第13話 手加減の代償
領主館へ着いたのは、昼を過ぎた頃だった。
石壁に囲まれた館の門は閉ざされている。
壁の上には弓兵。
門の前には、村で退けた時の三倍近い兵士が並んでいた。
その中央に、代官が立っている。
「反逆者どもが、随分と集まったものだ」
代官は村人たちを見渡し、最後にリディアへ目を向けた。
「食料を返してもらう」
リディアは一歩前へ出た。
「そして、これ以上村人から奪わないと約束してもらう」
「断ると言えば?」
「私たちの手で取り戻す」
代官が片手を上げた。
兵士たちが一斉に武器を構える。
リディアも剣を抜いた。
代官の手が振り下ろされた。
「討て!」
兵士たちが一斉に動き出す。
「固まれ! 前へ出すぎるな!」
リディアの声に、村人たちは互いの距離を詰めた。
弓を持つ者が矢を放ち、その間を縫って剣や斧を手にした者たちが進む。
正面から兵士の槍が突き出された。
リディアは穂先をかわし、剣で柄を叩き折る。そのまま踏み込み、剣の腹を兵士の肩へ打ちつけた。
「ぐっ!」
兵士が膝をつく。
続いて迫った剣を受け流し、手首を打つ。武器を落とした兵士の胸を蹴り、後続へぶつけた。
胸元の紋章が熱を帯びる。
《断罪》
力が全身へ流れ込んだ。
自分たちが生きるための食料を守った村人を、反逆者として殺そうとしている。
リディアにとって、目の前の兵士たちは明確に止めるべき相手だった。
「怯むな! 相手は農民だぞ!」
代官が叫ぶ。
兵士たちはすぐに態勢を立て直した。
数も装備も、兵士たちが圧倒している。村人たちは必死に武器を振るうが、正面から打ち合えば勝ち目はない。
リディアは兵士の剣を弾き、柄を顎へ叩き込んだ。倒れたことを確かめ、次の兵士へ向かう。
急所は狙わない。
武器を落とさせ、戦えなくすればいい。
殺さずに止められるなら、その方がいい。
そう考えていた。
「右から来るぞ!」
村人の声が上がった。
兵士の一団が側面へ回り込んでくる。
リディアが向かおうとしたが、正面の兵士が道を塞いだ。
「行かせるか!」
二本の剣が同時に迫る。
一方を受け、もう一方を身を引いて避ける。切っ先が外套を裂いた。
反撃で一人の腕を打つ。
さらに剣を返し、もう一人の足を払った。
だが、その間にも戦いは続いている。
「うわっ!」
短い悲鳴が聞こえた。
近隣の村から来た男が、胸に矢を受けて倒れた。
別の場所では、斧を持った村人が兵士の槍に貫かれる。
「下がれ! 一人で戦うな!」
リディアが叫ぶ。
しかし、声は剣戟と怒号にかき消された。
最初に反乱を訴えた若者が、古びた剣で兵士と打ち合っている。
一撃目を受けた。
二撃目で剣を弾かれた。
兵士が三撃目を振り上げる。
「避けろ!」
リディアは駆け出した。
その前へ別の兵士が割って入る。
剣を受け流し、肩を斬らずに柄で殴る。兵士が倒れた時には、もう間に合わなかった。
若者の胸へ剣が突き立てられる。
「――っ」
若者の手から剣が落ちた。
兵士が刃を引き抜こうとする。
リディアは踏み込み、その兵士の胸を貫いた。
「ぐっ……!」
その一撃は急所を外さなかった。
剣を引き抜くと、兵士が若者の隣へ崩れ落ちる。
若者は地面に倒れたまま、動かなかった。
見開かれた目は虚空を向き、胸も上下していない。
駆け寄って確かめるまでもなかった。
すでに死んでいた。
リディアは周囲を見た。
兵士を殺さずに倒している間も、村人たちは殺されていた。
相手の命を残そうと戦いを長引かせれば、その分だけ村人が死ぬ。
ならば、選ぶべきものは決まっている。
