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第12話 反逆の旗

 代官は馬上からリディアを見下ろした。


「何の権限があって、そのようなことを言う」


「権限はない。だが、残った食料まで奪えば村人が死ぬ」


「税を納めるのは領民の義務だ。一つの村だけを例外にはできん」


「人を守るための決まりで、人を飢えさせるのか」


「余所者に領地の事情は分からん」


「分からなくても、目の前で起きていることは見える」


 リディアは兵士たちの前から動かなかった。


 代官の表情が険しくなる。


「今ここを離れるなら、関わりがなかったことにしてやる」


「断る」


「村人のために、領主の兵と争うつもりか?」


「そなたが徴収をやめれば、争う必要はない」


「それはできん」


「ならば、私も退かない」


 代官は短く息を吐き、兵士たちへ命じた。


「捕らえろ」


 二人の兵士がリディアへ近づく。


「抵抗するな」


「先に警告しておく。武器を捨てるなら、こちらからは攻撃しない」


「立場が分かっていないようだな!」


 一人がリディアの腕を掴もうとした。


 リディアはその手を払い、足を掛けて地面へ倒す。もう一人が剣を抜いたため、こちらも抜剣した。


 胸元の紋章が熱を持つ。


《断罪》


 兵士の剣が振り下ろされる。


 リディアは刃を外へ流し、空いた脇腹へ剣の腹を打ち込んだ。


「ぐっ!」


 兵士が地面へ崩れる。


「何をしている! 全員で囲め!」


 代官の命令で、残る兵士たちが一斉に武器を抜いた。


 剣と槍が左右から迫る。


 だが、エドガーの剣と比べれば遅い。


 リディアは槍を弾き、柄を持つ手首を打つ。剣をかわして足を払い、体勢を崩した者から倒していった。


 一人。


 また一人。


 兵士たちが地面へ転がる。


「斬って構わん! さっさと殺せ!」


 攻撃が変わった。


 兵士たちの武器が、明確にリディアの命を狙い始める。


 それでも、リディアは急所を避けた。


 武器を持つ手を打ち、剣の腹や柄で鎧の上を狙う。《断罪》の力があれば、殺さずに倒す余裕があった。


 やがて、立っている兵士は代官の周囲に残った三人だけになった。


「まだ続けるか?」


 リディアが尋ねる。


 兵士たちは答えず、代官を守るように後退した。


「……撤収する」


 代官が馬の向きを変える。


「税の拒絶だけでなく、領主様の兵へ刃を向けた。もはやこの村は反逆者だ」


「先に村人を殺そうとしたのは、そなたたちだ」


「何を言おうと、領主様の兵へ刃を向けた事実は変わらん。次は反逆者として処罰する」


 倒れた兵士たちは、食料を積むはずだった荷車へ乗せられた。


 代官は残った兵士と共に村を去っていく。


 蹄と車輪の音が遠ざかった。


 食料は守られた。


 だが、村人たちの顔に喜びはなかった。


「すまない。私が手を出したことで、事態を大きくした」


「違う」


 村人の若者が首を横に振った。


「あのまま食料を持っていかれても、俺たちは死んでいた」


 地面に落ちていた兵士の剣を拾い上げる。


「食料を渡せば飢えて死ぬ。渡さなければ、反逆者として殺される。だったら、ここで待つ必要はない」


「何をするつもりだ」


「代官の屋敷へ行く。奪われた食料を取り戻す」


 村長が目を見開いた。


「相手は領主様の兵士だぞ」


「待っていれば助かるのですか?」


 村長は答えられなかった。


 若者はリディアを見る。


「俺たちを率いてほしい」


「戦えば、負傷する者も死ぬ者も出る」


「ここに残っても死ぬ」


 若者の手は震えていた。


 それでも、拾った剣を放さなかった。


「私は、そなたたちへ戦えとは命じない。残る者を責めることも許さない」


「それでいい。戦うと決めた者だけで行く」


「分かった」


 リディアは頷いた。


「私が先頭に立とう」


          ◇


「死ぬ人が出るかもしれないわ」


 近隣の村へ使いが出された後、ミアが言った。


「分かっている。だから私が先頭に立つ」


「村人が自分で決めたからって、あなたの責任がなくなるわけじゃないでしょ」


「なくなるとは思っていない」


「全員を守れるとも限らないわよ」


「ああ。それでも、彼らだけで行かせるよりはいい」


 ミアはしばらく黙っていた。


「私は怪我人を診る。水と布を運ぶ人を何人か借りるからね」


