒れた代官へ目を向ける。
「代官を討ったのは?」
「私だ」
「理由は?」
「村人から冬を越すための食料まで奪い、抵抗した者を兵士に殺させた。最後には、自らの兵ごと矢を放つよう命じた」
領主が壁の上を見上げる。
「事実か?」
弓兵たちは互いの顔を見た。
やがて、一人が弓を置いて頭を下げる。
「……事実でございます。代官様は、味方に当たっても構わないと命じられました」
「食料の徴収については?」
「定められた量では足りないと、代官様の命令で増やしておりました」
今度は村長が進み出る。
「領主様。このまま持っていかれれば、村には冬を越すだけの食料が残りませんでした。何度も訴えましたが、聞き入れていただけなかったのです」
「それで兵へ刃を向けたか」
「……はい」
村長は震えながらも、目を逸らさなかった。
「罰を受けるとしても、食料だけは女子供へ返していただきたい」
「村人だけの責任ではない」
リディアが口を挟む。
「兵士を退け、代官を殺したのは私だ。罰するなら、まず私を罰するべきだろう」
「お嬢さん!」
「そなたたちは生きるために戦っただけだ」
領主はリディアをしばらく見つめた。
「名は?」
「リディアだ」
「家名は?」
「今はない」
領主はそれ以上尋ねなかった。
倒れた兵士と村人、閉ざされた門、武器を手に集まった者たちを順番に見る。
「食料の徴収を命じたのは私だ」
村人たちの間に緊張が走った。
「だが、村が冬を越せぬほど奪えとは命じていない。抵抗した者を反逆者として殺せとも、自らの兵ごと矢を射かけろとも命じてはいない」
領主の視線が、倒れた代官へ落ちる。
「代官は権限を越えた。その責任は、すでに命をもって払ったものとする」
村人たちは黙って聞いていた。
「今回徴収した食料は、すべて各村へ返す。冬が終わるまで追加の徴収も行わない」
「では……」
「武器を収めて村へ帰るのであれば、今日のことは不問とする」
村人たちがざわめいた。
喜びよりも、まだ信じ切れないという戸惑いの方が大きかった。
「反逆者として扱わないのだな?」
リディアが確かめる。
「ああ。代官の不正へ抗った者を、反逆者として扱うつもりはない」
「承知した」
リディアは剣についた血を払い、鞘へ収めた。
村人たちも武器を下ろす。
領主が兵士へ命じる。
「倉庫を開けろ。村ごとに徴収した量を確かめ、荷車へ戻せ」
兵士たちが動き始めた。
館の門が完全に開かれる。
やがて、食料を積んだ荷車が一台ずつ運び出されてきた。
奪われたものは戻った。
それでも、死んだ者は戻らない。
◇
村へ帰り着いたのは、日が沈む頃だった。
荷車から食料が降ろされる。
村人たちは家ごとに必要な分を分け始めた。
その傍らには、布をかけられた三人の遺体が並んでいる。
最初に剣を拾い、リディアへ先頭に立ってほしいと頼んだ若者も、その中にいた。
ミアは負傷者の治療を続けていた。
深い傷を負った者から順番に診て、血を止め、傷口を縫う。持ってきた薬と布はほとんど使い切っていた。
リディアも水や道具を運んだが、治療そのものは手伝えない。
できるのは、ミアが次に必要とするものを渡すことだけだった。
最後の負傷者の処置を終えた頃には、すでに夜になっていた。
「これで、すぐに死ぬ人はいないと思う」
ミアが血のついた手を洗う。
「助かった。ありがとう」
「三人は助けられなかったけどね」
リディアは、並べられた遺体へ目を向けた。
「あの三人が死んだのは、私が兵士へ手加減していたからだ」
「私は後ろにいたから、戦いのことまでは分からないわ」
兵士を殺さずに倒そうとしている間にも、村人たちは傷つき、命を落としていった。
「兵士や代官を殺したことは、仕方がなかったと思っている。あのまま手加減を続けていれば、さらに村人が死んでいた」
ミアはそれ以上、リディアの判断へ口を挟まなかった。
血に染まった布をまとめ、残った薬を確認する。
「薬も布もほとんど使い切ったわ。次の町で補充しないと」
「分かった」
「今日はもう休んで。あなたまで倒れたら面倒だから」
「そうしよう」
リディアはもう一度、三人の遺体を見る。
救えなかったことは忘れない。
だが、戦ったことも、代官を殺したことも、間違いだったとは思わなかった。
悪を止める力があるのなら、その力を使う。
そのために戦いが必要なら、自ら剣を取る。
「私は、私の正義を行う」
誰へ聞かせるでもなく、リディアはそう口にした。
服の下では、大罪の紋章が、肩へ向かって広がっていた。