リディアは血のついた剣を構え直した。
「武器を捨てろ!」
戦場へ声を響かせる。
「今ここで武器を捨てる者は斬らない。逃げる者も追わない」
兵士たちの動きが一瞬止まった。
「それでも村人へ武器を向ける者は、敵として斬る!」
「聞くな!」
代官が怒鳴った。
「反逆者を殺せ! 一人も逃がすな!」
一人の兵士がリディアへ踏み込んだ。
横薙ぎの剣を身を沈めて避ける。
リディアの刃が兵士の脇腹を深く裂いた。
返す剣で、次の兵士の首を斬る。
もう急所は外さなかった。
三人目の突きを横へ流し、胸を貫く。
兵士たちの勢いが止まった。
先ほどまで、リディアの攻撃を受けても命までは奪われなかった。
今は違う。
剣を向ければ死ぬ。
その事実が兵士たちを怯ませた。
「今だ! 押し返せ!」
村人たちが声を上げる。
リディアを中心に、崩れかけていた戦列が前へ進み始めた。
兵士が一人、武器を捨てて逃げ出す。
リディアは追わなかった。
続いて二人、三人と後退する。
「逃げるな!」
代官が叫んだ。
「壁の上! 矢を放て!」
弓兵たちが弦を引く。
だが、すでに兵士と村人が入り乱れている。
「味方に当たります!」
「構わん! まとめて射殺せ!」
矢が放たれた。
兵士も村人も関係なく、戦場へ降り注ぐ。
リディアは一歩下がり、剣で矢を弾いた。
目の前で兵士の背中へ矢が刺さる。
それでも代官は止めなかった。
「次を放て! 反逆者を生かして帰すな!」
弓兵たちが再び矢をつがえる。
リディアは代官を見た。
村人から生きるための食料を奪った。
抵抗すれば反逆者と呼び、兵士を差し向けた。
今は自らの兵まで巻き添えにして、皆殺しにしようとしている。
「そなたを止める」
リディアは走り出した。
「来るな! あの女を止めろ!」
代官の前へ、残った兵士たちが集まる。
一人目の剣を弾き、胸を斬る。
二人目の突きをかわし、首元へ刃を走らせる。
三人目はリディアが近づく前に剣を捨てた。
その横を通り過ぎる。
代官が後ずさった。
「お前、自分が何をしているのか分かっているのか! 私は領主様の代官だぞ!」
「分かっている」
リディアは歩みを止めない。
「だからこそ、そなたには責任がある」
「近づくな!」
代官が腰の剣を抜いた。
構えも定まらないまま、リディアへ振り下ろす。
リディアは刃を受け流した。
代官の胸元が空く。
「待て――」
剣を突き出した。
刃が代官の胸を貫く。
「お、前……」
代官の手から剣が落ちた。
リディアが剣を引き抜くと、代官はその場へ崩れ落ちた。
壁の上の弓兵たちが弓を下ろす。
戦っていた兵士たちも、一人、また一人と武器を捨て始めた。
「終わった……のか?」
村人の誰かが呟く。
リディアは答えず、倒れた若者へ目を向けた。
後方では、ミアが運び込まれた負傷者の治療を続けていた。
若者はもう動いていなかった。
助かった者たちの背後には、ほかにも二人の村人が倒れている。
食料を取り戻すために来た。
その目的は、まだ果たしていない。
だが、そのために三人が死んだ。
リディアが領主館の門へ向き直る。
「門を開けてもらう」
その時だった。
内側から、重い音を立てて門が開き始める。
兵士たちがざわめき、道を空けた。
門の向こうから、杖をついた痩せた男が姿を現す。
青ざめた顔には病の色が濃く残っていた。
「領主様……」
兵士の一人が呟き、その場へ膝をつく。
男は倒れた代官と、武器を持つ村人たちを見渡した。
「双方、武器を収めよ」
領主の声が、静まり返った門前へ響いた。