「ミアも来るのか?」


「怪我人が出ると分かっていて、治療師が残るわけにはいかないでしょ」


「危険なら逃げてくれ」


「それは自分で決めるわ」


「……分かった」


 日が傾く頃、使者の一人が戻ってきた。


 その後ろには、近隣の村から来た男たちがいる。古い槍や狩猟用の弓を持っていた。


「俺たちの村も同じだ」


 先頭の男が言った。


「食料を持っていかれた。このままでは、子供や年寄りから死んでいく」


「使いから聞いた。あんたが代官の兵を一人で退けたそうだな」


「ああ」


「なら、勝ち目がないわけではない。あんたが先頭に立つなら、俺たちも戦う」


 さらに別の使者も戻ってくる。


 そちらの村からは、斧や農具を持った者たちが同行していた。


「兵士と戦った経験なんてない」


 一人が震える声で言った。


「だが、何もせずに飢えるのは嫌だ」


 最後の村から返事が届いたのは、暗くなってからだった。


 戦える者だけでなく、古い荷車や水を入れる樽、傷に使える布も出すという。


 すべての村人が戦いを選んだわけではない。


 家族を守るために残る者もいた。


 領主の兵へ逆らうことを恐れ、参加を拒む者もいた。


 リディアは、その者たちを責めなかった。


 自分の命をどう使うかは、自分で決めるべきだからだ。


          ◇


 翌朝、近隣の三つの村から、戦うと決めた者たちが集まった。


 全部で四十人ほど。


 古い剣や狩猟用の弓を持つ者もいれば、斧や農具を手にした者もいる。


 昨日倒した兵士が残していった武器も、使える者へ渡された。


 その後ろでは、戦いに加わらない者たちが古い荷車へ水や布を積んでいる。


 ミアは持ってきた道具を確認し、手伝う者へ指示を出していた。


「怪我人が出たら、ここまで運んで。傷口は汚れた手で触らないでね」


「分かりました」


「動けない人を一人で運ぼうとしないこと。必ず二人以上で」


 準備を終えた者たちが、リディアの前へ集まる。


 顔には緊張が浮かんでいた。


 武器を持つ手が震えている者もいる。


「本当に領主館へ行くのか?」


 近隣の村から来た男が尋ねる。


「ああ。代官へ食料を返すよう要求する」


「断られたら?」


「力ずくでも取り戻す」


 男は頷いた後、リディアを見た。


「なぜ、余所者のあんたがそこまでする?」


「目の前で悪が行われている。それを止める力もある。それなのに関係がないと背を向けることを、私は正しいとは思わない」


 リディアは集まった者たちを見渡した。


「悪を止め、正しい者を守る。そのために剣を振るう。それが、私の正義だ」


 男が頭を下げる。


「なら、俺たちの旗頭になってくれ」


「承知した」


 リディアは剣へ手を置いた。


「戦う者は、決して一人になるな。弓を持つ者は前へ出ず、互いに守れる距離を保て」


 村人たちは真剣な顔で聞いている。


「武器を捨てた者は攻撃するな。逃げる者も追う必要はない」


「兵士を殺すなということか?」


「殺さずに止められるなら、その方がいい」


 リディアは村の入口へ目を向けた。


「今なら、まだ残ることを選べる。ここで離れても、誰も責めてはならない」


 誰も動かなかった。


「では、行こう」


 リディアを先頭に、一行は村を出た。


          ◇


 領主館へ続く道は、緩やかな上り坂になっていた。


 先頭をリディアが歩き、その少し後ろに剣や槍を持った者たちが続く。


 弓を持つ者は中央へ置き、最後尾にはミアと治療を手伝う者たちが荷車を引いていた。


 四十人もいるというのに、話し声はほとんど聞こえない。


 聞こえるのは、足音と荷車の車輪が軋む音だけだった。


「今からでも引き返していいんだよな」


 列の中から声が上がった。


「ああ」


 リディアは振り返らずに答えた。


「自分で決めてくれ。私は止めない」


「……なら、このまま行く」


 声の主は列を離れなかった。


 道を進むにつれ、畑は減り、周囲には背の高い木々が増えていった。


 やがて坂の先に、領主館を囲む石壁の上部が見えてくる。


 村人たちの足がわずかに鈍った。


 リディアは立ち止まらない。


 恐れていないわけではない。


 それでも、自分が先頭に立つと決めた。

         

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